地域の強みを生かした栽培と企業的な農業経営で収益アップ
2022年05月24日
鹿児島県曽於郡大崎町。県内でも有数の畑作地帯であるこの町では農業の法人化が進み、農業生産法人も多い。その中のひとつ、大崎農園はハウスと露地でダイコン、葉ネギ、キャベツなどの野菜生産を行い、栽培面積は約130haに及ぶ。
農業に伸びしろを感じて
代表の山下義仁さんは1971年にチリメン漁師の家に生まれ、大学では海洋学を学んだ。卒業後は大手水産会社に就職するも、サラリーマン生活に見切りをつけて鹿児島にUターン、家業を継いだ。しかしそこで直面したのは漁業の不安定さだった。船を出せるかは天候次第、乱獲で魚も減っている。ハマグリの養殖等も試みたが、やはり展望が見出せなかった。
そんな中でたどりついたのが農業だった。天候に左右されるのは漁業と同じだが、温暖な地元の風土を生かして、自分たちにしかやれない仕事ができるのではないか? 「農業には伸びしろがあるから」と山下さんは決意を固め、大学時代のサークル仲間だった中山清隆さん、佐藤和彦さんに声をかけて起業。2人には役員として経営に参加してもらった。
左上 :広大な農地が広がる大崎地区
右下 :収穫された農産物を集める出荷加工センター
前途多難だった就農
農地も持たず、父親のつてで10aの土地を借りるところからの新規就農。「葉ネギを作ってみては?」と勧めてくれる人がおり、行政やJAなどに相談に行ったが、当時、全くの素人が研修もなしに就農したい、しかも推奨する品目でないものを作るとなると、期待通りの対応は得られなかった。
「葉ネギを選んだのは、軟弱野菜は投資から回収までのスピードが速いと考えたから。年4回作ることができ、1年中安定して仕事があるからです」。栽培の参考のため近くの葉ネギ農家に視察に行くも、「虫はついているし、連作障害は出ているし......。こんなことになったらやっていけない!」と危機感を持った。
3人はそこから猛勉強を始める。専門書を読みあさり、土壌改善の必要性を実感した。当地の畑の土は、桜島の降灰の影響でリン酸吸収係数が高く、ひと癖ある「黒ボク」と言われる土壌。葉ネギ栽培にはあまり向いていなかった。「土壌分析の方法や、葉ネギの好む粘土質への改善を学びました。黒ボク土壌の下にある粘土質の土を天地返ししたら、グンとネギの品質が上がった。この時はうれしかったですね」。
就農当時から生産している葉ネギは、市場出荷のほか業務用の出荷も多い
先進地も視察した。知人の紹介を頼りにたどり着いたのは、静岡県浜松市の有限会社グリーンオニオン。葉ネギだけで当時、年商1億円をあげていた。確立された栽培技術や葉ネギのブランディングについて学び、同社の社長は今でも師匠なのだという。
10aから始めた青ネギ栽培だったが、翌年には中古のハウスを購入。自分たちで解体・設置して栽培面積は30aに、売上も倍になった。その後も補助事業などを活用してハウスを増設し、わずか4年で栽培面積は68aまで増えた。
土地の確保は冬場だけの季節借地
2002年に法人化。現在は鹿児島県の風土に合うものを適地適作でという方針で、青首大根のほか、葉ネギ、キャベツ、レタスに品目を絞って計130haで栽培している。自作地は3haだけで、残りはすべて借地だ。
規模を拡大していく上での課題は、やはり土地の確保。大崎地区は鹿児島県下でも農業の法人化が進み、大規模な農業生産法人が多い。台風のリスクこそあるが、平地が広がり、気候に恵まれているため、年間を通じた生産が可能だからだ。必然的に空いている農地は取り合いになる。
そこで目をつけたのが、夏場に焼酎用のサツマイモを生産している畑を、冬場の使用に限って裏作で借りること。大崎農園の青首大根は、サツマイモの裏作として栽培しているのだ。サツマイモとダイコンは互いに連作しても支障がなく、相性も悪くない。また、サツマイモ畑を借りることで、90%以上の農地を集荷施設付近に集約することもできた。
左上 :ちょうど青首大根の出荷が最盛期。山下社長もフォークリフトに乗り、収穫された青首大根を選果ラインへ運ぶ
右下 :収穫されて洗浄・荷造りのラインに乗る前の青首大根。品質保持のために、定期的にスプリンクラーで水分が補給されている
左上 :検品や仕分けは人の目と人の手が重要
右下 :箱さばきにはロボットアームが活躍する
8割以上を独自販路で販売
大崎農園では、8割以上がスーパーマーケット、小売業、加工業者との契約による販売だ。鹿児島の温暖な気候を生かし、ダイコンやキャベツなどの露地野菜を冬場でも安定的に生産できることから、契約先企業からのニーズが高いのだという。販路の拡大も、商談会などへの参加や、全国で新規就農した若手の仲間たちとの連携で行っていった。農作物の品質が評価され、いわば商品が営業マンとなって築いた販路もある。
しかし、規模が拡大して取引先が増えるごとに、勘や経験に頼るだけでは解決できない難しさも出てきた。そこで必要に迫られて取り組んだのがGAP(農業生産工程管理)だ。品目ごとの生産データを取り、管理して見える化すること。担当者それぞれの作業工程も見える化し、農作業マニュアルを作った上で役割分担をはっきりさせた。
販売計画も一品目ごとに作り、それらを束ねて年間の生産計画を立て、月間、週間の作業計画と紐づけていく。必要資材の確認、薬剤散布、土壌分析などの手順を決め、収穫、出荷、販売実績を管理する。これらをシステム化することで、品目ごとのコストも見える化され、コスト管理も明確になった。
収穫された青首大根は加工ラインに乗り、洗浄、検品、サイズ分け、箱詰めまで行われる
人材の確保とマネジメントがカギ
2014年にはGLOBALG.A.P.を取得した。契約先である大手スーパーの勧めだったが、これがきっかけで2019年から大手量販店ドン・キホーテの香港、タイ、シンガポール店への大根の青果輸出が決まった。現在は週間5tを送り出しているという。「経済的に豊かになったアジアの国々の人は、高品質で安心・安全な日本の食文化に関心を寄せている。とはいえ、ダイコンを見たこともないという人も多い中で、食べ方の提案など課題もありそうです」。
左上 :出荷を待つダイコンを蓄えておく冷蔵倉庫
右下 :ダイコンは一部、切り干し大根としても加工・出荷している。加工場では外国人技能実習生も活躍中
左上 :大崎農園のスタッフのみなさん
右下 :きれいに洗浄された青首大根
目下の課題は、人材の確保とよりよい組織づくりだという。「うちを選んで来てくれている外国人研修生の職場環境を整えるために寮を作りたい」さらに「おかげさまで作業はプロフェッショナルにこなせる社員が増えてきたのですが、トップダウンで指示通りに動くだけでなく、現場で臨機応変に判断し、仲間と一緒になぜそうなるのかを考える。そんなマネジメントもできる人材を育てたい」と山下さん。大崎農園の挑戦はまだまだ続く。(ライター 森千鶴子 令和3年2月22日取材 協力:鹿児島県大隅地域振興局農林水産部曽於畑地かんがい農業推進センター農業普及課)
●月刊「技術と普及」令和3年5月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
有限会社大崎農園 ホームページ
鹿児島県曽於郡大崎町横瀬777-20
TEL 0994-76-4043