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繁殖から肥育までの一貫経営で、新事業にも次々チャレンジ

2021年11月05日

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(田原哲也さん 滋賀県高島市 有限会社宝牧場)


 若狭と京を結ぶ鯖街道が走る滋賀県高島市朽木。かつて朝倉義景を攻めた織田信長が、浅井長政の裏切りにより京へ帰還した折にこの朽木を経由した逸話が残るなど、歴史に彩られた地域である。四方を山に囲まれ、寒暖の差が大きい盆地では、古くから林業や農業が営まれてきた。
 有限会社宝牧場の前身は、田原哲也社長の父である先代社長(現会長)が1959年に個人経営で始めた肉牛繁殖。1995年に法人化され有限会社となったのは、近くにオープンした天然温泉施設で、ソフトクリームの販売を手掛けることになったのがきっかけだった。


はじまりはソフトクリームから
202110_yokogao_takara3.jpg 「小さい頃から牛が怖くて、逃げ回っていました」とにこやかに話す田原さん。学校を卒業後、京都の精肉店で社員として働いていたとき、父親から「ソフトクリームを販売するので手伝ってほしい」と言われた。酪農にたずさわる気はまったくなかった田原さんは、「販売ならば」と、軽い気持ちで帰ってきた。だが、現実には牛の乳搾りをはじめ諸作業に関わらないわけにはいかず、酪農にどっぷりと浸かる毎日が待っていた。

 そんななか、ソフトクリームは大いに売れた。1日に1500個売れる日もあり、田原さんは多忙な日々を送った。すると父親が「パンを焼いて売る」と言い出した。「製造の勉強をさせてくれ」と懇願すると、「できる人間は勉強すればすぐにできるもんや」と返された。田原さんは懸命にパンの製造法を学び、牧場が作るパンの販売をスタートさせた。しかし、販路開拓や営業戦略もないまま始めたため、まったく売れない。「普及員の方たちが心配してくれて、移動販売で何とか売れるようになりました」。今でもソフトクリームとパンは、同社の加工・販売部門「しぼりたて工房・味わい館」でバームクーヘンと並ぶ人気商品だ。

 やがて父親は、「焼肉レストランをオープンする」と宣言。2011年のことだ。田原さんにとっては寝耳に水である。「結局5年間、レストランを手伝う羽目になりました」と苦笑するが、一事が万事、現会長のひらめきと直感によって新事業が始まり、田原さんがそれを仕切って軌道に乗せていくという展開である。6次産業化という言葉がまだ浸透していない時期のことであった。


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左 :宝牧場牛舎遠景
右 :先代社長の肖像が外に掲示されている


肉牛を中心とした牧場経営がメイン
 現在、宝牧場では肥育肉牛1400頭前後、乳牛300頭、和牛繁殖牛200頭、豚約100頭を飼育している。加工・販売部門の「しぼりたて工房・味わい館」と焼肉レストラン「宝亭」も経営し、生産部門のスタッフは肉牛と酪農を合わせて12人、加工・販売に5人、レストランに6人と正社員数は23名で、外国人研修生、パートも数人を雇用している。
 田原さんがこだわるのは、仔牛から育てる一貫経営だ。「うちは和牛を繁殖させ、仔牛を育てて販売する一貫体系です。一般的に肉牛は、繁殖か肥育かに分業されていますから、うちのようなところは少ないでしょうね」と話す。
 宝牧場では月平均50頭を販売しているが、そのうち月に20~30頭が滋賀県内でセリにかけられる。セリでは高く買ってもらうようお願いするしかないのだが、宝牧場にはレストランと精肉販売があることから、田原さんは自分でセリ落とせる。「だけど、自分で価格を決めてセリ落とすと、『あいつは売りたくないんやな』と思われて、ほかの人が買い上げてくれないことになる。そのあたりの人間関係をうまくしておく必要があってね。今のところは順調です」とのこと。


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左 :和牛繁殖牛舎外観
右 :乳牛の牛舎


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左 :ミルク豚を育てる豚舎
右 :肥料を撹拌するためのTM式4軸スクリュー撹拌システム


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左 :飼料配合タンク
右 :飼料米粉砕装置


 普通の肥育農家からすれば、「自分で自分の牛を買うのか」と思われるが、店舗があることで宝牧場独自の経営が成り立っている。「レストランを始めてから、ほかの肉屋さんが在庫として抱えている部位を店で販売してくれないかと頼まれて、こちらがお客の立場になることもあるんですよ」と、新たな展開も生まれてきた。精肉販売では、新聞にチラシを入れて地域に宣伝すると、多くのお客さんが訪れる。7月に開催した創業祭では、1日に500万円の売上を記録したという。


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左 :しぼりたて工房・味わい館エントランス
右 :宝亭の広々とした店内


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左 :ショーケースにはシュークリームやミルクプリンなどのスイーツ類が並ぶ
右 :菓子パンや惣菜パンも人気


2018年、滋賀県初の農林水産大臣賞を受賞する
 牛の生産と食品加工、そして販売店舗のバランスの取れた経営は注目を集め、2018年度の全国優良経営体表彰において、6次産業化部門で農林水産大臣賞を受賞した。滋賀県初の快挙だった。「すべて普及指導員さんの尽力あってのことです」と田原さん。「ソフトクリームやパン、牛乳をたっぷり使ったバームクーヘンを販売し、レストランと精肉店を始めたとき、周囲から『牛を育てる牧場が何をするんや』と言われましたが、会長のひらめきと直感に、今は感謝しなくては」と相好を崩す。


新型コロナウイルス感染拡大時期の取り組み
 非常事態宣言の発令中には、「味わい館」「宝亭」の営業時間短縮を余儀なくされた。「店は閑散としていました。持続化給付金も考えましたが、前年との比較をするくらいなら攻めていこうと考えました」 が、いい方策は思いつかなかった。
 そんな折、大手通販会社から「近江牛セットを販売したい」という話が舞い込んだ。1.1kgの精肉3000~5000セットの注文だった。「スタッフは無理だと言ったが、給料だって払わなければいけない。1セットの利益が約500円。3000セット販売すれば150万円になる。これはやるしかないと思いました」。
 最終的に7000セットが売れた。商品を送る箱の中にチラシを入れることで、宣伝効果もアップした。「これだけの量を出せたのも、前年にふるさと納税の返礼品がよく出て、冷蔵・冷凍庫と保冷車2台を購入していたから。これがなければ7000セットを用意することはできなかったでしょう」。


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左 :宝亭の精肉販売コーナー
右 :最高級近江牛のほか、独特の甘みがあるミルク豚なども販売


 新型コロナ禍は今後もしばらく続きそうだが、「家でおいしいものを食べるライフスタイルが定着する」と田原さんは考えている。「ネット販売と通販には今後力を入れていこうと思っています。待っているだけの経営はダメですから」と、力強い言葉が返ってきた。(ライター 上野卓彦 令和2年7月7日取材 協力:滋賀県高島農業農村振興事務所農産普及課)
●月刊「技術と普及」令和2年10月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


有限会社 宝牧場 ホームページ
滋賀県高島市朽木宮前坊842
TEL:0740-38-2729