提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


イチゴ経営でICTを最大限に活用し、次世代農業を実践

2021年07月06日

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佐藤拓実さん (株式会社一苺一笑 宮城県山元町)


 宮城県最南部、太平洋に面した山元町は、隣接する亘理町とともに東北有数のイチゴ産地として知られる。東日本大震災による津波で、町内のイチゴ生産施設の9割が壊滅的被害にあったが、高設養液栽培が普及して徐々に生産量が増加し、産地復活を果たした。
 2012年3月に設立された株式会社一苺一笑(いちごいちえ)は山元町に本社を置き、新田農場(山元町浅生原)、稲美農場(山元町山寺)、松森農場(仙台市泉区松森)の3拠点でイチゴを生産。ICT(情報通信技術)を活用し、生産効率と品質の向上、省力化を実現している。


津波被害から立ち上がり、仲間とともに農業法人を設立
 一苺一笑の代表取締役・佐藤拓実さんは、山元町のイチゴ農家に生まれ、震災前は父とともにパイプハウスで土耕栽培のイチゴを育てていた。震災後、地域内では後継者不足などを理由にイチゴ栽培を断念して廃業する人が多く、佐藤さん自身も所有していた畑を津波で失い、再開をあきらめかけていた。

 そんな佐藤さんを奮い立たせたのは、地域のイチゴ栽培再生への思いだった。周りには「本当はイチゴ栽培を続けたいのに、それができない」と話す人が少なくなかった。働き手の家族を亡くしたり、家族が別の仕事に就いたりしたためである。佐藤さんは「一人の力では立ち上がれなくても、組織化すればやっていけるのではないか」との思いから、地域のイチゴ農家のグループを発足させ、最新の技術について学ぶ勉強会や、先進地への視察を重ねた。震災から1年後、幼馴染の2人を加えた3人の共同出資により株式会社一苺一笑を設立。佐藤さんが選択したのは、これまでのようにすべてを市場に出荷するのではなく、自らの力で新しい農業のスタイルを追求する道だった。


品質を一定以下にしないための、一苺一笑の環境制御を構築する
 山元町に竣工した大型鉄骨ハウスには、環境計測や制御に関わる多様な設備を導入した。計測しているのは屋外の温度、湿度、風向・風速、日照量、ハウス内の温度、湿度、二酸化炭素濃度、養液の給排水量や濃度などである。
 「法人としてやるからには、ICTは不可欠と思っていました」。佐藤さんはそう話すが、設備導入の当初の目的は環境制御というよりも、人員のコスト削減をねらった自動制御にあった。しかし、結果として自動化は特定の人が管理を行う状況を生むこととなり、個々の感覚や経験値が設定に反映されてしまうデメリットがあった。そこで、栽培環境の制御を個人の経験や勘に頼らず、データに基づいて適切に行うため、会社として環境制御技術の習得に取り組むことにした。


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左 :仙台市泉区にある一苺一笑松森農場
右 :上段と下段で異なる品種を栽培。松森農場では5種類のイチゴの食べ比べができる。完熟したイチゴの美味しさを知ってもらうことも、摘み取り農園を始めた目的の一つ


 品質を一定以下にしない環境制御の仕組みを構築することを目標に、最初にしたことは、過去3年間の設定変更履歴の洗い出しだった。「どのような要因で設定を変更したのか。人の気持ちに左右される変更が、植物に何か影響を及ぼすのか、及ぼさないのか。それらを検証していきました」。たとえば天窓の開閉感度について、30℃で開く設定にした時、29℃まで下がったら閉めるのか、28℃で閉めるのかは人によってばらつきが出る。それが植物にどう影響するのか。養液の灌水についても、「何時何分に灌水する」という設定は人が決めるものだが、生長ステージごとに必要とする成分や量、タイミングは変化する。その適切な数値を見つけ出していった。

 また、夏の東風と冬の西風では、風速計が示す値は同じであっても、性質は全く異なる。夏の海風はハウスの温度を下げるのに有効だが、山から吹き下ろす冬の冷たい風は警戒しなければならない。「風速10m」という数値を、時期によってどう扱うのか。一つひとつの項目について、細かく分析していった。


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左 :ハウス内に設置されたセンサー
右 :循環扇でハウス内の空気を動かし、生育や温度ムラを解消する


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左 :社名には「一粒のイチゴで一人ひとりを笑顔にしたい」という思いが込められている
右 :佐藤さんの右側にあるのは松森農場の栽培環境監視画面。ICTによって、いつでもどこでも情報の集約、発信が可能だ


 解析したデータをJAや普及センターから配布されるイチゴの栽培歴と突き合わせ、一苺一笑の年間栽培管理スケジュールを作り込んだ。これを指標として、1週間単位で作成する生育レポートを資料にしながら環境制御のターニングポイントを見極め、必要と判断された時に設定を変える。設定変更は経験の浅い従業員でも対応できるようパターン化しているので、番号を選ぶだけで完了する。これによって、品質を一定以下にしない一苺一笑のやり方が確立できたという。


従業員の意識改革を目指して、消費地に摘み取り農園を開業
 2018年1月、仙台の中心部から車で約20分の場所に、イチゴの摘み取りができる松森農場をオープンさせた。近隣に同様の施設がないことから集客は好調で、初年度の来場者は1万2000人、昨年は1万5000人を数えた。佐藤さんは、松森農場を作った第一の理由を「従業員同士がもっと喧嘩できる状況を作りたかった」と、独特の表現で説明する。山元町の農場は産地にあるため、「出荷してしまえばゴール」という意識になってしまい、そこに危機感を覚えていたという。消費者の求めているものがつかみ取れる環境ができれば、従業員の意識改革につながるのではないか。そこで、出荷先の大半を占める仙台に農場を作った。佐藤さんのねらいどおり、消費者の声が直接耳に入ってくることで、従業員は消費者目線でアイデアを出し合ったり、先を読む力を身につけて作付けを調整したりするようになった。人材育成の成果は着実に現れている。


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左 :イチゴ狩りを楽しむ親子。近隣からの利用者が多い
右 :農園内の表示は、利用者にわかりやすく親しみやすいデザイン


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左 :松森農場のショップ。女性従業員のみで運営している
右 :オリジナル商品の「苺麺」、果実酢「ICHIZU」、品種別のイチゴジャムはお土産として人気


 一苺一笑の従業員は現在16名。年代は20~60代で、女性が全体の8割を占める。収穫・選果・出荷作業の管理や、収量・販売目標の従業員間での共有もICTを活用し、一人ひとりの作業効率やモチベーションの向上にも効果を発揮している。松森農場は従業員が6名で、全員女性。2700㎡もの広い敷地で5品種のイチゴを栽培し、そこに接客も加わるので業務は多岐にわたるが、女性のみ、しかも少人数で対応できるのは、こうした仕組みがあるからだ。


積み上げたノウハウを駆使し、他地域への進出にも意欲
202106_yokogao_ichigoichie0.jpg 「今後の目標としては、環境設定の自動移行や、気象データ環境と連動可能な制御を導入し、今以上の高品質生産と一人当たりの栽培面積の向上を目指す『アップデート』を実践していきます」と語る佐藤さんは、さらに快適な栽培環境の構築を目指して、日々の検証に取り組んでいる。同時に、生産現場のみならず、すべてを電子化して経営に関わるあらゆる業務を管理し、効率化とコスト削減に役立てたいという。

 また、積み上げた生産技術を駆使し、県外に生産拠点を置くことも構想中である。一苺一笑は、これまで国内各地はもとより、海外でも中国、ベトナム、マレーシア、ケニアでイチゴ栽培の技術指導を行っている。そこで得た科学的なデータを、さらなる環境制御システムの構築に生かすことが可能だ。
 栽培に関する技術検討は、生産をメインに行っている山元町の農場が担当し、マーケティングに関することは、観光農園事業で培った松森農場のノウハウを生かすことができる。「他地域に生産拠点を展開することによって、主要拠点である宮城県で、さらに精度の高い農業を追求できるのではないか。ICTを含め、R&D(研究開発)の機能も有した農場になることを期待しています」。
 新たなビジネスモデルの確立に向かって、ICTを戦略的に活用した次世代の農業への挑戦は続く。(ライター 橋本佑子 令和2年3月5日取材 協力:宮城県農政部 農業振興課)
●月刊「技術と普及」令和2年6月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


株式会社一苺一笑 ホームページ(Facebook)
●本社:宮城県亘理郡山元町浅生原字新田58
 TEL 050-3805-1518
●摘み取り農園:一苺一笑松森農場 ホームページ
宮城県仙台市泉区松森字城前157-1
 TEL 022-346-8731