提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


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農業経営者の横顔



夏季の沖縄で高糖度トマトを生産~クボタファーム糸満の挑戦~

2021年01月19日

 (株)クボタは、自社が持つハードとソフトを活用し、省力・低コストや精密技術を実践する場として、全国13カ所で「クボタファーム」を展開している。

 沖縄本島の最南端に位置する糸満市の「クボタファーム糸満」(以下「ファーム」)は、(株)クボタの販売会社である(株)南九州沖縄クボタの運営のもと、高品質の中玉トマト「フルティカ」を栽培している。10aのハウス2棟には約8000本のトマトが植えられ、1カ月当たり1.4tを県内に出荷している。


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新しい商材をさがして沖縄へ
 沖縄県内の稲作の主要産地は八重山地域で、沖縄本島では米はほとんど作られておらず、稲作関連の農機販売は厳しい状況にある。(株)南九州沖縄クボタが、これに代わるものないかと沖縄に調査に入ったのは、2012年頃のことだった。
 県南部は畜産や畑作が盛んな地域だが、夏季は猛暑や台風により野菜の栽培は難しい。20年ほど前に、補助事業を活用して台風に強い園芸用ハウス(H鋼鉄骨ハウス)が作られた時期があったが、管理の難しさや離農、後継者不足などにより遊休化したハウスがところどころに見られる。


 2014年8月、テレビで砂漠の中のビニールハウスでトマトを作っている番組が放映されていた。そこでは土の代わりにフイルム(アイメック)が使われていた。「これだ」と思った(株)南九州沖縄クボタの山元壽(ひさし)担当部長は、フイルムの会社であるメビオール(株)に足を運び、アイメック農法の導入を会社に提案した。


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左 :管理の行き届いたハウス内部 / 右 :(株)南九州沖縄クボタの山元担当部長


 沖縄のトマト栽培は通常、9月末から10月中旬に定植、12月ごろから出荷が始まり、高温多湿となる5月ごろには収穫を終える。このため、5月以降に県内で販売されるトマトはほとんどが県外産で、高値で取引されている。栽培期間が延び、かつ高品質のトマトを作ることができれば経営が成り立ち、若い担い手農家の手本にもなると考えた。


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農林水産省「青果物卸売市場調査(旬別結果)」より作成


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左 :日々の確認は怠らない / 右 :収穫を待つフルティカ


 農地(ハウス)がなかなか借りられないまま2、3年が過ぎた頃に、糸満市、沖縄総合事務所、沖縄県農業振興公社(農地中間管理機構)、JAおきなわ等が連携し、農地利用のための要件の充足や遊休農地や遊休化した鉄骨ハウスの貸付等について調整が図られた。こうして2016年にようやく栽培を開始した。

 沖縄産トマトの糖度は平均5度前後。糖度8度のものは"フルーツトマト"と呼ばれる。
 「欲を出しすぎず、よそのトマトよりも『少しおいしい』が目標」と、山元さんは話すが、ファームで作られるフルティカはおおむね8度以上で、中には10度を超えるものもある。


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この日測定したトマトの糖度は9.4度


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ASIAGAP認証も取得し、整理整頓された農場


環境制御技術で栽培期間を延長
 トマトは30℃以上になると花粉稔性が低下し、着果不良が発生する。沖縄で高品質のトマトを作るためには、環境制御は欠かせない技術だ。ファームでは、フイルム(アイメック)栽培とヒートポンプ空調(ぐっぴーバズーカ)、CO2施肥機(ダッチジェット)、循環扇やミストなどを導入し、これまで沖縄ではほとんど行われてこなかった、環境制御技術を使った栽培を行っている。

 2年目、トマトに原因不明の異常が見られた。いろいろ調べるうちに、利用している上水道の水温が30℃近くまで上がっていることが分かった。トマトは液温が高温になると、K、Ca等の成分が吸収されにくくなり、生理障害が発生する。このままでは根が持たないと、チラー(冷却水循環装置)を導入。ほどなく問題は解決した。


 このような技術により、ファームでは7月末まで収穫が続けられており、2年目には9月中旬の収穫も可能とした。これらの取り組みが認められ、2018年には農業電化推進コンクールで農林水産省生産局長賞を受賞している。


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左 :山元さん(右)と(株)クボタ、クボタファーム担当の大野さん
右 :(株)クボタの森田技術顧問とも定期的に情報交換をおこなう


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トマトの根が張り巡らされたアイメック(左)とぐっぴーバズーカ(右)


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ダッチジェット(左)と水温を管理するチラー(右)


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左 :ハウスサイドに展張された遮光ネット
右 :天井には散乱光フイルムを使用。日射量が多いと成長点付近のしおれや花弁の焼けが問題となるため、強い光を散乱光化させることでトマトをダメージから守る


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左 :「たなたな君」(立体栽培誘引装置)の導入により、誘引作業の負担が軽減
右 :ハウスの中では授粉用のクロマルハナバチが元気に飛び回る


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左 :床の小さな凹凸が生育に影響を与えるため、資材で高さを微調整。工夫と努力を継続している。
右 :農業電化推進コンクールで農林水産省生産局長賞を受賞


トマトとおしゃべりをしよう
 朝昼晩とトマトの観察を続けるうち、問題が起こる前に気が付くようになってきた。気になる箇所がある時には根を確認。原因が潜んでいる場合が多い。「見えないところが大切」と山元さん。スタッフは山元さんのほか社員2名とパート社員が10名。「スタッフにも『トマトとおしゃべりして来なさい』とよく言っています」。


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気になる箇所を見つけ、フイルムからはみ出した根をカットする山元さん


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左 :ハウスのところどころにある注意書き
右 :慣れた様子で作業をおこなうスタッフ


 沖縄ではコナジラミは野外でも越冬が可能で、年間を通じて防除が必要となる。ファームの周辺はきれいに管理されているが、ほかからの飛び込みや持ち込みなどにより、完全には防げない。ハウスに入る際には、大型扇風機で体についたコナジラミを落とすなどで持ち込まないよう、また、もし持ち込んだ場合にも早めの対応ができるよう、細心の注意を払っている。取材の日も、「スタッフに見てもらう」と、コナジラミが付着した野アザミの入ったビニールが準備されていた。
 ファームでは、カメラによるしおれや生長点の観測等の実証調査も実施。熟練者以外でもトマトの微妙な変化が分かるようにと、栽培技術の見える化を図っている。


値段が高くてもおいしければ売れる
 収穫は週2日、県内のデパートリウボウ、イオングループ、ホテルのレストランなどに出荷。価格は少し高めだがよく売れ、品切れになることも。

202012_yokogao_kubotaf0275.jpg 3年目のワンシーズンのみシンガポールに輸出、日系の店舗で試食販売をおこなった。
 1パック9SGD(シンガポールドル)と、現地では決して安くない値段だが、味には自信がある。食べてもらわないことには始まらないと、声をかけ続けたところ、試食をした客が次々購入。店から「明日の分がなくなる。これ以上売らないで」と言われ、これも自信につながった。
 沖縄はアジア地域の中心に位置し、流通拠点としての強みを持つ。優遇税制等により国内外から大きな注目を集めており、那覇空港では、国際物流拠点の機能強化に向けた取組も行われている。将来的に、ファームのトマトで東南アジアの販路を拡大することも視野に入れている。
右 :パッケージには「クボタファーム糸満」の文字。「このPR効果は大きい」と山元さん


沖縄県の農業に貢献したい
 夏場のトマト栽培を可能にしたファームには、国や都道府県の機関を含めた多くの人が視察に訪れる。「沖縄のモデルケースに」と考えているものの、苦労も多く、時間も要する。なんとか実現可能な形にしたいと、山元さんは模索している。これも「沖縄の農業に貢献したい」という考えに尽きる。
 ファームに携わる前、山元さんは物流拠点の所長だった。鹿児島県の実家は農家で、農業には親しみを持っていた。過去には営農指導をしていた経験もある。「トマトの販売と同時に設備や機械を提案するのも本来の仕事。まだまだこれからです」と山元さんは笑った。(みんなの農業広場事務局)


 1シンガポールドルは日本円で約78円(2020年12月現在)