旨みと脂の甘みが評判の「小江戸黒豚®」 素材を生かした加工品作りと飲食店を展開
2021年01月05日
良質の黒豚を生産し市場での差別化を図る
東京都心から約1時間、江戸時代の城下町として栄え、「小江戸」の愛称で知られる埼玉県川越市。街には風情ある蔵造りの建物が建ち並び、近年は国内だけでなく、海外からも多くの観光客が訪れる。一方、川越は野菜や米の産地でもあり、かつて徳川家に献上していたサツマイモは今も特産品として有名だ。
有限会社大野農場は、市の北東部の稲作地帯に立地する。代表取締役社長の大野賢司さんは1983年に先代から農場を譲り受けると、それまでの繁殖経営から肥育までを行う一貫経営へと転換。1990年代には飼養品種を英国系バークシャー種純粋黒豚に切り替え、「小江戸黒豚」のブランド名で販売を展開した。「当時は流通する豚肉の5割以上が輸入もので、何か差別化をしなければ市場で生き残れないと思いました。黒豚は味はいいものの、白豚に比べて肥育期間が長く、産まれる子豚の数も少ない。加えて純粋種はデリケートで飼育が難しく、大手では取り扱いをしません。そこに目をつけ、優良種の黒豚を生産しよう、やるならばとことん質にこだわろうと考えました」。
左 :HACCPを導入した大野農場の豚舎
右 :大切に育てられる大野農場の「小江戸黒豚」
自家配合飼料で大切に育て商品の付加価値を高める
大野農場の黒豚は、地元川越産のサツマイモやパン、牛乳などを主体とした自家配合飼料で育てられ、その肉質はきめ細やかで柔らかく、脂に甘みがあるのが特徴だ。また、飼育過程では抗生物質を一切使わず、HACCPを導入して安心・安全性を徹底。「埼玉県優良生産管理農場」の認証も取得している。「餌と飼養環境を整え、黒豚の持つ旨みを最大限に引き出せるよう、大切に育てています」。
小江戸黒豚の小売価格は、生産コストがかかることなどから一般の豚肉よりも値は張るが、味や品質に対する顧客の支持は高く、固定ファンも多い。「大手ではない私たちが養豚経営をするには、生産して出荷するだけではなく、付加価値を高めることが重要だと考えています」。
肉の旨みを引き出した加工品を直売店で販売
その後大野さんは、希少性のある黒豚は販売の仕方も工夫が必要だと考え、加工品製造に着手する。そこで大黒柱となっているのが長女の恵子さんだ。当初は忙しい大野さんに代わって食肉加工の知識や技術を身につけ、それを「父親に教えてあげればよい」と、軽い気持ちで全国食肉学校に入学した恵子さんだったが、学んでいるうちに真剣に取り組みたいと考えるようになった。卒業後は名古屋にある本格的なドイツ製法のハム・ソーセージ工房で修業を積み、2002年、農場の近くに加工場を併設した直売店「ミオ・カザロ」を開店する。イタリア語で「私の農家」という意味で、命名した恵子さんが加工と店の責任者を務めている。
左 :大野農場の加工品直売店「ミオ・カザロ本店」外観
右 :「ミオ・カザロ 本店」のショーケース
左 :苦労の末に完成した生ハムは人気商品に
右 :ハム・ソーセージは本格的なドイツ製法
ハムやベーコン、ソーセージなどの加工品にはドイツの岩塩と香辛料を使い、合成保存料、着色料、増量剤は一切使用していない。飼料にこだわり、手塩にかけて育てた黒豚のおいしさを損なわないよう、一つひとつを丁寧に手作りしている。
さらに、大野さん自身も生ハムの製造技術を習得。「生ハムの製造は手間も時間もかかり、納得のいくものを作るのに試行錯誤の連続でした」。苦労して完成させた生ハムは、芳醇な香りと旨みが絶妙で、同店の人気商品の一つになっている。
小江戸黒豚を味わえる和と洋のレストランを開業
2006年には、観光客でにぎわう川越のメインストリートに2号店の「ミオ・カザロ 蔵のまち店」を出店。小江戸黒豚の加工品や総菜、ホットドッグなどの軽食を販売するほか、店の奥に設けたテーブル席では、自家製のハム・ソーセージにドイツパンをセットにしたプレートや豚重などのメニューを用意している。
左 :観光客でにぎわう好立地にある「ミオ・カザロ 蔵のまち店」
右 :「ミオ・カザロ 蔵のまち店」のテーブル席
左 :ハム・ソーセージなどとドイツパンをセットにしたミオ・カザロプレート
右 :2019年からの新メニュー「黒豚重」
さらに2013年には、ミオ・カザロ本店と同じ敷地内に和食レストラン「小江戸黒豚鉄板懐石オオノ」をオープンした。「田園に囲まれた静かな空間で、自家産の黒豚と旬の野菜を合わせた鉄板懐石を、ゆっくり堪能できるコース料理を提供しています」と大野さん。地元の口コミの効果とマスメディアにも取り上げられ、評判が広がっている。
こうした外食産業の展開と、店舗において川越の農畜産物や加工品、地ビールなどを提供していることが評価され、大野農場は2019年度、農林水産省から「優良外食産業」の表彰を受けた(農林漁業成長産業化貢献部門における食料産業局長賞)。
左 :「小江戸黒豚鉄板懐石オオノ」外観
右 :店内はシックで落ち着いた雰囲気
大野農場の各事業部門を2代目の家族が支える
大野さんは2001年に会社を設立し、現在、社員は15名。農場では母豚を110頭飼養、年間約1250頭を出荷している。
年間売上は2億円弱と、堅調な経営を行っているが、「ここ数年の課題は人材の確保です。外国人雇用の対策もしているのですが、なかなか功を奏しない」。とはいえ、長女の恵子さんをはじめ、恵子さんの夫の丈往さんも大野農場に転職し、現在、専務取締役として加工から販売、イベント開催と幅広く従事。また次女も「ミオ・カザロ 蔵のまち店」のオープンに責任者として携わり、次女の夫は「小江戸黒豚鉄板懐石オオノ」の料理長を務めるなど、2代目の家族が会社を支えている。養豚においても、現場を仕切れる人材が育っていることも大きい。
チョウザメの養殖を開始。地元に愛される経営を目指す
畜産から加工品の製造・販売、外食産業へと事業を広げてきた大野さんだが、次なる挑戦はチョウザメの養殖だという。「TPPの合意などで養豚経営の先行きが不透明な状況の中、何年も前から自分には何ができるか、他者と競合しない部門はないかと模索し、たくさんの候補から選んだのがチョウザメでした。3年前から養殖に取りかかり、3~4年後には海外も視野に入れて販売体制を整える予定です」。ほかにも耕作放棄地を利用して、地域の人と一緒にオリーブの栽培にも取り組んでいる。
最後に大野さんは経営理念と目標を次のように語った。「当たり前のことですが、消費者に支持されない商品は作らない。そして、品質や味にこだわって付加価値を得たものは、自分で価格を決めて販売まで行う。これが私の一貫した考え方です。これからも川越の人たちにファンになってもらえるよう、地域に貢献し、養豚を軸に、次世代に継承できる農業を目指していきます」。(ライター 北野知美 令和元年8月2日取材 協力:埼玉県川越農林振興センター農業支援部)
●月刊「技術と普及」令和元年12月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
有限会社大野農場
埼玉県川越市谷中27
電話:049-222-7309