提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


一頭一頭やさしく丁寧に育てた牛たちをおいしく食べてもらいたい!

2020年12月03日

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松本しのぶさん、一則さん (三重県多気町 有限会社松本畜産)


 三重県の中央部、多気町は山々に囲まれた町で、古くから熊野街道、伊勢街道などが通る交通の要衝として栄えてきた。特産品は松阪牛で、中でも兵庫県産の子牛を仕入れ、松阪牛生産区域で900日以上育てたものは「特産松阪牛」と呼ばれる。これは松阪牛全体のわずか4%しかない。

 有限会社松本畜産は1800年代中頃から家畜商を営み、5代目となる松本一則さんとしのぶさんが現在140頭あまりの牛を育てている。1000~1500日もの長い時間をかけて、やさしく丁寧に育てた特産松阪牛の精肉と加工品の販売、そして「お肉料理カフェまつもと」でおいしいメニューを提供している。


900日を超えて育てる松本の牛
 「牛はとても繊細な生き物なんです」と一則さん。150年以上牛を育ててきた松本家にはいい牛を育てるノウハウが伝承され、ストレスを与えずのんびりと育てた牛だけがおいしい肉料理になるという。「規模を大きくせず、飼育頭数は最大でも160頭で、これ以上は難しい。毎日ブラシをかけ、週に一度はシャンプーもしてやります」。大切に育てている様子がうかがえる。


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松本畜産の牛はストレスを与えずのんびりと育てられる


 900日を超える飼育は、一則さんが納得するまでに必要な時間が加算されているためで、最大で1500日飼い続けた牛もいるという。牛の状態を日々観察し、納得して出荷できるまで育て上げるのが松本流だ。
 しのぶさんの実家は精肉店で、松本畜産の肉も取り扱っていた。しかし、店主の父親が高齢のため店をたたむことになったとき、「これから松本さんのお肉をどこで買えばいいの?」とお客さんから言われた言葉が胸に残った。「主人に『精肉店を開きたい』と言ったら賛成してくれて。しかもちょうどその頃、6次産業化の話を普及センターからいただいたのです」。そこからの展開は早かった。


精肉店オープンから半年後にレストラン開店
 平成23年度、「昔ながらの松阪牛にこだわった松阪肉の卸、小売、加工品の販売」で総合化事業計画の認定を受け、整備事業の実施に向けて6次産業化プランナーや普及センターの協力のもと、6次産業化へと動き出した。自社肥育の特産松阪牛の精肉販売のほか、加工品として培ってきた「牛肉のしぐれ煮」を商品化し、レストラン出店を含めた生産・加工・販売のシフトを構築。そして平成24年12月に精肉店をオープンさせた。


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左 :松阪肉牛共進会の様子
右 :精肉加工場で肉を切り出す一則さん


 「この地域ではお正月にすき焼きをするので、年末までになんとかお肉の販売をしたかった」としのぶさん。書類作成や入札の手続きには多気町役場や普及センターの協力を得た。「コピーひとつ取るにしても膨大な量だし、ファックスも頻繁に送られてくるし、本当に大変でした」と笑う。

 精肉店開店から半年後の7月にオープンした「お肉料理カフェまつもと」は、毎週木・金・土曜日だけの営業。それ以外を牛舎の作業日に充てているからだ。ところが、いざレストランを始めると、火・水曜は仕込みで忙しく、牛の世話の時間が削られそうになった。そのとき「6次産業化もいいけど、1次産業がいちばん大事だということを忘れてはいけない」と一則さんは痛感したという。


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左 :落ち着いたたたずまいの「お肉料理カフェまつもと」
右 :木をふんだんに使い、洗練されたカフェ内観


 1年のうち、8月のお盆明けから9月いっぱいは完全休業する。その間に地域の農家を回り、コシヒカリの稲わら収集作業に集中し、10月から完全予約制のランチ営業で店を開くパターンとなった。「完全予約制にしているのは、16席しかないところに40人くらいのお客様が来店されて、食べずに帰ってしまわれた」という苦い経験があったからだ。


地域を大切にする思いを忘れずに
 現在の松本畜産では、社長のしのぶさん、精肉担当の一則さんに加え、牛舎全般を長男とアルバイト4人が受け持ち、レストランをしのぶさんと次女が切り盛りしている。オープンから6年を経て、それぞれの仕事がうまく回るようになった。
 人気メニューの「まつもとランチ」は薄切りの肉を醤油ベースのソースで和えたもので、まろやかで繊細な牛肉が濃いめの醤油ととけ合って、絶妙な味だ。「野菜も地元産のものを使っています」。しのぶさんは地元への思いが強く、毎年夏には地域の人を集めて感謝と慰労のバーベキュー会を開催している。


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左 :料理に使う特産松阪牛は見るからにおいしそう
右 :レストランはしのぶさんと次女が切り盛りしている


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薄切りの肉を醤油ベースのソースで和えた「まつもとランチ」(左)と、ランチのスープ(右)


 精肉の販売先は10軒程度で、全国のレストランが主だ。「私たちの考え方をご理解いただけるところとだけ取引させてもらっています。頭数が多くないので大量販売は無理ですし、待っていただくこともあります」。松本流の肥育方法に理解がないことには取引は難しい。だが、一度その肉質を知ってしまうとあきらめられないようだ。「毎月29日の肉の日と、お中元、お歳暮の時期には一般販売もしています。多気町のふるさと納税の返礼品にもなっていて、人気があるようですが、出せる量が決まっているので、こちらも待っていただいています」。


 平成30年度には、肉の未利用部位を使った「ビーフオイル」を開発し、再度、総合化事業計画の認定を受けた。「人気のしぐれ煮以外の加工品を考えたとき、わが家で愛用している牛脂が思い浮かんだのです。融点の低い特産松阪牛の脂は香りが高く特徴的だし、試作を繰り返して、常温でも固まらないものが作れました。食事に来られた方がお土産に買っていかれますね」と、こちらも人気商品になりつつある。


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左 :美しい精肉はカフェで購入可能
中 :加工品第1号の「牛肉のしぐれ煮」
右 :期待の新商品「ビーフオイル」


レストラン開店の目的に合致する「すき焼き体験」
 「お肉料理カフェまつもと」では、地域資源を活用したサイクリングツアーを企画する事業者と連携し、「すき焼き体験」ツアーに参画している。町を自転車でめぐり、産直市場で野菜や豆腐などの材料を買い込んできた参加者がレストランですき焼きを食べるという企画だ。「もともと地域の人とコラボレーションするレストランでありたいと思っていたので、このすき焼き体験は目的に合った企画なんです」と、しのぶさんはうれしそうに話す。

202012_yokogao_matsumoto20.jpg 「お客様にうかがうと、産直市場の人も『すき焼きだね~』と歓迎してくれるそうです。お客様がレストランに到着されて、私が仕込みをしている間、主人が語り部となって特産松坂牛や町の話をし、直伝のすき焼きを味わっていただきます。お客様が満足される様子を見て、『ああ、私はこういうことをやりたかったんだなあ』と思いました」としのぶさんの顔が輝く。
右 :参加者の笑顔が弾ける「すき焼き体験」ツアー


 今後の夢は、と一則さんに投げかけると、「早く引退したい」とおどけながら「本当は世界中のおいしい牛肉を探索したいのです」と牛肉への強い探求心を見せる。「子牛の仕入れ値が高騰しているのが気になりますが、うちの肉は市場に出ない直接販売。なので冒険をせず、昔からのやり方を忘れずにやっていけば、間違いなく継続できます。6代目を譲る息子にも、このことだけはしっかり伝えていこうと思っています」と、力強い声が返ってきた。(ライター 上野卓彦 令和元年7月26日取材 協力:三重県松阪地域農業改良普及センター、三重県中央農業改良普及センター)
●月刊「技術と普及」令和元年11月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


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三重県多気郡多気町前村1808
TEL 0598-39-3368