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農業経営者の横顔



農業で生き抜くために。法人で取り組む全員参加の村づくり

2019年11月07日

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(田中敏雄さん 山口県阿武町 農事組合法人うもれ木の郷)


 山口県の北部に位置する阿武町は、人口3300人余りの町。宇生賀地区は、周囲を山に囲まれた標高400m近い盆地である。黒川、上万、三和、伊豆の4つの集落が、広い農地をぐるりと囲んでいる。農事組合法人「うもれ木の郷」の事務所は、集落の田んぼを見渡せる気持ちのよい場所にあった。


紙芝居で知る「うもれ木の郷」の由来
 最初に迎えてくれたのは、法人の女性組織である「四つ葉サークル」の中原智惠子会長と原スミ子加工リーダー。法人名の由来を尋ねると、紙芝居で紹介してくれた。その名も「宇生賀(うぶか)の七不思議」。その7番目の話が「宇生賀の埋もれ木」だ。


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左 :女性組織・四つ葉サークル会長の中原智惠子さん(左)と加工リーダーの原スミ子さん(右)
右 :四つ葉サークル交流部の活動、当地の民話や言い伝えを若い世代に伝える「紙芝居」


 「この宇生賀の地は昔、火山の爆発によって、水の流れ出る場所がなくなり、一面沼地になってしまいました。米のできも悪い、こんな底のしれない沼田の中に、ヒノキやスギなどの古木の根がたくさんありました。この水田の中から、神代杉の大きな根(うもれ木)が何本も掘り出されました。幹は奈良の東大寺の建築に供されたと語り継がれています」。
 「ここの田んぼは本当に深くて、嫁に来たときは、慣れなくてたいへんでした。機械も入れないような田だったので、手押しのテーラー(耕耘機)で作業して。でも、みんながそんな苦労をしているからこそ、ここは集落の結束が昔から強いのです」と中原さんはいう。


圃場整備をきっかけに法人設立へ
201910_yokogao_umoregi3.jpg 農事組合法人うもれ木の郷は、1997(平成9)年2月24日、4集落の66戸の構成員でスタートした。きっかけは1991年、「国営山口北部農地再編パイロット事業(農地基盤整備)」である。しかし、償還金や整備後の担い手の問題などで賛否が分かれ、法人の設立までには6年を要した。
 宇生賀地区は、大正4年に20a区画が整備されている。田に水を引く川はなく、地区の100haをまかなうには溜め池の水では足りず、個人でボーリングして水を引く者もいた。
右 :法人名の由来となったうもれ木のひとつ


201910_yokogao_umoregi5.jpg 組合長で代表理事の田中敏雄さんは、当時をこう振り返る。「難しかったのが、水利権と個人が所有する農業機械の問題でした。農家がいちばん大切にしている水利権を放棄してもらう、農機具も全部自分たちで処分してくださいと。これは時間がかかります」。だからこそ、協議の仕組みも工夫した。部会を複数作り、できるだけ多くの人に役員として関わってもらった。「人数が多い分、合意形成は困難になるが、地区を代表すると、人は個人的な利害から遠ざかる。たくさんの人が何かの役職を持つことで、多くの人に主体的に基盤整備に関わってもらうことにつながった」と、田中さんはいう。
 その結果、工事にも地元の意見がしっかり反映された。水が少ない地域だけに、用水路と排水路、機械の搬入路の位置は重要で、工事関連の役員が、現場と徹底的にやりとりをしながら進めた。「工事の人任せ、国の計画任せにはなっていないのです。地域内に土建業の人がいるので、その知恵も借りました。月に一度は、関係者で焼肉して懇親会しよったのもよかった」と田中さんは笑う。


農作業も人任せにしない。全員参加型の法人運営
201910_yokogao_umoregi10.jpg うもれ木の郷は、全国で20番目、山口県では初の特定農業法人である。所有農地の大部分は法人が預かり、トラクター、田植え機、コンバインなど農業機械はすべて共有だ。また、米と大豆は経営一元化で効率化を図っている。
 特筆すべきは、利用権を設定した農地に対する「小作料水準」の高さ。10a当たり1万8000円を法人から地権者に地代として支払っている。さらに、機械のオペレーションや農作業は、組合員の中でやれる人が行う仕組みだ。高齢者でも元気な人は、さまざまな作業を自分のできる範囲で行う。例えば稲刈り作業は、スタンドバック籾袋1袋が1000円、大豆の播種、刈り取りは、1時間当たりオペレーターで1800円。草刈りは1㎡13円というように、作業賃金が細かく決まっている。「作業をしてもらったほうが健康寿命も延びるし、自分の法人という意識になる」と田中さんはいう。
右 :高収益が期待される作物として、また当地の特産品としても名高いブランド「福賀のスイカ」(福賀は、宇生賀地区を含む地域名)


 その一方で、今後増やしていきたい施設園芸品目のスイカ、ホウレンソウなどは独立採算制にしている。「農業の楽しみや面白さは何かと言ったら、自分の知恵や能力が評価されること。技術がある人はもうかるし、ない人は身入りが少ない。売り上げがきちんと跳ね返ってくる仕組みにしています。そうでないと、やりがいがなくなる。そうして、ここが全部ハウスになってくれたらいちばんいい。収益が上がるものを作り、後継ぎや新規就農者も生計が成り立つようにしたいのです」。


集落の幸せを育む「四つ葉サークル」
 「地域を明るく豊かにするためには、女性の力も大切」と、法人設立とほぼ同時に設立されたのが、4つの集落の女性たちでつくる「四つ葉サークル」だ。小物野菜等の直売所や学校給食への出荷を行う「生産クラブ」、豆腐の製造や漬物加工等を行う「加工クラブ」、花の栽培や集落内の美化活動を行う「環境クラブ」、交流事業を担う「交流クラブ」の4部で構成。先の紙芝居は、交流クラブの取り組みで、地域の宝や文化を受け継ぐための活動だ。「法人化する前から4地区に婦人会はあったのですが、集落間の情報交換はほとんどなかった。4つが1つにまとまったことで、協力体制が整い、絆も深まりました」と中原会長。


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左 :平成11年には、四つ葉サークルが中心となり、集落点検をもとにした宇生賀夢マップを作成。この夢の9割が10年を経て実現した
右 :四つ葉サークル環境クラブで整備した花畑


 法人の六次産業化事業、特産品開発に取り組む加工クラブは週2回、240丁の豆腐を作って近隣のスーパーや直売所で販売している。町内高齢者の見守りを兼ねた宅配も喜ばれている。また、山口県が「元気創出やまぐち!未来開拓チャレンジプラン」の一環で、農業法人の経営支援として取り組んでいる「薬用作物」で、トウキの生産をはじめているが、生薬となる「根」の部分以外の葉や茎を使った商品を開発中である。


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左 :うもれ木の郷とうふは、「やまぐち農山漁村女性起業統一ブランド」にも選定されている
右 :薬草であるトウキの栽培では、根は大阪生薬協会に出荷する。四つ葉サークル加工クラブでは、出荷しない葉や茎をパウダーにして利用する商品を開発中


 交流クラブを中心に、米を卸している流通小売店や山口大学剣道部の学生との交流も続いている。化学農薬化学肥料を不使用でつくる「エコ100」米の草取り交流だ。学生は、1泊2日で地域内の家庭に民泊し、田の草取りをしてもらう。きちんと賃金も出す。

 「農村は開放して行かなきゃいけない。いろいろな人が入ってくるといろいろなことは起きるけど、だからこそ知恵もでる。交流がなかったら閉鎖的になって、農村は縮んでくるんじゃないか。そして、来る者を拒まず温かく迎え入れる空気を、四つ葉サークルの女性たちがつくってきたんじゃないかな」と田中さんはいう。地域づくり、むらづくりには、女性の力が必要なのだと。


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左 :道の駅阿武町、物産直売所あぶの旬館で売られているうもれ木の郷の米
右 :山口大学剣道部との草取り交流風景


 最後に、期待を込めて田中さんは語ってくれた。
 「これまでは、農林事務所や普及センターの仕事は、技術の指導が主でよかったのかもしれない。けれど今は、女性が活躍できる農村をどうつくるか、地域の女性リーダーをどう育成するかを考え、助言するというのが大きな役割になってくるのではないか。これからもいろいろ知恵を貸してください」。(ライター 森千鶴子 平成30年7月10日取材 協力:山口県萩農林水産事務所農業部)
●月刊「技術と普及」平成30年10月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


▼農事組合法人うもれ木の郷 ホームページ
山口県阿武郡阿武町宇生賀911
電話 08388-5-5000