提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


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農業経営者の横顔



生産者と肉屋の2つの視点で、本当においしい「佐賀牛」を届ける

2019年02月04日

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中山敬子さん (佐賀県東松浦郡玄海町 株式会社中山牧場)


 佐賀県の西北部、唐津・玄海地区は畜産業がさかんなところ。中でも黒毛和牛の飼育頭数は佐賀県全体の約5割を占め、「佐賀牛」の主要産地となっている。中山牧場はこの地で2000頭の牛の肥育・繁殖を手がける畜産農家。生産だけでなく、肉の加工販売、レストハウス営業、冷凍加工品開発と事業を拡大している。「生産農家だからできる加工販売の方法がある」と語るのは、家業を継ぎ、現在は牧場の取締役兼営業部長を務める中山敬子(たかこ)さんだ。


父に鍛えられながら、自分流の牛飼いを模索
201901_yokogao_nakayama_2.jpg 「高校を卒業したら、家を手伝うのが当たり前。勉強より家業。とにかくできてもできなくてもお前がやれ、となかば強引に就農させられて...。ならば、絶対いい牛ば作っちゃる! って牛飼いにのめりこんでいったのです」と敬子さんはいう。
 父親の博信さんは昭和43年、肉用牛の肥育牛農家が県内でもまだ少ない頃、3頭のホルスタイン導入から手探りで取り組み、47年には、将来を見すえて黒毛和牛の肥育を始めた。48年のオイルショックや、その後の子牛価格の暴落、平成13年のBSE発生などの荒波を乗り越え、牧場の基礎を築いた。敬子さんの兄が平成元年に父の経営を引き継いでからは、二人三脚で経営に取り組み、平成5年に農事組合法人化した。平成8年には、食肉の加工販売を手がける株式会社中山牧場を設立。現在の飼養頭数は、肥育牛が2000頭、繁殖牛が300頭だ。
右 :牧場の近く、日本の棚田百選にも選ばれた「浜の浦の棚田」


牛飼いの目線と肉屋の目線を持つ
 肥育牛農家が直売する強みは、自らが出荷した牛の枝肉を、自分の目で見て競り落とし「一頭買い」できることだと中山さんはいう。直売店では、ロース、バラ、ヒレ、モモなどの一般的な肉の単品商品やセット販売だけでなく、ミスジ、ザブトン、三角バラ、イチボなど、あまり知られてない部位も、希少部位として販売している。平成17年には、年間120頭分、出荷頭数の1割の牛肉を直売するようになった。


201901_yokogao_nakayama_13.jpg 「牛飼いだった私が食肉加工業者になって、わかったことがあります。それは、素材として品質がよくない牛は、調理加工してもおいしくないということ。病気やけがをしていたり、十分に成熟していなかったり、健康でなかった牛は、やっぱりいい牛肉になっていないのです」。
 牧場と加工場を往復するうちに、「あのとき、あのエサが足りなかった...とか、もう少し、赤身の量が厚くなるように作りたいとか、肉屋の目線で牛を見るようになりました」。
左 :海からの風を受ける小高い場所にある牛舎は涼しくて心地よい


 当地のブランド牛である「佐賀牛」は、味も品質も評価が高いが、格付け基準が厳しいことでも知られる。ある時期、畜舎の牛の頭数が増えた後は、決まって佐賀牛に格付けされる割合が減り、肉質が落ちるというジレンマに悩まされた。敬子さんは「このままじゃいかん、私を現場(牧場)に戻して!」と兄に頼み込み、3年間加工を離れて生産現場に戻った。そこで管理体制を見直して肉質をよくしてから、加工販売に復帰したという経緯もある。

 生産する段階でいかに健康な牛に育てるか。ストレスをかけない飼育を実現するためには、目配り、気配り、心配りが大事。そしてそれは、経営者だけでなく、すべての従業員がわかっておかねばならないことだと気がついた。「良いものづくりには、作り手としての人を育てる必要があるのです」。


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左 :ブロック売りにすることで、良い肉を安く提供できるのも、直売店の強み
右 :ローストビーフ、炙り焼き、レバニラ炒めなど、冷凍の惣菜類も豊富で、地元の主婦層にも人気が高い


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左 :直売所の奥が加工場になっており、スタッフで肉を切り分けてパック詰めする
右 :最高品質の佐賀牛以外にも、良質の黒毛和牛をリーズナブルな「来店価格」で提供


 敬子さんの考える「人づくり」は自社の従業員だけではない。自分の牧場だけでなく、地域の生産者が、牛飼いをし続ける環境と関係をつくること。それが佐賀牛ブランドを守り抜くことにもつながり、ひいては、地元の畜産業の発展につながる。そんな理念のもと、東松浦農業改良普及センターやJAからつ畜産課とも協力して地元農業高校生や農大生の現場研修、畜産技術の現地実証などにも積極的に取り組んでいる。


「牧場通信」が産地とスタッフ、お客をつなぐ
201901_yokogao_nakayama_15.jpg 直売の売り場に立つようになり、ブランド牛「佐賀牛」の価値や生産現場のことが、お客さんに十分に伝わっていないことにも気がついた。品質や等級の説明は難しいが、販売するからには、しっかり理解してもらい納得して買ってほしい。「佐賀で飼育されている牛は全部佐賀牛なんでしょ。なんでこんなに高いの?」という声もきき、情報発信が大事だと痛感する。


 加工、販売に取り組んでから、飲食店や観光協会、法人会など、これまでに接しなかった人々との交流も増えた。さらに県の地産地消運動にも参加することになり、東松浦農業改良普及センターを通じて、佐賀県の専門家派遣制度を知った。この制度を使って、中山牧場は、情報提供のチラシ作成と、統一したイメージのパッケージデザインの開発に取り組む。
 専門家の助言を受けて作った「中山牧場通信」は、商品の案内や佐賀牛の説明だけでなく、従業員の牛への思い、飼い方、肉の見分け方、ハンバーガーづくり体験などの様子も盛り込み、年4回発行。通販商品に同封したり、店頭にも並べた。
 「お客様のために出しはじめた通信だったのですが、従業員の思いを取材し、誌面に登場してもらうことにより、現場の見つめ直し、牧場全体の意思統一にもつながりました」。
右 :中山牧場通信より。牛に地元の稲ワラを食べさせるための「藁寄せ」についての記事も


女性の目線で商品開発。地域にもノウハウを共有
 肉の直売店舗では、チルドでの生肉販売だけでなく、自家製ハンバーグやローストビーフなど、多様な加工品を販売している。食肉衛生管理者の資格を4年がかりで取得し、真空パックの冷凍肉にして通販も行っている。レバーの生食が禁止されたことをきっかけに、牛レバニラ炒めや牛もつ鍋などの惣菜加工品を増やした。1人分の最小単位でレンジを利用する「ひとりで楽チンシリーズ」など、時代を読んだ加工品も好評だ。


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左 :電子レンジであたためるだけのお総菜「ひとりで楽チン」シリーズ
右 :佐賀牛カレーはレトルトの他、地元のイベントなどでも販売


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左 :直売所横のレストハウスでは、予約制、セルフサービスで焼肉を提供。牧場ならではの肉質、稀少部位も入ってリーズナブルに味わえる
右 :敬子さんの後が、焼肉が食べられるレストハウス。春〜秋は、手前の広場でバーベキューもできる


 現在直売所は2店舗。本店の隣には、ログハウスのレストハウスをつくり、牧場で生産された牛肉を焼肉で食べてもらえるようにした。また自社牧場の牛に加えて、地元唐津玄海の畜産農家が育てた牛の取り扱いも行っている。「私は枝肉を見て、また地域の生産者の牛を肉としても買えるから、肉質がいいときも悪い時も、地元の人たちと情報を共有して一緒に考え、次に活かしていける。これまで手探りで歩んできたことをしっかりと次の世代に、情報として、技術として伝えていきたい」と敬子さんは語った。(ライター 森千鶴子 平成29年9月29日取材 協力:佐賀県唐津農林事務所東松浦農業改良普及センター)
●月刊「技術と普及」平成30年1月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


株式会社中山牧場 ホームページ
佐賀県東松浦郡玄海町普恩寺912-1
電話:0995-52-5051