提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


壮大な眺望と自家製農産物を活用した、りんご畑の中のカフェ

2018年12月21日

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松本直子さん(岩手県盛岡市 mi cafe)


 岩手県のほぼ中央部に位置する盛岡市黒川地区。北上川の東側に連なる丘陵地帯は果樹栽培に向く地質といわれ、リンゴを中心とした果物の栽培が盛んに行われている。
 2007年10月、リンゴ畑が広がる斜面の中腹に、県内初の「農地に建つカフェ」がオープンした。経営しているのは、松本りんご園の3代目、松本正勝さんと直子さん夫妻。カフェのある場所からは、盛岡の市街地はもとより、岩手山から奥羽山脈へと連なる山々まで一望できる。この壮大な眺めとともに、自分たちが作ったリンゴやブルーベリーなどの農産物を味わってもらえる場所をつくりたい。直子さんのそんな思いが、カフェをオープンするきっかけとなった。


覚悟と意地でこぎつけたカフェ開店
 松本さん夫妻が結婚したのは32年前。4人の子供に恵まれ、直子さんは家事や育児に加え、リンゴを車に積み込んで市内数カ所で対面販売を始めるなど、家業にも懸命に取り組んできた。その中で、りんご園近くにある保育園の子どもたちをブルーベリーの摘み取りに招待したり、1999年から2年に1度、5月の母の日にチャリティーコンサート「りんご畑deコンサート」を開催したりと、地域の人たちに喜んでもらえる場づくりもしてきた。リンゴ畑に集う人たちの笑顔を目にし、すばらしい景観と自分たちが作っている農産物を活用したカフェを開きたいという夢が、徐々にふくらんでいった。


201812_yokogao_matsumoto_2.jpg しかし、農地にカフェを建てるのは、前例のないこと。話はそう簡単に進まなかった。直子さんはその苦労を「構想10年、実行4年」と表現する。役所の許可が下りるまで4年。途中でやめようと思ったこともあったが、夫の正勝さんに「あんたの覚悟はそんなものだったのか」と言われたのが悔しくて、ふんばったと語る。正勝さん流の激励に背中を押され、粘り強く交渉を続けていくうちに、協力者も現れた。
 「実現するかどうかもわからない店舗兼作業所の図面作成や建築を、『誰もやったことがないから価値がある』と言って引き受けてくださる設計士さんや建築士さん、一緒に考えてくださる役所の方が出てきたおかげで、前に進むことができました」。

 こうして、2007年秋にオープンした「mi cafe」。ミ・カフェの「ミ」には、果実の「実」、見るの「見」、味覚の「味」、未来の「未」、魅力の「魅」など、いろいろな意味が込められている。
右 :コテージのような可愛らしい建物


農産物には旬があることを知ってほしい
 mi cafeのメニューの5割以上は、自分の畑で作られた農産物を使っているため、自ずと特色が出る。お客様に料理を出す際には、材料に使われているリンゴの品種や味の特徴などを伝え、背景にある物語も楽しんでもらう。ここにしかないメニューと景観はたちまち話題となり、来店客数は年を追うごとに増えていった。オープンから12年目、今では年間1000人が丘の上のカフェをめざし、りんご畑の間の細い農道を上ってくる。


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左 :外側に向いたカウンター席は人気。窓が大きく取られた店内からは眺望が楽しめる
右 :紅玉のジャムがたっぷり乗っているりんごのトースト(手前)と、りんごジュースで茶葉を煮出した「りんご屋さんのアップルティー」


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左 :「三実味(みみみ)」は、3品種のりんごジュースを飲み比べできる。この日は金星、王林、紅玉。リンゴの木を使ったコースターもmi cafeならでは
右 :3種類のソースで味わえる「ソフトdeみみみ」。この日は梅ジャム、ブルーベリー、ブラックベリーの3種


 カフェでさまざまなお客様と接していくうちに、「農産物には旬があること、大量生産できるものばかりではないことを伝えるのも、この店の役目と自覚しました」と、直子さんは話す。mi cafeの人気メニューの一つ、農家仲間のmiyukiさんが焼くアップルパイは、1日1台(8ピース)限定ですぐ売り切れてしまう上、あらかじめ作り置きしているフィリングも夏にはなくなり、次の収穫期を迎えるまで一時的にメニューから消えてしまう。また、6月末から7月までが収穫期のブルーベリーを、真冬に「買いに来ました」とやってくる人もいる。その品がなぜ今ないのか、直子さんはていねいに説明し、理解してもらうという。


求められる「場」を提供できる幸せ
 mi cafeでたくさんのお客を迎えながら、直子さんはいろいろな場面を目にしてきた。カップルのプロポーズを見守り、ほかのお客とともに祝福したことや、施設ではリハビリを嫌がる認知症の人が、駐車場から店舗までの数10mを不自由な足でがんばって歩き、リンゴにまつわる思い出話を生き生きと語ってくれたことなど、印象に残るエピソードを挙げればきりがない。


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左 :テラスからの眺め。右に見えるのが岩手山
右 :カフェの一角ではリンゴも販売


 北上川と並行する国道396号から東側に延びる道路に入り、約800m進むとmi cafeがある。国道396号は盛岡市と遠野市を結ぶ道路で、その先は三陸沿岸部につながっている。「東日本大震災後は、たくさんの人たちが、この道路を通って盛岡と被災地を行き来しました。その途中、ひと息つくためにうちに立ち寄り、景色を見ながらコーヒーを飲んで、少し肩の荷を下ろしていかれる方が多くいらっしゃいました」と直子さん。mi cafeが大切な場所、心を癒す場所になっていて、それぞれの物語に立ち会えることを幸せに思っている。


あくまでも農家であるというスタンス
201812_yokogao_matsumoto_10.jpg 松本りんご園の栽培規模は、リンゴ1.5ha、ブルーベリーやプルーンが0.5ha。りんごは現在、ふじを中心に23品種が植えられている。農作業は主に正勝さん、31歳の長男、正勝さんの父の3人で行なっているが、農繁期はカフェの営業時間や定休日を変更するなどし、直子さんも作業に加わる。あくまでも農業を優先にしているのは、農家仲間の助言が大きいという。
右 :mi cafeの前に広がるリンゴ畑で、収穫の時を待つふじ


 ブルーベリー栽培の勉強のため、直子さんが声をかけて結成した「藍の会」のメンバー6人は、付き合いが長く、なんでも言い合える間柄。mi cafeの開店からまもない頃、来店客が右肩上がりに増えていることから、直子さんはお盆休みも営業しようと考えた。それに異論を唱えたのが、藍の会のメンバーだった。「それは農家がやることじゃない。農家であることを忘れて商売に走ってはいけない」と言われ、軸足がぶれかけたことに気づいたという。そのほかにも、直子さんの周りにはPTA仲間や高校の同級生など、時には辛口の意見を言ってくれる人がたくさんいる。そういう人たちの存在を、直子さんはありがたく思っている。そして、「金持ちにはなれていないけれど、『人持ち』にはなりました」と笑う。


未来を描いて、さらに前へ
 2018年3月に結婚した長男の妻がパティシエで、カフェの厨房でケーキを焼いて出している。この秋に登場した「旬のりんごパイ」は、その時期に最もおいしいリンゴ3種類が詰まっている、mi cafeならではのお菓子。リンゴの持ち味を生かすため余計な香りづけはせず、素朴ながらもプロの腕で本格的に仕上げている。2019年秋には菓子工房を設ける計画があり、レストランや喫茶店と提携し、お菓子類を納めることも考えている。


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左 :旬のりんごパイ。この日は北斗、ジョナゴールド、紅玉の3種のリンゴを使用
右 :フォカッチャ。具はその日のおまかせ4種


 「規模を大きくする気はないんです。やみくもに材料を集めて商品を作るのではなく、リンゴにしてもブルーベリーにしても、穫れる畑や作る人の素性がはっきりとしている材料を使い、それぞれの店の要望に合わせてうちのパティシエが焼き、店のオリジナルとしてお客様にすすめる。そんなふうに、小回りのきく加工によって、きちんとしたものを届けることができたらいいと思っているんです」
 世代交代を意識しつつ、りんご畑のカフェの未来を、直子さんははっきりと描いている。(橋本佑子 平成30年11月8日取材)


mi cafe
岩手県盛岡市黒川4-3
TEL 019-696-2531
11:00~夕方(問い合わせください)
水、第二土日休