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農業経営者の横顔



良質の栗あんを全国へ届ける地域商社 もうからないけど、倒れない経営 栗の加工で産地を守る

2016年01月29日

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左から 甲斐治好さん、甲斐重光さん、石井寿幸さん (宮崎県美郷町 株式会社栗処さいごう)


 栗は多いが農家の手取りは少ない。この地で、古くから複合経営の重要品目であった栗だが、生産者の高齢化にともなって、産地の維持が危ぶまれるようになった。
 そこで、旧西郷村の役場の助成金で建てられたのが、栗の加工所。生産者が出資して設立した株式会社「栗処さいごう」は、良質の栗あんを全国に製造販売し、さらには、地元の製菓店や農産物直売所もまきこんで、地域ぐるみの6次産業化を行っている。
 同社の取締役は「うちの会社はもうけるためじゃなくて、産地の存続のために作られている」と語る。


生産者を株主に株式会社を設立
 宮崎県東臼杵郡美郷(みさと)町西郷地区(旧西郷村)は戦前から名だたる「日向山栗」の産地だった。しかし昭和33年から34年頃、クリタマバチの異常発生により、山栗は枯死。その後、旧西郷村では、昭和40年頃から栗園の造成や、早生系品種の導入を行って産地化をすすめてきた。しかし、生栗での出荷は、市場価格が不安定となり、生産意欲の減退から品質の低下にもつながる。


 そこで旧西郷村役場の助成金で、平成11年に栗の加工所が建てられた。生産者部会組織である、西郷村栗振興協議会(事務局は旧西郷村役場)の加工部が運営することとなり、JA日向産の栗を使った「栗あん」の製造販売をはじめた。


201601_yokogao_saigo_2.jpg「まわりに観光名所がない。年間の来客数もたかがしれているということも、1次加工品で出す意味」と語るのは、取締役で、現在加工所の運営を総括する甲斐治好取締役だ。加工所の開設当時は、役場の職員だった。最初の年に5t作り、セールスに歩いたがまったく売れなかったという。
左 :美郷町西郷の栗園


 販路も持たず、栗の生産量も安定しない。平成14年には大型の台風によって栗園は大きな被害を受け、加工もままならなかった。当時の栗園は手入れが行き届いておらず、樹高が高くなっていたのだ。そこで東臼杵南部普及センターでは、台風に強い「超低樹高栽培」の技術導入を図るため、岐阜県中津川から技術者を招き、4年間講習会を開催して、技術の定着を図った。その結果、収量も安定し、大玉で品質の良い栗が増えてきた。
 甲斐さんら、役場の職員の懸命なセールスも実を結び、徐々に取引先は増えていったが、経営体の信用をより高めるため、平成18年、美郷町の栗生産者200名のうち、35名が出資し、株式会社「栗処さいごう」を設立した。


全国で高評価の栗あんは、産地製造の強みを活かして作る
201601_yokogao_saigo_6.jpg 加工場は、JA日向の選果場の敷地内に併設されており、選荷後すぐに加工場へ栗が持ち込まれるので、鮮度を保持したまま加工できる。中に入ると甘い栗の香りが漂ってきた。「品質の良し悪しが、香りですぐわかる。これも産地製造の強みです」と、甲斐さんは言う。
右 :加工に使う栗は、規格外品ではなく、2Lサイズ以上の特選栗で、かつ、水に浸漬したもののみ


 使用する栗は、品質の高い特選栗(2Lサイズ以上)のみで、あんの品質も高評価だ。これは、栗あん製造の技術者を、指導者兼顧問として招いたことにも起因する。和菓子メーカーの技術者であった小幡寿康さんは、加工全般に詳しく、新しい技術の導入にも意欲的だ。


201601_yokogao_saigo_10.jpg オーダーメイドの加工も、100kg単位で受け付ける。最近では、今注目の稀少糖を使った栗あんの注文があり、小幡さんの助言で製品化することができた。糖度を指定しての加工にも応える。通常の製造もすべて受注生産で「在庫を持たない」ことが、経営の秘訣だそうだ。

 今では、栗の和菓子の名産地である岐阜県をはじめ、仲卸業者を通じて、全国の有名菓子メーカーに流通している。
 地元では、自家消費しかされてこなかった栗だが、地元女性による農産加工グループ「村の果菓子屋」も、栗あんを使って、多彩なお菓子の製造をはじめ、直売所「美郷の蔵」で、特産品として販売するようになった。
左 :岐阜県の菓子製造会社を辞め、技術顧問となった小幡寿康さん。ともに村づくりにも関わってくれる


キロ300円違う! 栽培面積も株主も増えた
 現在は、当地での栗の生産量94tのうち、(株)栗処さいごうで6割の58tを加工、42tの栗あんを製造している。
 「最近は燃料代などが高騰して、取引価格を上げたいところだけど、そうはいかない。昨年は栗が不作で、材料が足りなくなり、県内の他産地から求めて赤字経営でした。それでも、地元の栗は再生産価格で買い取るのが、うちの役割だから。もうかるのが目的じゃなくて、産地の存続のためにある会社ですからね」と、代表取締役の甲斐重光さん。買い取り価格は株主の栗生産者と取締役との「価格検討委員会」で決める。


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 :栗あんのみを贅沢に使った栗おはぎは、当地では昔から食べられていた自家製おやつ。現在は農産加工グループ「村の果菓子屋」が商品化して人気を博している
 :村の果菓子屋で作られている栗のお菓子の数々


 取締役で2町歩の栗を栽培する石井寿幸さんは、「青果で出していた頃は、JAの出荷手数料、段ボール箱代、運賃、経済連の手数料、市場手数料などを引かれると手元には、300円/kgしか残らなかった。現在は農協の手数料の2%を引かれるのみ。1kgの単価は、200円から300円は違います」。結果、株主は、発足時の35名から現在は64名に増加し、栽培面積も増えている。


繁忙期の労働力の確保とオフシーズンの加工が課題
 栗あんの製造は、8月から11月までの季節労働。栗は、消費者に季節感を求められてる商品で、販売も秋に集中する。工場で働いているのは地元の人々で、地域の雇用にも貢献しているが、年間を通じて賃金を保証するために、栗のオフシーズンにできる加工を模索中だ。栗あんの製造ラインでは、他の加工はできないため、隣に小さな加工場を整備したばかりである。


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加工場そのものは、現在も美郷町からのリース(200㎡)。栗あんの製造ラインには、蒸し器、あん漉し器、ミンチ機、鬼皮渋皮取り除き機、ペーストふるい機などが並ぶ


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 :栗あんをふんだんに使ったせんべいも製造(村の果菓子屋)


 「後継者づくりのためにも、加工も複合経営が必要なんです。今考えているのはキンカンの加工ですが、われわれの村の生産量を考えると、栗あんのように何tもというわけにはいかない。定年帰農組でもできる小規模の加工、年金+αの加工を栗あんづくりと組み合わせて、生涯現役でやれる加工の方法を模索中です」と甲斐さんらは言う。

 今後も、この地の品質のいい栗を守るため、管理できなくなった栗園は、株主で管理し、収穫は人を雇って行うという仕組みも作っていく。
(森千鶴子 平成26年10月9日取材 協力:宮崎県東臼杵農林振興局普及企画課)
●月刊「技術と普及」平成27年1月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載


株式会社栗処さいごう
宮崎県 東臼杵郡 美郷町西郷田代1010
TEL/FAX 0982-66-2629