身の丈で、安心できる本物を。集落の素材を丸ごと活かすパン屋さん
2014年12月16日
農事組合法人つつみだファームのみなさん(島根県津和野町 はたのパン屋さん)
広い田んぼの真ん中に、真っ赤な三角屋根のパン屋さん。開店と同時に、駐車場にクルマが停まり、親子連れや、OLさん、近所のおばあちゃんがやってくる。
農事組合法人つつみだファームが経営する「はたのパン屋さん」は、たくさんの人々に愛されて10年目を迎えた。
集落営農で田畑を守る
堤田集落は、島根県の最西端、山口県との県境の町、津和野町にある。国交省認定の清流日本一に選ばれている清流高津川中流域に位置する中山間地域だ。水田を中心に野菜、ソバ、大豆、小麦などを栽培している。
パン屋さんの名前になった「畑(はた)」は、堤田集落の別称。昔から良質の米の産地で、「良い畑の地」という意味の「はた」と呼ばれていたが、丘陵地のため直接川から取水できず、小さなため池をあちこちに作って取水する、苦労を重ねての米づくりだった。「堤田」という地名も、ため池がたくさんあったことに由来している。
右 :のどかな田園風景が広がる堤田地区
中山間地直接支払制度を活かして集落営農の組織化をすすめ、「一集落一農場」の考えのもと、平成14年、集落の農家全戸(隣接集落の一部含む)と非農家を含む58戸による「農事組合法人つつみだファーム」を設立した。昔から少ない水をめぐり「堤」を中心にまとまってきた集落、「ふところに入れれば焼酎代やパチンコ代に消えるお金でも、まとめて使えば生きる」と助成金を個人に分配せず、すべてを共益費としたからこそできた法人化だった。
地場作物で農産加工を
「法人化を機に、ますます地域の活性化をすすめたい。米や転作作物だけではなくて、何か付加価値の高いものを」と知恵を絞った。そこで出てきたアイデアが、小麦を作ってパンにするというもの。「昔から、みそや醤油用に家々で作っていたし、法事の接待にあんパンを持たせる習慣もあるくらいだから、できると思いました。今でも法事の需要は大きいんですよ」と語るのは、店長の水津良則さん。加工を始めるにあたり、あちこちに視察に行ったが、福岡で「素人だけでパン作りは無理」と助言され、パン職人を2カ月間招いて研修を行った。同時並行で小麦の作付けも開始した。
頭を悩ませたのが、申請書類の作成等の事務手続きだった。そこであてにされたのが、地区在住の役場職員。水津さんが役場の産業課にいたことが幸いした。「農産加工をやりたいという思いはあっても、どんな補助事業があるかわからなかったり、事務手続きをやりきれなかったりで、二の足を踏む集落も多いのではないか。加工場設立の時は、県の職員にも本当にお世話になりました」と水津さんが語るように、適切な事業を紹介し、事務手続きをサポートできる行政の役割は大きい。
そうして平成16年3月に「はたのパン屋さん」(左)がオープンした。農事組合法人が経営するパン屋としては、県内第1号。補助事業を使っても1500万円の借金を抱えてのスタートだった。
移動販売に尽力
地元のスタッフ4名ではじめた店だったが、今は7名で切り盛りする。スタッフの平均年齢は47歳だ。
パンに使用する小麦は、地元産と国産のパン専用粉をブレンドして使っている。地元産の粉を100%にすると、麦特有の香りが消えないので難しく、通常は20~30%、最大で50%使用する。栽培品種は農林61号で、現在「ミナミノカオリ」も試験中だ。
左上 :田んぼの真ん中という立地ながら、開店と同時に集落の人々や近隣の企業の人々でにぎわう
右下 :パンの他にもラスクや焼き菓子など多種多様
パンやプリン、焼き菓子には、地元農家から買い上げる野菜、芋、果物がふんだんに使われている。ホウレンソウやニンジンをパン生地に練り込んだり、サツマイモや栗であんを作ったり。自慢のコシヒカリを米粉にして焼いたパンは、もちもちの食感。どれもやさしい味わいだ。「来春には筍を使えんかなあ」などと、スタッフで絶えずアイデアを出し合い、年間50種類のパンを作る。あん、クリームなどもすべて手作りで、食品添加物は極力使わない。発酵には生イーストを使う。イーストフードを使えば発酵時間は半分になり、その分、人件費も節約できる。「けれど、それじゃあ堤田でやっている意味がない」と水津さんはいう。
左上 :「パンは手が大事。丸め方で味が変わる」と語る店長の水津良則さん(左)
右下 :焼きたてのパン
左上 :地元産コシヒカリの粉で作った米粉パン
右下 :はたのスイートポテトパンは、人気商品
「町内の商業施設にテナントとして入っては?」という話もあったが、パン屋を集落の拠点としたいという思いから断った。「人の集まる場所でやればもうかるとは思ったが、量産すれば妥協せねばならないことも多くなる。ここは地元の素材を活かすためのパン屋だから」。だからこそ「子どもにも安心して食べさせられる」と、わざわざ足を運んでくれる人も多い。
それでも、売り上げを維持するためには、日々の営業努力が必要だ。多様な品揃えはもちろん、店頭販売以外にも、宅配トラックを使った移動販売を行い、確実に売り切る。土日はスーパーや直売所でも販売する。宅配トラックは毎日10時半に出発し、曜日ごと、時間ごとのルートを回っていく。予定表には福祉施設、中学校、郵便局、歯科医、JA、町の企業など100カ所もの名前が並ぶ。
午後3時の時点で残っていたら、ドライバーのふたりで作戦会議。「あんパンは、ここに持って行ったら売れるよ」「最近行ってないあそこに行ってみよう」。お得意様を訪問する曜日は極力変えない。飽きられるほど行ってはいけない。積み上がった経験と顧客データはスタッフ全員で共有している。売り上げも順調に推移しており、本年度は2000万円を見込んでいる。あと2年で、パン加工施設の借金の返済も終わる。
大きな楠の下で
つつみだファーム代表の原田文雄さんに案内されて、集落の中心にある「大楠」を見せてもらった。「集落の人間なら、誰もが子どもの頃からこのまわりで遊んでたんです」と、原田さんは顔をほころばせる。若者会の名前も「くすのき会」。婦人会や、老人会も活発に活動し、ため池の水を大切に守ってきた経験から、用水路の清掃、楠周辺の公園整備、猪から作物を守る電気牧柵の設置など、集落の環境整備にも一丸となって取り組んでいる。設立当時に10haだった耕作面積は、平成25年2月現在で、集落のほとんどの耕地が法人に集約され、27.4haとなった。
右 :集落を見守ってきた大楠の下で。つつみだファーム代表理事の原田さん
「今でもここには耕作放棄地がないのです。土地を荒らさず、集落を若い人につなげるのが私たちの役目。農業部門とパンの加工部門は、年によってどちらかがよかったり、悪かったりするけれど、補い合って帳尻が合っている」と原田さん。「ここは昔から兼業農家が主だし、これからの若い人も兼業でいい。集落内にもいろんな仕事をつくり、組み合わせて、豊かに暮らすことが、後継者の育成にもつながるのだと思います」。(森千鶴子 平成25年7月11日取材 協力:島根県西部農林振興センター益田事務所農業普及部益田北地域振興課)
●月刊「技術と普及」平成25年10月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
はたのパン屋さん
島根県津和野町池村1826-2
0856-74-1530
営業時間 AM10:00~PM5:00
定休日 日曜日・月曜日