直売所を拠点に、高齢者の力、女性の力を活かしてふるさとの農地を守る
2013年10月07日
農事組合法人 福の里(山口県阿武町)
組合長 市河憲良(いちかわのりよし)さん
阿武町(あぶちょう)は山口県北西部に位置する海あり、山ありの町。今回紹介する農事組合法人は、標高400mに位置する福賀地区にある。ここは、山間に広がる盆地。農地はいわゆる中山間地がほとんどで条件がいいとは言い難い。それでも地区内の直売所には活気があふれ、人々は「荒れた農地はない」と胸を張る。そんな地域で元気に大きく貢献しているのが、農事組合法人「福の里」の取り組みだ。
ため池の改修をきっかけに法人設立
組合長の市河憲良(いちかわのりよし)さんが最初に案内してくれたのは、農林水産省のため池百選にも選ばれている「長沢ため池」(上写真)だった。このため池は、慶長7年(1602年)に築造。400年を経過した今も40ha余りの水田に農業用水を供給している。
法人設立のきっかけは、平成13年のため池の修復による断水だった。40haの転作について話しあい、大豆への転作に取り組んだ。
平成12年からは、中山間地直接支払い制度に伴う集落協定も結んでいたため、平成14年には、福田中地区オペレーター組合を設立。大豆用のコンバイン等を直接支払い制度の給付金を元手に購入した。
当初はため池が修復されるまでの転作の予定だったが、大豆栽培が思いのほかうまくいき、オペレーター組合による農地管理の仕組みも喜ばれて、法人化の話が持ち上がった。
「うちの地区は、1戸当たりの農地面積が1haと広く、農地が比較的まとまっていること、十分な話し合いを行ったことにより、法人化への理解を得られたことが、平成15年の法人設立につながったと思います」と市河組合長は言う。
左上 :福賀地区は山間の盆地。標高も300~400mと比較的高い
右下 :阿武町は、全国でもここだけの希少種、無角和牛の産地でもある
適地適作と、米づくりへのこだわり
福賀地区は昔からの米どころ。おいしい米の産地として知られている。うるち米はすべてコシヒカリで、環境と食べる人の安心安全を考えたエコ栽培である。(エコやまぐち認証50、JAS有機認証など)また、特殊な塩を散布して病害虫を防ぐ「ミネラル米」もある。
転作大豆栽培との連携にも工夫があった。「水稲が主体ですから、水はけの悪いような圃場、山寄せのような、山間部の反収が上がらないところに大豆を植え、土のいいところに米を植えます。そして、2年ほど大豆を作って水田にかえすのです」
1年目の大豆の出来はあまりよくないのだが、2年目は1年目よりできる。さらにその後水田にかえすと、10a6~7俵しか採れなかったところで無肥料で8俵できるのだという。
そうして作った米は、全量農協出荷。組合員の保有米、縁故米と直売所で売る米は、すべて農協から買い戻す。法人の運営には、中山間地直接支払い交付金、農地・水保全管理支払い交付金などが資金として当てられており、出荷証明ができないと下りない交付金もある。さらに、検査を受け、等級や食味値も出るから売りやすい。業者との直接取引は、お金の回収の手間とリスクも生じるという経営体としての判断だ。
右 :水田の圃場は、プレートでしっかり管理されている
「圃場ごとの土質と、土質による米の味はわかっているので、直接農協のカントリーエレベーターに持って行くのではなく、法人の施設で乾燥調製をしたものを、地区・圃場を明記した形で農協に売ります。そして、直売所で売る米、組合員の保有米等は、土質、等級、食味値のいいものから買い戻していくんです」と組合長。
農産物直売所「福の里」では年間600俵の米が売れ、毎年予約契約しているお客も多い。
直売所「福の里」は女性の活躍の場
平成17年には農産加工場が、18年には農産物直売所「福の里」がオープンした。いずれも運営は、会員48名の福の里女性部に任されている。週3日(土、日、水)の開店で、年間2000万円を売り上げる。
左上 :直売所「福の里」
右下 :福の里女性部は、会員48名。4人ずつのローテーションで加工を行う
左上 :福の里店内。新鮮な野菜と加工品、手作りの工芸品がぎっしり並ぶ
右下 :うるち米はコシヒカリ。目立つ位置で販売
直売所に野菜を出荷する生産者会員は40人余りだが、年間100万円売り上げる人も数名いる。電動カーに乗って野菜を持ってくるお年寄りもいる。週3日の開店だから、野菜は明くる日に持ち越せず、いつも新鮮とお客さんに喜ばれている。そしてもうひとつ、おいしい米や地元の素材を使った女性部の弁当、惣菜、加工品が大人気なのだ。
法人で作っている餅米は、すべて直売所で販売する加工品となる。餅やおこわからスタートし、寿司、まんじゅうやかりんとう、洋菓子まで、今では35種類もの真心のこもった加工品がずらりと並んでいる。
イベントの際には、法人で栽培した蕎麦を粉にし、手打ちした蕎麦を販売する。
最近力を入れているのが「焼き菓子」。専門家の講習を受け、地元の柿やリンゴ、サツマイモを使ったケーキやクッキーを開発。売れ行きも上々だ。
左上 :加工品のひとつ 「きねつきあんもち」
右下 :イベントの際には、法人で栽培した蕎麦で手打ち蕎麦を作って販売する
「女性部は、45歳から85歳までの会員がいます。焼き菓子をはじめたのは、お客さんのニーズのほかに、若い人が楽しく地元で働ける加工をと考えたから。午後1時から4時くらいまでの時間で、子育てをしながらでも、作りに来られる。若い人の感覚でできるものをと...。そうして、地元にしっかり女性の働く場を根付かせたい」と中野逸子女性部長。
最近では「おいしいお菓子を振る舞う喫茶店を持ちたいね」という声が会員からではじめた。毎年連休に行う「福の里春まつり」で、早速やってみた。ひとつひとつみんなの夢を実現していく。
四季折々の賑わいの場としても
7月最終週の土日、福の里では、恒例の「すいかまつり」が開かれていた。福賀地区は、昼夜の寒暖差が大きい準高冷地の気候を生かしてスイカを栽培している。「1株1果どり」が特長で、成長過程で「ミネラル塩」を施肥する栽培法。糖度が高く大玉のスイカが採れる。
夏の楽しい催しに、子どもたちも多数来場。スイカ種飛ばし大会、早食い競争、重さ当てクイズなどが次々に行われ、その横で試食用のスイカがどんどん振る舞われ、直売されるスイカもどんどん売れていく。
左上 :恒例の福賀すいかまつり
右下 :試食だけでおなかいっぱいになるくらい食べさせてもらえる試食コーナー
左上 :子どもたちに人気、スイカの種飛ばし
右下 :スイカの重量当てクイズ。みんな真剣
秋には梨まつり、そして春には春まつり。「ここは物を売る場所だけじゃなくて、地域のにぎわいの場なんですよ」と組合員は笑顔で語る。大玉のスイカを下げた老夫婦が、「スイカも買うけど、今年もおいしい米、頼むよ」と声をかけてくる。
23年には、福賀地区に隣接する集落の14haの水田を預かった。法人の管理になっても、水の管理や草刈りは、地区の人々も加わる。
「みんなでワイワイ楽しくやれば、歳をとっていても、まだまだやれる。ひとりひとりの力は小さくても、地域ぐるみでやっていきます」
(森 千鶴子 平成24年7月28日取材 協力:山口県萩農林事務所、山口県農林総合技術センター)
●月刊「技術と普及」平成24年10月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載
▼農事組合法人福の里
山口県阿武郡阿武町大字福田上字石田1328-1
TEL 08388-5-0707
FAX 08388-5-0708