農村の経済的自立を求め20年。グリーンツーリズムで来る人も迎える人も、豊かになれる。
2012年10月26日
宮田静一さん
(大分県宇佐市 大分県グリーンツーリズム研究会会長・宮田ファミリーぶどう園)
借金2000万円を背負いぶどう園を開墾
大分県宇佐市安心院(あじむ)町は『農村民泊』『安心院方式』などで知られる、日本のグリーンツーリズム(以後、GT)(※1)発祥の地である。安心院町下毛で宮田ファミリーぶどう園4haと直売所「王さまのぶどう」を経営するかたわら、GTを安心院に根付かせた立役者である宮田清一さん(63)は大分県宇佐市長洲町の出身。実家の養鶏を継ぐつもりで大学に進学したが、昭和47年(1972年)、卒業と同時に安心院に移り、国営パイロット事業で開かれた土地(10ha)に入った。ゼロから始めたぶどう園3haを軌道に乗せるまでは、平坦な道ではなかったという。
宮田さんがGTに目覚めたきっかけは、地域で初めてとなる直売所を、平成2年に自分のぶどう園で始めたことだった。市場出荷では自分で作ったブドウに自分で値をつけることができないが、直売ではできると始めたところ、予想外に売上げがあり、リピーターもできた。何より「おいしい」と喜ばれることが励みになった。
安心院式農村民泊とは
平成4年、県が主催した『過疎フォーラム』で県職員の江川清一さんと知り合ったことから、行政とのGTの勉強会に参加するようになった。平成8年3月に安心院町グリーンツーリズム研究会が発足。成り行き上、研究会の会長となった宮田さんは、ヨーロッパの村ではGTが産業となっていることを知り、「安心院でGTをやれないだろうか。安心院でGTを産業として確立したいものだ」と強く思うようになった。そして初めに取り組んだのが、『農村民泊』だった。農家に泊まってもらい、ありのままの生活をみてもらおうという考えである。
ところが実現には法律の壁があった。不特定多数を相手に宿泊や食事を提供する場合には、食品衛生法と旅館業法の適用を受けねばならない。資金投資や審査が必要で、簡単には取り組めない。そこで、「とにかく都会の人に農家に泊まってもらおう」「あるものを提供して楽しんでもらおう」という考えに賛同する農家数戸を募って平成8年9月、行政の許可のない実験的農村民泊を始めたのである。宮田さんもその中のひとりだった。
それ以来、「都会の人には農村の生活が驚きであり、とても喜ばれる」「また、それがお金になる」と民泊を始める農家は増え、また、多くの人が安心院を訪れるようになった。『一度泊まれば遠い親戚、10回泊まれば本当の親戚』は、安心院の農村民泊のキャッチフレーズになっている。今では町内の60戸が宿を提供し、年間1万人が農村民泊を体験している。修学旅行生も数多く訪れ、帰る時には別れがたく涙し、まるで泊まった宿の子供のようになることも少なくないそうだ。
平成14年3月に劇的な規制緩和が行われ、大分県が農泊を簡易宿舎として認可し、農家が客と一緒に調理すれば客専用の調理場を作る必要はないと認めたことから、法律上の問題は解消した。
右 :農家民宿「ゆずりはの里」
ドイツに過疎という言葉はない
安心院グリーンツーリズム研究会では、会員が積立をして順番にGTの本場・ドイツのアッカレン村へ行き、本場ドイツのGTを目の当たりにしてきた。宮田さん自身は、平成8年秋に、第1回の視察に親子三代(宮田さん、長男、父)で参加した。「国内にモデルがなかったからドイツへ行ったわけです。見るものすべてが驚きで、発見がたくさんあった。GTが盛んなドイツでは、農家民泊と直売がセットになり、どちらも農村女性の副業として定着しています。日本でも、兼業農家が外に働きに行く代わりに民泊をするべきだ、そして過疎からも貧しさからも脱却し経済的に自立したいと強く思った」と宮田さんは当時の思いを語る。
バカンス法の成立を願い、安心院の未来を描く
「ドイツの南にあるオーストリアでは、旅行時の泊まり先は7割が民泊で、GT関連の雇用に全農家の10%が携わっているといいます。この数字は大きい。その前提にバカンス法(※2)があるのです。ヨーロッパには、法律でバカンスの取得を義務づけている国が多く、GTとバカンス法が互いを補完し、地域振興に大いに役立っています。GTが農業政策として認められているのです。ところが日本は、まだバカンス法批准にいたっていない。小泉内閣の時代、平成15年に大分県議会で『バカンス法の制定を求める意見書』が採択され、もう一息だった」。ILO132号批准のための準備委員会を作ってほしいと政府に申し入れをしたこともあり、宮田さんは今もバカンス法批准を熱望している。日本長期休暇(バカンス)批准推進連合会を本年2月に立ちあげ、バカンス法実現のための活動を続けている。(※3)
ぶどう園経営の代表は6年前に長男の宗武(むねたけ)さん(37)に譲ったが、安心院グリーンツーリズム研究会会長と、(株)家族旅行村の代表取締役を務める宮田さん。「安心院の魅力は戦っていること」と農水省職員に言われたこともある。新しい壁を突き破るには戦うことも必要なのだ。都会暮らしの人々に農村で過ごし楽しんでもらい、農村は来た人をありのままに受け入れながら、経済的、人間的に自立を求め、自立を目指し、生きる。過疎には縁のない安心院の町と人の暮らしが、宮田さんの描く安心院の、そして全国の農村の将来の姿である。(水越園子 平成24年9月3日取材)
▼宮田ファミリーぶどう園 ホームページ
▼NPO法人 安心院町グリーンツーリズム研究会 ホームページ
※1 グリーンツーリズムとは
:農山漁村地域において自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動(農水省ホームページより)
:農山漁村を訪問して、その自然と文化、人々との交流をありのままに楽しむ余暇形態。物見遊山型の観光的余暇とは違って、比較的安価にゆったりと過ごすところに特徴(知恵蔵2012年)
※2 通称「バカンス法」とは、ILO(国際労働機関)による1970年の有給休暇条約(改正)(第132号)をさし、批准国の労働者は、年次有給休暇連続3週間取得の権利をもつ。現在、36カ国が批准している。日本は未批准。
※3日本長期休暇(バカンス)批准推進連合会
▼「約束事」(規約)
▼「バカンス法の制定について」(NPO法人 安心院町グリーンツーリズム研究会)