借地や農作業受託による規模拡大で、地域農業を担う
2010年09月22日
境谷博顯さん(青森県五所川原市 (有)豊心ファーム代表取締役)。右は長男の一智さん
津軽平野のほぼ中央、青森県五所川原市。第59回全国農業コンクールのグランプリ(毎日農業大賞)に輝いた境谷博顯(さかいや・ひろあき)さんは、穀倉地帯であるこの地で、水田の大規模経営に取り組んでいる。
農家の長男として生まれ、高校卒業と同時に就農。昭和50年、24歳で経営を移譲された時の水田面積は7.4haだったが、現在では水稲・小麦・大豆を主体に、作業規模は約250haに拡大した。「大規模経営は自分一人ではできないこと。集落の人とともに広げてきました」と、地域とともに歩んできたこれまでを振り返る。
「農業一筋でメシを食う」を実現するために
「農業一筋でメシを食う」を目標に就農した境谷さんは、「従来の農業では専業は難しい。経営の改革が必要だ」と考え、県内で先端の農業に取り組む仲間と交流したり、さまざまな情報を集めたりと、若いころから積極的に外に目を向けてきた。こうした考え方は、先進的な理念を持っていた父親の影響が大きいという。規模の拡大は、境谷さんが35歳の時に他界した父の遺志でもあった。
米の生産調整が強化され、米価の上昇が望めなくなった昭和61年から、境谷さんは経営を大きく転換していく。米と同じ農機が使える小麦の生産を本格化させ、穀類乾燥調製施設をつくり、近隣農家の作業受託も始めた。平成12年からは、小麦との輪作体系確立のため、大豆の作付けを開始。平成20年からは乾田直播栽培(品種:まっしぐら)を実施している。
右 :作業を分散させるため「つがるロマン」「あきたこまち」「まっしぐら」の3品種を作付け
農業従事者の高齢化や担い手不足に直面している水稲単作地帯では、高い意欲と経営能力をもった担い手農家が、借地や作業受託により規模を拡大している事例が多い。境谷さんはこうした農家の筆頭に挙げられるが、農業に従事してからの長い間には「山もあれば、谷もあった」と話す。
「経営というものは、生き物である。努力を続けていれば、その時々に応じた行動ができる。そう私は考えていますし、家族にもいつもそう言っています」
農業一筋に歩んできた境谷さんの経営哲学は、同じ道に進んだ二人の息子さんたちに受け継がれようとしている。
若い世代を引き付ける、信念の農業を実践
平成10年、境谷さんは「有限会社 豊心ファーム」を設立する。前年春、大学を卒業したばかりの長男・一智(かずさと)さんが就農したことが、ひとつのきっかけとなった。境谷さんが父親の背中を見て農業を志したように、一智さんも「子どもの頃から、農業をやるつもりでいました」と話す。友だちは皆サラリーマンとして働く中、家業を継いでくれた息子にできる限りの環境を整えてやりたいという親心と、地域の信頼が得られる基盤をつくりたいという2つの思いが、法人化を実現させた。
左 :乾燥・調製施設の内部
平成19年には、高校教員をしていた次男の稔顯(としあき)さんも就農する。「次男も農業をやるとなれば、3世帯の家計を支えなければなりませんが、長男が『作業面積が増えて人手が必要だから、一緒にやらないか』と、次男に声をかけたようです」と、境谷さん。後継者不足に頭を悩ます農家も多い中、うらやましい話であるが、確固たる信念を持ち、やってみたいと思わせる農業を実践してきた結果が、次世代につながっていったにちがいない。
地域との共生が経営の理念
五所川原市の夏といえば、人口約6万人の市に140万人もの観客が詰めかける立佞武多祭り(たちねぷたまつり)が有名だが、7月中旬〜8月初旬のこの時期は、小麦刈り取り、乾燥・調製の最盛期。午前1時まで作業し、翌朝7時にはまた機械を動かす。祭り見物の余裕はなかなかつくれないが、「農業には年に何回かそういう時期がある。でも、やり終えた時の満足感は大きいし、それを喜びと考えないと、農業は続けられません」と境谷さんは話す。けれども、年々拡大する作業面積に見合う体制づくりも急務。息子たちに仕事を任せられるようになった今、境谷さんは機械の導入や人員の配置などの体制整備や、今後の事業展開に頭をひねる。
右 :無人ヘリの操縦は次男が担当
常に地域の農業をリードしてきた境谷さんは、これまで数々の賞を受賞してきた。昭和62年の「青森県農業経営研究協会賞」を皮切りに、平成4年には稲作関係では青森県で最も栄誉のある「田中稔賞」受賞、平成15年には「明日を拓く青森県農業賞」個別経営部門で奨励賞を受賞、平成20年度優良担い手表彰で全国担い手育成総合支援協議会会長賞(個人・土地利用型部門)を受賞、そして今回のグランプリ受賞である。
左 :転作田での大豆栽培
「今後も、消費者や実需者のニーズに沿った農産物生産の安定供給と、地域に信頼される担い手として農業振興に寄与していきたい」
地域との共生を掲げた農業経営。その柱となる理念は、40数年たった今も、ぶれることはない。(橋本佑子 平成22年8月28日取材 協力:青森県農林水産部農林水産政策課、青森県西北地域県民局地域農林水産部農業普及振興室)
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