提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ
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近年、トマトやキュウリなどの施設野菜では、ハウス内の温湿度・炭酸ガス濃度などの栽培環境を生育に適するように制御することで、収量を飛躍的に増加させている。
旭市三川地区には大玉トマト団地があるが、環境制御技術の導入は現在一部にとどまり、近年の単価低迷の中で更なる増収が望まれている。
そこで、炭酸ガス施用装置、統合環境制御装置および関連機器を試験導入し、先進事例をもとにした環境制御を行うことで、大玉トマトの収量増加による経営改善を実証する。
●千葉県旭市
旭市は千葉県北東部の沿岸部に位置している。年間平均気温は約15℃、年間降水量は約1,559mmと比較的温暖で、全国6位の市町村別農業算出額を算出している(489億円、令和2年度農林水産統計)。
●各区の概要
●供試機械
炭酸ガス施用機「ダッチジェット P-100」(施設内への炭酸ガスの供給)
左 :環境モニタリング装置「アイファーム・クラウド」(温室内の環境、機器の動作確認)
中央:統合環境制御装置「ハウスナビアドバンス AGC-5000NA」(温室内機器+日射比例潅水の制御)
●環境モニタリング画面
●圃場条件
●施設形状
実証区(左)と慣行区(右)
●主な栽培基準
●実証区の環境制御設定
※慣行区の夜間暖房温度は19時から12℃、24時から6℃で設定。早朝加温は6時から12℃で実施した。
炭酸ガス施用機はなし。
温度設定は、目標の日平均温度が冬期で15~18℃、春期で18~20℃となるよう、日中換気温度及び夜間暖房温度を設定した。また、冬期は変温管理を行い、日の出前から1時間あたり2℃ずつ加温し、日射の強い13時を最高温度として徐々に温度を下げ、夜間温度は11℃以上とした。
炭酸ガス施用機は、11月下旬から5月上旬まで下限を400ppm、上限を420ppmで稼働させた。天窓の開度が大きくなる5月中旬以降は、400ppmを目安に一定時間稼働させた。なお、小型ダクトによる局所施用で行った。
自動天窓は、外気温10℃以上かつ湿度90%以上で開くように設定しており、開度は外気温により変わるようにした。具体的には外気温10℃の場合は開度5%、外気温13℃の場合は10%となるよう設定し、植物体の結露を防ぐようにした。
潅水は、潅水同時施肥を含む日射比例自動潅水で行った。潅水チューブは点滴チューブ(ストリームライン60-10、83mL/分/m(0.04MPa時))を使用し、潅水パターンは積算日照量が夏期に1.6MJ、それ以外の時期で2MJに達するたびに潅水を行う設定とした。また、潅水量は開花段数に合わせて増加させ、6~7段開花時点で1回あたり最大250L/10aとなるよう設定した。
●定植作業の概況
※葉齢は両区とも4枚で定植。また、実証区は定植後、各苗から側枝2本出しを行う
定植後の様子
実証区の苗(摘心後)
●環境データについて
実証区は、多段階の早朝加温により緩やかに温度が上昇しているが、慣行区は暖房の細かな制御が行えないことから、急激な温度上昇となっている。また、晴天時において日中の最高温度は両区で変わらないものの、慣行区では日の入時の温度が低下しすぎていた。夜間に関しては、11月下旬から暖房機が稼働しており、実証区では最低温度11℃を保っていたが、慣行区では設定温度の8℃を下回る時間帯もあった。
温室内の環境(2021年12月31日)
炭酸ガス濃度については、トマトの生育が進み、かつ外温度が低下して換気窓の開度が小さくなった12月以降、慣行区では、外気の炭酸ガス濃度である400ppmを下回る時間が見られた。実証区では、11月後半から炭酸ガス施用を下限値400ppm、上限値420ppmで稼働させており、温室内の炭酸ガス濃度の過度の低下はみられなかった。
温室内炭酸ガス濃度の比較(2021年12月31日)
相対湿度に関しては、慣行区では早朝の加温とその後の換気により急激な低下がみられたが、実証区は自動天窓により緩やかに低下した。夕方も、実証区では慣行区のような急激な上昇はみられなかった。
また、夜間の暖房が止まる3月下旬~4月中旬にかけて、天窓の全閉を行っている慣行区では相対湿度が100%になる時間帯が繰り返し見られた。一方、実証区では室内湿度90%以上、外気温10℃以上で天窓がわずかに開く設定となっており、相対湿度が100%に達することはなかった。
相対湿度(2022年3月16日)
●生育、収量について
病害虫の発生については、実証区では栽培期間中に発生がみられなかったが、慣行区では5月頃から灰色かび病が散見された。要因として、実証区で導入した自動天窓により結露の発生が抑えられたことが防除に働いたと考えられた。
生育調査の結果、開花花房間距離は、実証区では厳寒期において慣行区及び前作の実証区と比べて変化が小さかった。また、茎径も同様で実証区では変動が少なく安定しており、生育後半の樹勢も良好であった。開花花房間距離及び茎径は栄養・生殖生長の目安であるが、本作では液肥のECを1.2~1.5に下げたことで栄養成長に傾き過ぎなかったと考えられた。
収量調査の結果、実証区は10a当たり27t、慣行区は10a当たり19tで、慣行比142%であった。
実証区と慣行区では定植時期が21日間違うため、慣行区の収穫開始も20日程度遅くなっているが、2月以降の収量についても実証区が上回っており、慣行区比で122%であった。その要因は、実証区では樹勢が落ちやすい冬期に炭酸ガス施用により光合成の増加を促し、春期に高湿度予防により病害発生の抑制を行ったことに加えて、日射比例潅水により2月以降の日射量に合わせた潅水管理を行ったことで、出荷玉数と1果重の増加に繋がったためと考えられた。
●供試機械について
○炭酸ガス施用機「ダッチジェット」
他の燃焼式炭酸ガス発生機と比較すると時間当たりの発生量が多く、試験開始前は灯油消費量の増加が懸念されたが、制御機と組み合わせることで目標値通りの施用ができた。温室が閉鎖的な環境となる冬期にはより多くの炭酸ガス施用が可能となった。
ただし、運転時に風量が多く、周辺の植物体があおられることによる損傷が危惧され、現地では吹き出し口付近に風量を弱める金網を設置して対策した。
○環境モニタリング装置「アイファーム・クラウド」
計測に用いられるセンサーは、湿度に関しては乾湿球を用いており、補水に手間がかかるものの正確な値が得られた。炭酸ガス濃度センサーを用いる際に問題となる測定値のずれについても定期的な校正が行われており、安定した連続計測が行われた。
計測した数値は、インターネットを介して遠隔から確認することができる。また、過去の数値についてもクラウド上に保存されているため、適宜確認することが可能である。
○統合環境制御装置「ハウスナビアドバンス」
独立ではなく統合した制御により、温湿度管理や炭酸ガス施用、日射比例自動潅水を自動化できる。例えば、作物の生育促進を優先しつつ病害発生の抑制を行うなど、生産者が求める管理を自動で実現できることは、単収増加や省力化などの大きなメリットがある。
他方、制御に用いるパラメーターが多く、初期設定に時間がかかることや、温室内の環境が目標値に達しなかった際にどの数値が影響しているかが複雑で判別しにくいといった問題があった。本作では設定項目を少なくすることで、意図する栽培環境が実現できた。
●実証した作業体系について
炭酸ガス施用は、現在の環境制御技術の中心的な技術である。
空気中の炭酸ガスは光合成の原材料であるが、温室の換気率が減少する冬期には、外気からの供給がなくなり、慣行区で見られたように炭酸ガス濃度は外気以下の濃度に低下してしまう。このような環境下では炭酸ガス飢餓状態となり、光合成速度は10~20%低下すると言われている。実証する栽培体系では、炭酸ガス施用により冬期の光合成量を増加させることで、単収向上を実証した。
また、炭酸ガス施用を行う場合には、炭酸ガス濃度だけでなく、温度や潅水の管理を光合成の増加に伴って見直す必要があった。特に、潅水については炭酸ガスと同様に光合成の原料となるため、律速要因とならないように、過不足なく行うことが重要である。加えて、今回導入した統合環境制御装置には高湿度防止機能が備わっており、結露による病害発生が抑えられたことも増収の要因であったと考えられる。
前作の反省から設定項目を見直したことで、本作の収量は前作と比較して20%増加した。また、環境制御導入以前の収量実績と比較して45%の増加となり、目標とした収量20%向上を達成した。
今回の2カ年の調査の結果、環境制御技術の導入により145%の収量増加となった。
導入想定規模20aの増加収量にキロ単価280円をかけると、売上げ(粗収益)は約480万円向上する結果となった。
収量(単収の比較)
収量(玉数の比較)
増加する経費としては、実証する機器を導入想定規模20aの施設に導入した場合、設置工事費を含む減価償却費用は年間約53万円増加となる。また、炭酸ガス施用に使用する灯油の消費および管理温度の上昇による重油消費量の増加から、暖房費の増加分は年間約51万円増加となり、収穫作業に係る時間の増加から雇用労賃は約23万円増加する。さらに、出荷量の増加ともない販売諸経費が約168万円増加している。よって年間約295万円が経費として新たに発生する。
以上を差し引きすると、売上げ増加480万円-増加する経費295万円=185万円となり、環境制御機器導入により経営改善が図れることが示された。
燃料消費量
※販売単価は280円/kgで試算