提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


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全国農業システム化研究会|提案一覧


稲作

センシングデータに基づいた可変施肥が水稲の収量・品質へ及ぼす効果の確認(新潟県 令和5年度)

背景と目標

「背景」
 実証地域においては大区画ほ場整備が進行中で、今後は後継者不足に対応した効率的な作業体系及び農業経営が望まれる。しかし、当地域では、ほ場整備直後のほ場は田面の切り盛りによる地力差が大きく、1筆内での生育が不均一となり、栽培管理が非常に困難な状況である。特に、新たなブランド米である「新之助」は、整粒歩合や玄米タンパク質含有率の出荷基準をクリアする必要があるため、追肥には慎重にならざるを得ず、これが実証経営体における前年の低収量(445kg/10a)を招き、収益増加につながっていない。

「目標」
 センシングデータに基づいた可変施肥技術によってほ場内の生育差を縮小し、収量増加と出荷基準をクリアする高品質米の生産につなげ、収益向上を達成する。

対象場所

●新潟県新潟市

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 実証地域は新潟市中心部から南西約20kmの越後平野の穀倉地帯に位置する。かつては多数の河川、潟が存在した低湿地であったが、排水対策事業により乾田化が進み、現在は肥沃で生産力の高い水田が広がっている。粘土質の強い土壌が主体であることから、稲作を中心に一部ほ場では転作大豆が作付されている。
 通勤圏内に新潟市や燕市、三条市など雇用の場が豊富にあり、安定的に兼業稲作経営が営まれている。
 平成10年代からは、大区画ほ場整備が取り組まれ、現在も進行中である。整備後は従来の10a区画から1haを標準とした大区画ほ場となり、今後の担い手不足に対応した効率的な営農体系が可能となる。

実証した栽培体系

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前作(経営体慣行栽培)の結果概要および改善項目

 当実証は1年目であるが、前年作の結果と今年度の目標は下表のとおり。

表1 前年作の結果と今年度の目標
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 「新之助」としての出荷(流通)基準は、1等級(整粒歩合70%以上)、玄米タンパク含有率6.3%以下とされており、これが最低限の目標となる。加えて、収量向上と作業の効率化を目指して実証結果を検討する。

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前年成熟期のセンシング画像(R4.9.26のメッシュマップ)

耕種概要等

●各区の概要
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●圃場条件
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●主な栽培基準
(1)品種
    新之助
(2)作型
    移植栽培
(3)育苗
    種子消毒:3月25日
    浸種  :4月3日~13日
    播種  :4月16日
    播種量 :乾籾170g/箱
         無加温出芽

供試機械

側条施肥田植機(クボタ田植機 NW8S)
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・実証区の1haほ場では、ほ場進入から退出まで約2時間(12分/10a)、直進走行スピードは5.0km/h(作業理論値:5分/10aであった。対照区の側条施肥田植え作業と同等のスピードで、効率的に作業が実施できた。準備、後片づけを含め、1haほ場であれば2~3人で1日3ha程度の作業が可能である。
・可変施肥の精度は、計画比で実証区1は99.3%、実証区2は101.1%と非常に高く、計画どおりの基肥施用が可能である。

ドローン(センシング:P4M)
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・センシングで使用した当機種では、1フライトで10分/10a程度で撮影できた(事前に飛行ルートの設定が必要)。KSASへの画像の取り込みは0.5時間/10a程度、KSAS上での可変施肥マップの作成に1ほ場0.5~1時間要した。その後、作成した施肥計画データを施肥ドローンのプロポへ供給することでプログラミングした可変施肥が可能となる。
・ほ場区画によって変わるものの、当機種によるセンシングから可変施肥データの取り込みまでに要する時間は、実証した1ha区画では0.2~0.3時間/10aであった。KSASS及び当機種の操作に慣れれば、非常に簡易かつ短時間でできる作業である。
・センシング画像から施肥マップを作成する工程では、ほ場の特徴、作付品種の特性、施肥量のさじ加減が重要な情報であり、それらの知識を有する人物が携わる必要がある。

ドローン(可変穂肥施肥:T30K)
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・実証区では効率的な飛行経路で散布作業を行うこと、高濃度のドローン専用肥料を使用することで1haを2フライトで散布できることから、ほ場でのセッティングも含めた作業時間は1時間/ha程度であった。対照区は通常の化成肥料を使用したため、1haで4フライトを要し、追肥時間は実証区の約2倍かかった。
・可変追肥の散布精度は、1回目穂肥ではほ場外周の内縮1mの影響があり、実証区1で94.9%、実証区2で96.5%と計画比よりやや少なくなったものの、実用的には問題のない程度であった。2回目穂肥では散布内縮を両短辺側0.5mとし、実証区は99.9%、実証区2は101.6%と、非常に精度が高かった。以上の結果から、ドローンによる可変追肥の散布精度は高く、実用的な技術と評価できる。

結果の概要および考察

1.実証区1は、前年成熟期のセンシングデータによる側条可変基肥を施用し、計画比施用量99.3%の非常に高い散布精度であった。可変穂肥は直前のセンシングデータを用いたドローン散布を行い、1回目は散布作業時の内縮の影響で計画比施用量94.9%、2回目は99.9%で、実用上問題のない散布精度であった。

表2 可変施肥の精度 単位:計画量に対する施用率(%)・施用誤差量(窒素成分kg/10a)
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2.ほ場内の生育のばらつきは、実証区1では穂肥施用前に大きくなったが、可変穂肥によって縮小された。対照区1でも濃淡をつけた穂肥施用で成熟期に向けて縮小された。成熟期では実証区の方がばらつきはやや小さく、前年と比べて両区ともばらつきは縮小された。

表3 生育状況のばらつき(変動係数)
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※7/7、9/8、前年はNDVI、7/25、8/3、8/18はSRVIのほ場内変動係数で、数値の大きさがばらつきの大きさを表す。NDVIとSRVIの比較はできない

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3.収量、整粒歩合及び玄米タンパク質含有率は、両区の全箇所でいずれの目標値も達成でき、収量と玄米タンパク質含有率は、実証区1が対照区1よりも切土・盛土箇所の差が小さかった。また、切土・盛土箇所の平均値は、実証区1が対照区1よりも良い値であった。

表4 収量及び品質
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4.実証区1の作業時間は、穂肥に高濃度肥料を使用したことで短縮された。可変基肥を伴う側条施肥田植え時間は対照区1及び前年と同等であった。当技術に必要なセンシング及びデータ取り込み時間は10a当たり0.2時間未満とわずかであった。

5.実証区1での経営収支は、収量が大きく増加したことで、10a当たり対照区1とは9,591円、前年とは47,840円の増益となった。実証区では、基肥可変施肥機とセンシングドローンの導入による減価償却費の増加は、稼働面積の確保でわずか323円/10aであった。

表5 作業時間及び経営収支(10a当たり)
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6.対照区1でも、同等の収量・品質結果を確保できたが、生育及び結果のばらつき具合、作業効率、必要な作業者スキルには実証技術に優位性があり、導入コストもわずかであることから、当地域では実証技術の導入で収益向上に効果があると評価できる。

実証した作業体系について

1.収量・品質の高位安定化
・収益向上に向けた収量向上と品質・玄米タンパク質含有量の基準達成を目標に実証を行った結果、収量は目標を96kg/10a上回り、品質は1等級の整粒歩合基準である70%を2.7ポイント上回り、玄米タンパクは「新之助」出荷基準上限値より1.2ポイント下回った。(数値は実証区4箇所の平均値)

表6 収量調査
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表7 品質調査
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※:玄米タンパク質含有率は、水分15%で計算

・いずれの目標値も達成できたことから、収量・品質の向上に有効な技術と評価できる。今後も安定的に目標収量と高品質を確保するためには、生産上の最大のネックであるほ場内地力差の解消に向けた土づくり、毎年の生産データの蓄積による、より高精度な施肥設計が重要であり、盛土、切土とも指標値に近い推移となるような可変施肥の設定が求められる。当実証で見られた籾数過剰は、異常気象時には品質低下を助長するため、適正籾数に仕上げられる施肥設計の精度が必要である。

2.作業性(効率化・軽労化・省力化)
・当実証での作業時間は13.5時間/10aで対照区よりも0.7時間/10a短くなった。これは、追肥に使用した肥料の違いによる散布量の差から生じた時間であるため、対照区と同等の作業時間と評価される。

表8 作業時間
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作業時間の差が生じたのは追肥のみ(使用した肥料成分の違いによる補給回数の差)で、同等の作業時間と評価される。可変施肥に要したセンシングフライト及びデータ取り込み作業時間は10a当たり0.05時間であった


・当技術で生じる作業時間は可変施肥設計の検討時間、センシング時間及び画像取り込み時間である。施肥設計時間については、初年度はやや時間はかかるものの、2年目以降は前年をベースに検討すればよいため、短時間で済むと考えられる。センシングフライトと画像取り込み等に要する時間は、前述のとおり0.2~0.3時間/10aで、慣行作業で葉色測定や施肥量の検討を行っていることを考慮すれば、同等の時間と評価できる。
・作業の軽労化・省力化については、穂肥で高濃度肥料を使用することでフライト回数が削減され、炎天下の作業時間が短縮された。また、1ほ場内で施肥量に濃淡をつける場合を想定すると、可変施肥は事前の設定で、効率的な経路による短時間作業で済むが、当技術によらない手動散布や2工程散布では作業時間の増加となり、作業者の負担が大きくなる。

3.作業者のスキル
・前述のとおり、可変施肥の設定において様々な知識が必要とされるため、設定時には栽培知識を持った従事者が必要である。そのほかに必要なスキルはドローンとKSASの操作くらいであるため、当技術を導入するにあたって必要なスキルは、大きな問題にならない。

当該技術を導入した場合の経営的効果

1.収入
・実証区では10a当たり161,120円(前年比143%)、対照区は164,160円(前年比146%)と、両区とも前年と比べて大幅に増加した。実証区は対照区の98%で同等の結果となった。
・収入額の差は単収の差によるが、両区とも前作を踏まえた肥培管理の修正に加え、実証区は可変施肥技術の導入、対照区は管理者の判断による施肥量の濃淡によって、生育格差の縮小や切土箇所の底上げができた結果である。

2.生産コスト
・10a当たり費用合計額は、実証区で118,448円(前年比107%)、対照区で119,823円(前年比108%)と、両区とも前年と比べて増加した。
・主な増加費用は肥料費で、価格上昇と追肥(中間、穂肥)量の増加が要因である。
・実証区は対照区と比べ、10a当たり1,375円低くなったが、その差額は肥料費と労務費(労働時間)による。田植機の可変施肥機能とセンシングドローン導入に伴う実証区の減価償却費の増加は、10a当たり323円の増加にとどまった。これは導入額を稼働面積の確保で10a当たり費用を抑えたためで、試算では、田植機は作付面積の3分の1、ドローンは高いレベルでの高品質・良食味米の生産が求められている「コシヒカリ」と「新之助」の作付面積36.6haで稼働する想定とした。

表9 生産原価
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※対照区で肥料費と労賃が多くなったのは、追肥に用いた穂肥のN成分が低く、散布フライトが多くなったため


3.収益性を上げるための対応
・当技術の導入で経営全体の収益を上げるためには、前述のとおり「コシヒカリ」と「新之助」で当技術を導入して、目標収量と1等級を確実に確保すること、10a当たり収益性が高く、高温耐性品種である「新之助」の作付面積を、適期作業が可能な範囲(10~15ha)で需要に応じながら増加させることである。
・極早生品種から晩生品種までのバランスの良い作付け、直播栽培の導入で適期作業と春作業の省力化・分散化を図ることで、収益性の向上とともにリスク分散も図られる。作付面積80haを想定した作付体系案を下表に示す。

表9 収益性向上に向けた作付体系案(想定作付面積80ha)
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※田植え作業は4ha/日、収穫作業は2.5ha/日で、雨天率も考慮した作業日程

今後の課題と展望

○当技術は、稼働面積を確保することで導入コストが小さくなること、近年の温暖化では穂肥診断の重要性が増加していることから、普及性の高い技術と考えられる。特に、当実証地域のようなほ場内での地力差・生育差が見られる地域では、費用対効果の高い技術と評価できる。

○当技術は、機械的な視覚で細かいメッシュごとの生育状況を把握し、施肥に反映させる優れた技術である。しかし、すべての工程が機械による技術ではなく、一番重要な施肥量の設定は人間の知識、経験に頼る部分である。そのため、ここに携わる管理者が限定されてしまうことが普及性の制限要因となる。普及性をより広げるためには、施肥量のめやすとなるスタンダードが何種類か設定されていると、経験の浅い管理者でも対応できるのではないか。

○より広い普及性を考えると、穂肥可変施肥では、散布用ドローンにセンシング機能を付加したセンシング同時散布が望まれる。適量施肥の精度はやや劣ることが想定されるが、今後の経営面積の拡大に対応した技術としては、事前センシングを省いた簡易性の方が重要と考えられる。


●実証年度及び担当普及センター
(令和5年度 新潟県巻農業普及指導センター、新潟県農林水産部経営普及課)