提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ
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「背景」
担い手への農地集積が進んでいるが、集積した水田の地力差や圃場内の地力ムラが課題となっており、ブランド米品種「つや姫」の栽培において解決すべき課題となっている。
「目標」
KSASリモートセンシング及び食味・収量センサー付きコンバインによって把握した生育データ(令和3年)と、無人田植機による可変基肥施肥を組み合わせた収量及び品質・食味の高位安定化。
●山形県高畠町
山形県高畠町は県の南部、置賜盆地の東側に位置し、東部は奥羽山脈を境に宮城県、福島県に隣接し、北部は南陽市、上山市に、南部は米沢市に、西部は平坦地として開け、川西町に隣接している。
平坦地のほぼ中央には屋代川、和田川、砂川などの河川が西流し、西端を北流する鬼面川とともに、西側を北流する最上川に注いでいる。西部の平坦地は肥沃で、各河川流域一帯に水田地帯が広がっている。
盆地的特性のある気候で、夏と冬の寒暖差が大きく、特に冬は西からの季節風の影響で降雪が多く、積雪期間は100日に達する。年間降水量は1,283mm、年平均気温は11.2℃である
・収量・食味センサー付きコンバインから得られた収量・食味メッシュマップを基に可変施肥を行い、大規模経営体における収量及び食味の高位安定化の実証と経営評価を行った。
・実証区では、収量が「基肥全層施肥+穂肥」体系の慣行区より約50kg/10a上回り、玄米粗タンパク質含有率は慣行区とほぼ同等であった(表1)。
・損益計算書に基づき損益分岐点を試算したところ、可変施肥田植機及び収量・食味センサー付きコンバインを導入した実証区では損益分岐点の面積が12.1haとなり、これらの実証機械を使用しない慣行区に比べて小さくなり(図1)、実証機械導入時に係るコストを十分に回収可能と考えられた。
・令和5年も可変施肥の実証を継続してデータを積み重ね、本スマート農業技術の導入による経営改善効果を検証する。
表1 R4収量調査結果
図1 R4損益分岐点の試算(A:実証区、B:慣行区)
●区の概要
図2 実証区の可変施肥マップ(5mメッシュ)
注)令和5年はペレット鶏ふん(N 3%)を100kg/10a全層施肥した。前年(40kg/10a)に比べ、窒素成分で1.8kg/10a多いことから、利用率を概ね50%と仮定し、この分の窒素成分1kg/10aを減肥し、圃場全体の施用量は現物50kg/10a(窒素成分5kg/10a)となるよう階級値を補正
●圃場条件
●主な栽培基準
(1)品種 :つや姫
(2)作型 :移植栽培
(3)種子予措
①種子消毒:温湯浸法(60℃15分)
②浸種 :積算水温120℃
③出芽 :加温出芽
(4)育苗様式:露地プール育苗
(5)苗種 :稚苗(播種量:乾籾200g/箱)
可変施肥田植機8条植え:クボタNW8S-PF-GS
・可変施肥機能付き田植機で、施肥量の目標を現物量50kg/10aに設定し、可変施肥田植えを行った。
・実施した現物量は49.96kg/10aで、非常に高い施肥精度となり、前年と同様、有機肥料を用いても高い精度で可変施肥が可能であることが確認できた。
・移植時の欠株率は1.1~1.0%と低かった。燃料の使用量は実証区が0.55L/10a、慣行区が0.56L/10aで、側条施肥用の肥料が加重した影響は見られなかった。
移植状況
栽植密度
収量・食味メッシュマップセンサー付きコンバイン6条刈:クボタDR6130S-PFQW2-C
・コンバインの燃料使用量は実証区が2.93L/10a、慣行区が2.95L/10aで、実証区と慣行区で差は見られなかった。
・栽培管理や収量、玄米粗タンパク質含有率の評価は、圃場単位または収穫したロット単位での把握が通例だが、収量や玄米粗タンパク質含有率をメッシュマップ単位で分析し、生育に及ぼした要因を細やかに解析することで、多くの圃場を管理する大規模経営体であっても、圃場間や圃場内の生育差を小さくし、収量及び品質を高位平準化することが可能と考えられた。
・山形県では、衛星リモートセンシングとWebGISを組み合わせた「つや姫」の生育管理技術が活用されている。この技術とドローンで撮影したNDVIデータを併用すれば、より精密な生育診断や生育量の把握が可能となり、収量・品質の安定化が期待できる。
1.生育について
・田植え後の5月中旬以降、曇天で風の強い日が多く、低温と日照不足の影響で分げつが抑制され、茎数が指標値と比較して少なく推移した。
・6月10日から20日にかけて、水深は5~8cmとやや深い水管理となったが、実証区では茎数の増加割合が慣行区よりも高く、生育の回復が早まった。生育の均一性も高く、7月4日計測のNDVI値は実証区が慣行区を上回り、かつ、圃場内の生育差は小さかった。実証区は、全層施肥の慣行区よりも肥料の利用効率が高く、茎数を確保しやすい状況であったと考えられた。また、実証区は可変施肥を行ったことで圃場内の生育差が小さく、均一な生育になったと考えられた。一方、慣行区は、実証区と比較して分げつの発生が遅れ、最高分げつ期の茎数が少なく、圃場内の生育量のバラつきが大きかった。圃場内の地力差や窒素吸収量の違いが生育に影響したと考えられた。なお、実証区と慣行区の生育の違いは前年と同様の傾向であった。
図3 調査圃場のNDVI値(7月4日撮影)
・7月22日の梅雨明け以降から9月までは高温・多照で経過したため、出穂は前年より4日程度早まり、登熟も急激に進んで、前年より13日程度早く成熟期を迎えた。実証区と慣行区で、登熟進度や成熟期に大きな違いは見られなかった。
2.収量について
・実収量は、実証区が600kg/10a、慣行区が555kg/10aで、実証区が慣行区を45kg/10a上回った。登熟期間は高温・多照で推移したため、登熟は良好で精玄米粒数歩合(精玄米粒数/全籾数)は高く、くず米は少なかった。
・実証区では穂数が363本/㎡と指標値(410本/㎡)より低かったものの、1穂籾数が86.6粒と指標値(75.0粒)より多くなり、総籾数は314百粒/㎡と指標値並み(310百粒/㎡)となった。一方、慣行区では穂数が265本/㎡とかなり少なく、1穂籾数は105粒となり、総籾数は278百粒/㎡で指標値の9割と少なかった。慣行区では初期茎数確保の遅れが穂数不足、籾数不足につながり、収量が低下したと考えられた。
・収量・食味センサー付きコンバインの推定収量は、実証区が521kg/10a、慣行区が517kg/10aとなり、実収量との差がみられた。収量コンバインの精玄米粒数歩合デフォルト値である75%を実測値に置き換えたところ、実証区が612kg/10a、慣行区が599kg/10aであった。
図4 収量メッシュマップデータ(10mメッシュ)、実証区(左)と慣行区(右)
注)図中の数字は収量調査地点を示す
表2 収量及び収量構成要素
注)表中のカッコ内数値は、精玄米粒数歩合を機械のデフォルト値75%から実測値に置き換えた場合の収量
・実証区の10mメッシュ毎の収量の標準偏差は慣行区より小さく、前年より標準偏差が小さくなった(図5)。可変施肥等を行うことで収量の圃場内の差を減らしつつ、収量を高めていくことが可能と考えられた。
図5 10mメッシュの推定収量の年次推移
注1)収量・食味センサー付きコンバインによる測定値を示す。
注2)グラフ中の数字は各区の推定収量、カッコ内の数字は10mメッシュ(各区55地点)の標準偏差を示す。
注3)箱中の横線が中央値、箱の下端が第一四分位(25%)、箱の上端が第三四分位 (75%)、ひげの両端が箱の長さの1.5倍内にある最大値及び最小値。ひげの外の丸は、はずれ値を示す
3.外観品質等について
・令和5年は出穂後の8、9月の記録的な高温の影響で品質が低下した。山形県の令和6年3月末現在のうるち米の一等米比率は43.2%であり、「つや姫」は51.1%と平成22年のデビュー以来最も低くなった。そのような中、実証区、慣行区とも農産物検査において1等に格付けされた。
・実証区と慣行区で品質に差はほとんど見られず、いずれの区でも、整粒以外の玄米は充実度不足の未熟粒が大部分であった。令和5年は登熟期間の高温多照の影響で粒厚が増し、例年であればふるい下に落ちるような未熟粒が網上に残り整粒歩合が低下したと考えられる。
4.玄米粗タンパク質含有率について
・令和5年は登熟期間の高温の影響で、千粒重がやや小さく、玄米粗タンパク質含有率がやや高い傾向にあった。そのような中、実証区の玄米粗タンパク質含有率は、6.6%(乾物換算、目標6.5%)、慣行区は6.7%となり、実証区では前年より低下した。
図6 玄米粗タンパク質含有率メッシュマップデータ(10mメッシュ)
実証区(左)と慣行区(右)
・実証区の10mメッシュごとの玄米粗タンパク質含有率の標準偏差は、可変施肥1年目は慣行区とほぼ同等、2年目は慣行区よりやや大きくなった (図7)。
図7 10mメッシュの玄米粗タンパク質含有率の年次推移
注1)収量・食味センサー付きコンバインによる測定値を示す
注2)グラフ中の数字は各区の玄米粗タンパク質含有率、カッコ内の数字は10mメッシュ(各55地点)の標準偏差を示す
注3)箱中の横線が中央値、箱の下端が第一四分位(25%)、箱の上端が第三四分位(75%)、ひげの両端が箱の長さの1.5倍内にある最大値及び最小値。ひげの外の丸は、はずれ値を示す
5.まとめ
・実証区において目標収量を達成し、玄米粗タンパク質含有率の目標も概ね達成することができた。
・実証区の収量は慣行区を上回り、品質についても高い水準で維持することができた。
・今後も、収量・食味センサー付きコンバインのメッシュデータをもとに可変施肥技術を実施していくことで、目標の玄米粗タンパク質含有率に近づけながら、安定した収量と高品質を確保し、平準化できると考えられた。
○今回実証した収量・食味メッシュマップに基づく可変施肥、NDVI値等、データを効果的に活用することで、収量と食味の安定化、高品質化を図ることができる。
○圃場ごとにきめ細やかな管理が困難になりやすい大規模経営体においては特に有効であると考えられた。
○さらに費用対効果を高めるためには、得られた精密なデータを解析して栽培管理や作業効率改善につなげることが必要である。
○単年で圃場間や圃場内の生育差を改善することは難しく、中長期的な視点で各年のデータを評価し、施肥や管理の改善に取組む必要がある。
○今回の実証では、収量の増加により生産物収入が向上した。
○作業全体における労働時間が少なくなり、人件費等の削減により、10a当たりの事業利益は、実証区で慣行区と比較して約20,700円高くなった。
表3 損益計算書
○損益計算書に基づき、損益分岐点を試算した。可変施肥田植機及び収量・食味メッシュマップセンサー付きコンバインを導入した実証区では、損益分岐点の面積が10.0haとなり、これらの実証機械を使用しない慣行区では11.7haとなった。実証機械は高価格であるため導入時の費用負担が大きいが、収量の増加や人件費削減の効果によって慣行区と比較して損益分岐点の面積が小さくなり、実証機械導入時に係るコストは十分に回収可能と考えられた。
図8 損益分岐点の試算 (A:実証区、B:慣行区)
○収量メッシュデータにおいて、メッシュ間の収量差を圃場内における地力差に置き換えて評価が可能である。肥培管理に分析結果を反映することで、目標の収量及び品質への改善が期待でき、特に、食味を重視したプレミアム米生産の取組み等による有利販売につなげることが可能になると考えられる。
○収量・食味メッシュマップやNDVI値等のデータを効果的に活用することで、収量の安定化、高品質化を図ることができる。圃場ごとのきめ細やかな管理が困難になりやすい大規模経営体においては、とくに有効であると考えられる。
○さらに費用対効果を高めるためには、得られた精密なデータを解析して栽培管理や作業効率改善につなげることが必要である。
○単年で圃場間や圃場内の生育差を改善することは難しく、中長期的な視点で各年のデータを評価し、施肥や管理の改善に取組む必要がある。
実証年度及び担当指導普及センター
(令和5年度 山形県置賜総合支庁産業経済部農業技術普及課、山形県農林水産部農業技術環境課)