提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


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全国農業システム化研究会|提案一覧


IPM

おうとうの加温栽培における天敵製剤導入実証(山形県村山市 令和6年度報告)

背景と取組みのねらい

 村山市のおうとう栽培では、労力分散や収益の確保を目的に、加温ハウスによる促成栽培を行っており、3月上旬から露地栽培の収穫が始まる6月上旬までの出荷が行われている(栽培面積:約3ha)。
 加温促成栽培を行っている経営体では、露地・雨よけおうとうの収穫・出荷と他樹種の作業との競合により、収穫後の薬剤防除が適期に行われず、ハダニ類による早期落葉が見られ、花芽の充実不良の一因となっている。
 そこで、ハダニ類に対する薬剤散布労力を軽減して健全な樹体を維持するため、天敵製剤(スパイカルプラス)を組み合わせた防除体系の実証を行った。

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地域の概要

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 北村山地域は、山形県の北東部に位置する4市町からなり、村山市では、果樹や水稲を組み合わせた複合経営が中心となっている。また、おうとうやりんご、もも、西洋なしなど、様々な果樹が栽培されており、その中でも生産が盛んなおうとうの栽培面積は約150haである。

実証ほの概要

1.実証圃の概要

表1 園地概要(令和3~6年共通)
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図1 園地概要

表2 栽培概要(令和3~6年)
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2.供試資材

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ミヤコカブリダニ製剤「スパイカルプラス」 ※パック製剤

・4月上中旬に実証区において製剤を設置した(表3)
・製剤は、目通りの高さに、1樹当たり5~7パック(190パック/10a)設置した。
・令和5年の調査では、4月7日の天敵製剤設置時に、3樹の幹回りの下草にナミハダニが見られたため、パックを破り、ミヤコカブリダニを幹の根元部分に放飼した(メーカー非推奨)。放飼数は、樹当たり1パックとした。
・令和5年の調査では、天敵製剤設置後、スポット的にハダニの発生が見られた樹があったため、発生の少ない樹から多い樹にスパイカルプラスを移設した。

表3 各年の天敵製剤設置日
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調査内容および方法

1.ハウス内温湿度推移(令和6年のみ)
・おんどとりJr.(TR43A)で測定

2.カブリダニ類、ハダニ類の発生推移(令和3~6年)
・調査規模:各区3樹、1樹当たり20葉(新梢中位葉10枚、徒長枝中位葉10枚)
・調査項目:カブリダニ類数、ハダニ類数
・調査期間:4月上旬から8月下旬まで2~3週間間隔で頭数を調査した。

3.カブリダニ類の種の同定(令和4~6年)
・実証区の葉上で確認されたカブリダニ類をサンプリングし、県病害虫防除所において種の同定を行った。

調査結果

1.ハダニ類、カブリダニ類の発生推移
(1)ハダニ類の発生状況
 ハダニ類の初確認は実証区で5月22日(0.02頭/葉)、慣行区では4月25日(0.03頭/葉)であった。
 実証区では、初確認後緩やかにハダニ類の発生頭数が増加し、6月27日に3.5頭/葉と最大になった。その後、7月1日に殺ダニ剤散布を行った後はハダニ類の発生はほとんどなく、調査終了まで1葉当たり0.1頭以下で推移した。
 慣行区では、5月中旬からボイラー付近の樹でハダニ類の発生が増加した。調査樹では、6月に入り発生頭数が急増し、6月17日に16.8頭/葉と最大になった。ハダニ類による葉のかすり症状や脱色、糸を張った状況が増加したことから、6月15日に殺ダニ剤を散布した。散布後は発生頭数が減少し、7月29日には発生が見られなかった。
 ハダニ類の発生は天敵製剤を放飼した実証区において、発生開始時期と発生ピークが遅く、調査期間を通して発生頭数も大幅に少なかった。また、殺ダニ剤の散布は慣行区よりも16日遅く、露地おうとう収穫後まで散布時期を遅らせることができた。

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図2 実証区及び慣行区におけるハダニ類の発生推移(令和6年)


(2)カブリダニ類の発生状況
 実証区におけるカブリダニ類の発生は調査を開始した4月12日(0.02頭/葉)から確認され、ハダニ類の発生が確認された5月中旬から徐々に増加し、6月17日に0.8頭/葉と最大になった。その後、ハダニ類の発生を抑制できず、カブリダニ類の発生頭数も減少したことから、7月1日に殺ダニ剤を散布した。以降は8月29日の調査終了までカブリダニ類の発生は確認されたが、頭数は減少し、概ね0.1頭/葉程度であった。
 慣行区では、5月2日(0.03頭/葉)、6月27日(0.1頭/葉)、7月8日(0.03頭/葉)、7月19日(0.07頭/葉)、7月29日(0.08頭/葉)に発生が確認されたが、調査期間を通して頭数は少なかった。

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図3 実証区及び慣行区におけるカブリダニ類の発生推移(令和6年)


(3)実証区におけるカブリダニ類の種構成
 調査期間中に、7回計121頭のカブリダニ類の種の同定を行った。
 構成割合が最も多いのはニセラーゴカブリダニで66.1%を占めた。製剤由来と思われるミヤコカブリダニは5月22日に1頭、6月17日に2頭確認され、全体の2.5%を占めた。

表4 実証区の葉上で捕獲したカブリダニ類の同定結果(令和6年)
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(4)防除費の試算
 殺ダニ剤散布回数は実証区・慣行区ともに1回であった。
 防除に係る総経費は、実証区で64,967円、慣行区で25,456円となり、実証区が39,511円上回り、約2.5倍となった。
 実証区の経費が増加した要因は、天敵製剤使用に係る経費によるもので、天敵製剤利用を除いた化学防除の経費は、実証区で22,062円、慣行区で25,456円と慣行区が3,394円上回り、実証区は慣行区の約0.8倍であった。

表5 防除経費の試算(令和6年)
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2.年次変動比較
(1)ハダニ類及びカブリダニ類の発生推移の比較
○ハダニ類の発生推移の比較
 実証区では慣行区に比べ、いずれの年もハダニ類の発生量の減少または発生時期の遅延が確認された(ハダニ類の発生量減少(令和3、5、6年)、ハダニ類の発生時期の遅延(令和4、6年))。これにより、実証区における殺ダニ剤散布時期は、令和3年が6月12日、令和4年が7月15日、令和5年が7月20日、令和6年が7月1日と、実証2年目(令和4年)以降は慣行区よりも遅らせることができ、概ね露地おうとうの収穫が終了する7月上旬以降まで、散布時期を延ばすことが可能であった。

○カブリダニ類の発生推移の比較
 カブリダニ類の発生開始は、令和4年は5月中旬と遅かったが、令和4年以外の年は4月上中旬から確認され、ハダニ類よりも早いペースで増加した。発生盛期は、令和3年が6月7日(0.8頭/葉)、令和4年が6月13日(0.9頭/葉)、令和5年が6月28日(2頭/葉)、令和6年が6月17日(0.8頭/葉)と頭数は年次変動があるものの、4か年を通して概ね6月上中旬頃(天敵放飼約2か月後)がピークとなっていた。

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図4 令和3、4、5、6年におけるハダニ類の発生推移

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図5 4か年のカブリダニ類の発生推移

2.実証区におけるカブリダニ類の種の年次変動
 令和4~6年の3か年、実証区の葉上で捕獲したカブリダニ類の種を同定したところ、令和5年と令和6年の2年連続で天敵製剤由来と思われるミヤコカブリダニが確認された。構成割合は、令和5年が21.0%(30頭)、令和6年が2.5%(3頭)であった。
 ミヤコカブリダニの捕獲時期は、令和5年が5月中旬から6月上旬にかけて、令和6年が5月中旬から6月中旬にかけてであった。
 カブリダニ類の種の構成割合は、令和5年と令和6年は共通してニセラーゴカブリダニが最も多く、令和5年は53.1%(76頭)、令和6年は66.1%(80頭)であった。令和4年はミヤコカブリダニ、ニセラーゴカブリダニともに確認されず、フツウカブリダニが86.7%(13頭)と最も多かった

表6 実証区の葉上で捕獲したカブリダニ類の同定結果(令和5年)
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表7 実証区の葉上で捕獲したカブリダニ類の同定結果(令和4年)
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実証農家の意見

・昨年に引き続き、実証の効果が実感でき、満足している。
・設置等の労力がかからないため、資材の経費が安く抑えられれば、導入を検討したい。
・当技術を用いる上では、農薬使用に制限がかかるため、防除薬剤の選択が難しいと感じる。

結果考察及び今後の課題

1.結果の考察
 令和6年の試験では、慣行区と比較してハダニ類の初発は27日、発生盛期は10日遅く、発生量も少ないことから、天敵製剤の利用によりハダニ類発生の遅延・抑制効果が確認された。さらに、実証2年目(令和4年)以降は、殺ダニ剤散布を慣行区よりも遅らせることができ、概ね露地おうとうの収穫が終了する7月上旬以降まで散布時期を延ばすことができた。①ミヤコカブリダニが樹上で確認できたこと、②実証初期から土着のカブリダニ類がみられていたことが要因と考えられる。
 また、天敵製剤由来のミヤコカブリダニが2年連続で圃場に定着できた理由としては、①連年天敵に影響の少ない農薬を散布することで天敵が安定的に生息できる環境づくりができたこと、②殺虫剤使用回数が地域の慣行と比較して大幅に少なかったことが影響していると考えられた。

2.今後の課題
・加温おうとう栽培において、天敵を定着させ、露地おうとうの収穫終了までハダニ類の防除を遅らせるには、天敵製剤の導入および天敵に影響の少ない薬剤を使用するなどして、数年に渡って天敵が住みやすい環境を整備することが重要である。
・生産者に対して、天敵に影響が少ない薬剤と防除適期の提案ができれば、本技術の導入は可能と考えられる。
・技術導入推進にあたっては、製剤価格が高いことが支障になると考えられる。
・今後は、製剤由来のミヤコカブリダニの定着率を上げるために、設置場所や時期を工夫することで、さらにハダニ類の発生の抑制につながる可能性がある。

提案するIPM防除体系

 土着天敵を有効利用するために、有機リン系や合成ピレスロイド等の天敵に影響が大きい薬剤の使用回数を削減することや下草管理方法などの環境に優しい総合的な防除体系の導入も推進したい。


(令和6年度 山形県村山総合支庁産業経済部北村山農業技術普及課、農林水産部農業技術環境課)