提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ
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山形市のおうとう加温栽培における収穫・出荷期間は、4月上旬から露地栽培の出荷開始前の6月初旬頃までで、その後、引き続き露地・雨よけ栽培の収穫・出荷となる。このため、加温ハウス内の収穫後防除が遅れてしまう傾向があり、夏期の高温乾燥が続く年には、ハダニ類の多発による早期落葉が散見されている。早期落葉は、翌年の花芽の充実不良や樹勢の低下を引き起こし、結実や果実品質の低下に繋がるため、産地の課題となっている。近年、特に令和3年は、7月中下旬の高温の影響によりハダニ類が多発し、8月下旬には早期落葉が発生した園地が例年よりも多くみられた。
そこで、当農業技術普及課では、山形市内の園地において、加温ハウス内でのハダニ類対策による早期落葉防止を目的とし、天敵利用によるハダニ類対策を検討することとした。
東南村山地域は、山形県の東部に位置する3市2町からなり、県都である山形市では、果樹や水稲を組み合わせた複合経営が盛んに行われている。山形市では、おうとうやもも、ぶどうなど様々な樹種が栽培されており、中でもおうとうの栽培面積は約150haに達している。おうとうの大部分が露地・雨よけ栽培であるが、労力分散や収益の増大を目的とし、加温ハウスによる促成栽培を行っている生産者もいる。加温栽培と露地栽培を組み合わせることにより、4月上旬から7月中旬頃までの長期出荷が可能となっている。
●令和3年(実証前)
・7月20日からの高温により、ハダニ類が爆発的に増加し、8月下旬には、ほとんどの葉が落葉していた(特にIPM実証区に用いたハウスで被害甚)。
●令和4年
・4月14日に目通り及び3mの高さにミヤコカブリダニ製剤「スパイカルプラス」を設置。
・その後リセット防除のため6月20日に再設置したがハダニ類を抑えるのは困難だった。
・褐色せん孔病による早期落葉が多かった。
●令和5年
・4月7日(満開1か月後頃)に「スパイカルプラス」を目通りの高さのみに設置。
・ハダニ類が多発し、カブリダニ類が少なかったため、7月11日に「スパイカルEX」
(ボトル製剤)を防水袋に入れ、幹元及び目通りの高さに設置。
・天敵放飼後に、ミヤコカブリダニにやや影響のある薬剤を使用してしまった。
・前年の褐色せん孔病の多発の影響で、被害葉が多かった。
1.試験区および耕種概要
・供試資材:ミヤコカブリダニ製剤「スパイカルプラス」 ※パック製剤
・設置量:10a当たり200パック
・天敵放飼日および設置方法:4月12日(満開1か月後頃)に、目通りの高さに設置
2.調査内容および方法
(1)ハウス内の温湿度推移:おんどとりJr.(TR43A)にて測定
(2)カブリダニ類、ハダニ類の発生推移
・調査規模:各区3樹、1樹当たり20葉(目通りの高さ、新梢葉10枚・徒長枝葉10枚)
・調査項目:カブリダニ類、ハダニ類個体数
・調査間隔:天敵放飼日(4月12日)から9月30日にかけて、概ね10日間隔
(1)気象経過(ハウス内の温湿度推移、降水量)
被覆を除去するまでのハウス内の環境は、IPM実証区は対照区に比べて気温は高めに推移し、被覆除去後も同様の傾向となった。また、令和6年は、7月下旬から8月にかけて高温が続き、気温は高く推移した。7月と9月にまとまった降雨の日が数回あった(データ省略)。
(2)カブリダニ類、ハダニ類の発生推移(図1)
●IPM実証区
・天敵(ミヤコカブリダニ製剤「スパイカルプラス」)を放飼した4月12日は、ハダニ類は確認されなかった。
・放飼49日後の5月31日に、0.5頭/葉のハダニ類、0.03頭/葉のカブリダニ類が初確認された。
・その後ハダニ類は増加し、6月19日には9.82頭/葉となりピークであった。このときカブリダニ類は0.33頭/葉で、こちらもピークであった(放飼68日後)。
・ハダニ類は7月23日まで連続して確認され、7月11日は2.73頭/葉と増えたが、7月23日以後は8月20日に0.02頭/葉確認されたのみで、そのほかでは確認されなかった。
・8月以降の観察で、ハダニ類による葉のかすり症状や黄化がみられたが軽微であった。
●対照区
・6月11日に0.2頭/葉のハダニ類が初確認され、8月9日まで連続して確認された。7月23日の1.02頭/葉がピークであった。
・カブリダニ類は、7月11日に初確認で0.13頭/葉であった。その後は少ないながら8月20日と9月9日以外は9月30日まで確認された。
・8月以降の観察で、ハダニ類による葉のかすり症状や黄化は、わずかにみられたのみであった。
図1 ハダニ類、カブリダニ類の発生推移
●カブリダニ類の種構成(表1)
・ハダニ類、カブリダニ類の発生状況調査時に、各区の葉上で捕獲したカブリダニ類の種構成を確認した(適宜抽出して採取した個体を同定)。IPM実証区では、5月31日に放飼したミヤコカブリダニが確認された。その他ニセラーゴカブリダニとトウヨウカブリダニが確認されたが、期間をとおしてニセラーゴカブリダニの割合が高かった。対照区では、ニセラーゴカブリダニとケナガカブリダニが確認された。
表1 葉上で捕獲したカブリダニ類の種構成(山形県病害虫防除所調査)
写真1 園地の様子(9月9日撮影) 実証区(左)と対照区(右)
(3)防除経費の試算(表2、表3、表4)
・令和6年の殺ダニ剤の散布回数は、IPM実証区が2回、対照区が3回であった。
・令和6の総経費は、IPM実証区で113,650円、対照区で71,829円と試算され、天敵導入費用(資材費及び設置労賃)が掛かり増したことから、IPM実証区の総経費が41,821円上回った。
・令和4年、5年についても、天敵導入費用の掛かり増しにより、IPM実証区の総経費が対照区を上回った。
表2 令和6年の防除経費の試算
表3 令和5年の防除経費の試算
表4 令和4年の防除経費の試算
●天敵製剤の効果でハダニ類の発生が年々少なくなっており、導入する価値はあると思う。剤の費用が1~2万円程度なら継続して使っていきたい。
●加温栽培は樹体への負担が大きいため、樹体維持のためにも葉を健全に保つことが必要。ハダニ類の被害に困っている生産者が多い中、経費が高くなければ、他の生産者にも勧めたい。
●露地・雨よけ栽培の収穫期頃のハウスの殺ダニ剤散布を後ろの時期にずらすことができたので、天敵製剤利用の効果があったと思う。
●今回試験に用いた天敵製剤(スパイカルプラス)は、軽くて扱いやすい資材だが、枝に引っ掛けるだけでは防除の風圧で落ちてしまうため、ホチキス留めをする必要があり、多少手間が掛かった。
●満開1か月後に天敵を放飼した後、5月31日に、放飼したミヤコカブリダニを含めてカブリダニ類の発生がみられた。
●実証区、対照区ともに、4月の殺ダニ剤の散布によりハダニ類の発生の立ち上がりが低く抑えられ、6月の殺ダニ剤の散布の効果や、7月にまとまった降雨があったことなどから、7月以降のハダニ類は少なかった。
●実証区では、5月27日と6月24日にチウラム水和剤、5月7日にジノテフラン水溶剤を散布した。これらがその後の天敵製剤の効果(カブリダニ類の増殖)に影響した可能性が考えられるとのメーカーからの指摘もあり、天敵製剤への影響を考慮した薬剤散布を検討する必要がある。
●褐色せん孔病は、効果的な薬剤防除により、実証区・対照区とも発生が少なかった。
○ハダニ類は薬剤抵抗性を獲得しやすく、殺ダニ剤のみで増殖を抑えることは困難。天敵製剤の導入や天敵に影響の少ない薬剤の選択によって、土着天敵をうまく活用することにより、総合的なハダニ防除体系の確立が必要と考える。
○天敵製剤に対する農薬の影響を検索できるサイトやアプリがあると、防除体系が作りやすいと考えられる。メーカーには、このような情報発信を望む。
●令和4年は1回目の天敵製剤の設置後にリセット防除が行われたため、再放飼した6月20日が実質的な天敵放飼日となったが、放飼日にすでにハダニ類が発生しており、増殖を抑えるのが困難であった。そこで、令和5年はハダニ類が発生する前の満開1か月後に天敵製剤を設置した結果、ハダニ類が初確認された時期が対照区よりも遅れ、天敵製剤の効果が現れたものと考えらえた。しかしながら、その後の防除で天敵に影響のある剤を使用したため、効果が抑制された。令和6年も令和5年同様、これらを改善していくことでハダニ類の発生を抑制できたものの、令和5年同様に、殺菌剤が天敵に影響した可能性があった。
●露地・雨よけ栽培の収穫期の作業競合については、IPM実証区では、令和6年には殺ダニ剤散布を後ろにずらすことができ、回数も減らすことができたので、作業分散の効果があったと考えられた。
●天敵製剤を3年間継続して使用し、ハダニ類の発生数が年々減少したため、継続使用の効果があったと考えられた。
●ハダニ類とともに、早期落葉の原因となる褐色せん孔病については、令和4年、令和5年ともに発生が多く、生育前半の防除を強化する必要があると考えられた。そのため、令和6年は収穫期直後から防除対策を強化した結果、褐色せん孔病の発生は少なかった。一方、使用薬剤が天敵にやや影響があるため、使用時期を検討する課題が残った。
●防除経費の面では、天敵製剤の経費分が対照区経費にそのまま上乗せされていることから、実際の使用については、天敵製剤の使用に伴う防除薬剤の使用回数の削減(防除費用の削減)の検討が必要と考えられる。
表5 防除経費の試算(3年間の比較)
※10a当たりで試算、R5は天敵製剤を2回設置
(令和6年度 山形県村山総合支庁産業経済部農業技術普及課、農林水産部農業技術環境課)