提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ
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静岡県東部地域のイチゴ産地では平成18年頃からIPMの取り組みが始まり、現在では本圃のハダニ類防除において、天敵の利用が一般的な方法となっている。しかし、育苗期間の防除過程で生じるハダニ類の薬剤感受性の低下や、ハダニ類を育苗圃から本圃への持ち込みが主な要因となり、ハダニ類が本圃において有害密度まで増殖し、天敵を利用したIPM防除が機能不全に陥る場合がしばしば見受けられるのが現状である。そのため、育苗から本圃栽培まで一貫したIPM防除体系の確立、特に化学農薬に頼らない育苗期のハダニ類防除体系の確立が望まれている。
本実証調査では、天敵昆虫薬剤の製剤形態ごとの防除効果を実証し、育苗圃のハダニ類防除として、天敵の利用を中心に物理的防除、化学的防除を適切に組み合わせたIPM防除体系の確立を行う。
静岡県東部地域では、各地域の地理特性を活かした農業が展開されており、北部の準高冷地では水稲、西部の山間地では茶、伊豆半島東西の沿岸部では柑橘類、天城山系や富士山の豊富な水を利用したワサビ、丹那盆地の酪農、箱根山西麓の傾斜地を利用した露地野菜など非常に多岐にわたる農産物が作られている。
試験地は狩野川流域に広がる田方平野の北部に位置しており、この田方平野では果菜類の施設栽培が盛んに行われている。JA伊豆の国、JA三島函南の2農協にまたがってイチゴ産地が形成されており、両JA合わせ、栽培面積約35ha、栽培農家戸数約180 戸と県内でも有数の大きさである。実証圃を設置した函南町のあるJA三島函南は、イチゴの栽培面積4.2ha、栽培農家戸数26戸と生産規模は小さいながらも、県内でいち早く天敵を利用したハダニ類の防除に取り組んだ実績があり、県内他産地のイチゴにおけるIPM防除体系導入の契機となった地域でもある。
(1)供試品種
イチゴ「紅ほっぺ」
(2)試験場所
静岡県田方郡函南町塚本
(3)試験圃
試験区 225㎡雨除け単棟ハウス2棟
対照区 270㎡雨除け単棟ハウス1棟(試験区から約300m南に位置する別生産者の圃場)
(4)試験構成
(5)栽培概要
(6)圃場見取り図
育苗ハウス内への放飼。パック製剤区(左)とボトル製剤区(右)
(1)調査期間
平成30年4月4日~平成30年9月14日
(2)調査方法
・試験区につき親株、一次ランナー苗、二次ランナー苗を各50株ずつ調査対象とする。
・2週間に1回、1株あたり小葉3枚(展開葉1枚)に生息するハダニ類、天敵ダニを観察する。
・親株は育苗圃から撤去するまでの調査とする。
・ランナー苗はポット受け以降からの調査とする。
(3)調査項目
・ハダニ類個体数
・ミヤコカブリダニ個体数
・散布薬剤
(1) パック製剤区とボトル製剤区は、放飼時の3小葉あたりのハダニ類個体数が極めて少なかった。また両区とも育苗期間を通じてハダニ類の発生を極めて少なく抑えた。対照区は、実証調査開始時から7月下旬までハダニ類の発生が見られたが、8月以降はハダニ類の発生が極めて少なかった(図1)。
(2)4月27日にミヤコカブリダニを放飼したところ、ボトル製剤区は放飼直後から7月上旬まで、パック製剤区では放飼から約1カ月後の5月下旬から6月下旬まで葉上で観察された(図2)。
(3) パック製剤区、ボトル製剤区は殺ダニ剤、気門封鎖剤の散布回数は3回、対照区では11回であった(データ省略)。
(4)10aあたりの害虫防除のための資材費は、パック製剤区とボトル製剤区は殺虫剤が19,031円、天敵が22,033円の合計41,064円、対照区では殺虫剤のみの67,051円で、パック製剤区とボトル製剤区の方が対照区より安価であった。10aあたりの防除総経費は、パック製剤区とボトル製剤区は250,929円で、対照区は184,342円で、パック製剤区とボトル製剤区の方が対照区より高価であった。
表1 防除に係る費用
(1)天敵放飼を行った4月27日に、パック製剤区とボトル製剤区は3小葉あたりのハダニ類個体数が極めて少なく、ゼロ放飼の状態になっていた。また、パック製剤区とボトル製剤区ともに調査期間を通じて対照区以上にハダニ類の発生を抑えており、慣行以上の防除効果が得られた。
(2)パック製剤とボトル製剤は製剤形態や特性が異なるため、放飼後の3小葉あたりのミヤコカブリダニ個体数に違いが生じると考えられている。そのため徐放性であるパック製剤を用いたパック製剤区の方がボトル製剤区より葉上でのミヤコカブリダニの観察が約1カ月遅かった。この遅れに起因してハダニ類の防除効果にも影響が生じると思われたが、今回の実証調査では影響は見受けられず、製剤形態による防除効果は同等であった。
(4)パック製剤区とボトル製剤区の殺ダニ剤散布回数は対照区より8回少ないが、殺菌剤は従来通りの回数散布しているため、全体の防除回数は削減されていない。そのため天敵を利用することによる農薬散布の労力削減効果は少ないと考えられる。
(3)ミヤコカブリダニが観察されるのは7月上旬までであり、親株撤去と共に観察が難しくなる傾向にある。しかし、7月上旬以降もハダニ類の増加は見られないこと、9月の調査で一次苗からミヤコカブリダニが観察されたことから、ハダニ類への防除効果が維持される程度の個体密度で圃場内にミヤコカブリダニが定着していると推測される。
(5) 防除総経費は実証区(パック製剤区とボトル製剤区)が対照区より66,000円程度高い結果となった。しかし、実証区で用いたIPM資材(防草ネット、赤色ネット、循環扇)は天敵利用の有無に係わらず導入している農家も多く、一般的な資材費とも考えられること、農薬散布1回あたりの労賃は実証区が2,396円に対し、対照区が2,234円と同等であり、10aあたりの労賃の差は散布回数の違いによるものであることから、この2点の費用差は考慮する必要がないと考える。
そのため、育苗期間に天敵を利用したハダニ類防除を行うことで発生する費用差は農薬資材費(殺虫剤、殺菌剤、天敵資材の合計)の差であり、10aあたり15,000円程度実証区の方が安くなると考えられる(表1)。
育苗期の天敵を利用したハダニ類防除は大変感触が良くとても有用な防除方法だと感じている。天敵利用に切り替えて以降、育苗期の殺ダニ剤の散布が基本的に必要なくなったことに加え、害虫管理に気を遣わずにいられるようになり、とても楽になった。また育苗期に殺ダニ剤を使わないので、本圃栽培時に効きが悪いと感じることもなくなった。
本実証調査から炭疽病防除の殺菌剤も天敵に影響の少ないものに切り替えたが、慣行より炭疽病発病株が増加する様子もなかった。今後も天敵の温存ができる防除を心掛けていきたい。
育苗ハウス内への放飼