大分県
塩崎洋一
塩崎洋一
昭和63年に大分県で普及員として奉職。 令和4年3月に早期退職して農業に踏み込み始めたが、普及現場の要請により中部振興局を舞台に、普及活動の第二幕が上がった。臼杵市在住。
2023.03.24
以前、広域普及員時代に、南部振興局管内の肥育農家さんの牛舎を改造したことがありました。その時に手伝ってくれたのが、今の事務所で一緒のO普及員です。
彼女が普及活動の事例報告をする際に、その牛舎改善事例を取り上げました(広域の後に南部振興局へ異動となり、その時の環境改善は紹介しましたが、その前段でのことです)。
ところが、その発表を聞いていた当時のエラい方(普及職員ではない方)が申されたのです。「これが普及活動か」と。
行政では、農業の粗生産額拡大を目標に掲げます。一方、農家さんは、市場での単価相場の波に負けずに頑張っています。生活や人生がかかっていますから。その現場と行政の狭間に立たされた普及員・普及事業、という構図の中から一言言わせていただけば、次のようになります。
以下は、そのエラい方に直接メールした趣旨です。
「この農家さんは認定農業者で、管内で唯一の肥育農家である。自分の父親の知り合いでもあったので懇意にしてもらっていたが、段々と年も重ね、後継者もいない。そうした事情から、経営継続の意欲が薄れてきていた。そこで、こちらがそうしたお手伝いをすることで、少しでも作業が楽になり、経営が継続されるならばどうであろうか。経営を止めれば、少なく見積もっても数千万円の粗生産額が減少することになる」
というような内容だったと思います。
実際、この農家さんはその後、改善した牛舎(牛房)で仕上げた肥育牛で、県の枝肉共進会で2位を取り、また、和牛全共でも県代表に選出されました。
もしもあの時、ご本人が弱気になっていた時に普及として「現実に」何もしなかったら、どうだったでしょうか。「現実に」というのは、言葉の励ましではなく、実際に何かの行動でお手伝いする、ということです。
翻って今、管内の農家さんの若い夫婦が4人の子育てに奮闘しながら、親父さんから引き継いだ牛舎で、人生の荒波を突き進んでいるわけです。
若手であるが故に集落での役務に翻弄され、田舎であるが故に子供の送迎に時間をとられながら、50頭の牛で生活をしています。そこに、以前担当していたK普及員が、また舞い戻ってきました。
建築資材も飼料も倍に跳ね上がった経済情勢のまっただ中、これまた親父さんが現在地とは別に買っていた土地に移転して、もっと気持ちよく肉用牛経営を展開したいという場面に、私は出くわしたのです。
色々な普及活動がありますが、K普及員の「塩崎さん、あの農家を何とかしてやりたい」との思いから、経営移転するまであと1年はかかる、その間に少しでも多く改善できるところを改善して、経営体力を付けさせたい、そして、資金繰りを有利にしたい、とのねらいがあっての普及活動でした。
「私がたまたまできることだから」「他には誰もできないから」と言われればそれまでですが、経営者の「運」といいますか、その時に誰と巡り合わせるか、これは普及であっても、市町村担当者であっても、県の行政担当であっても、まさに、巡り合わせです。時が過ぎて初めてわかるのが「あの時、あの人がいなかったら、こうはなっていなかった」という事実です。
そう考えれば、この農場での牛舎環境改善活動は、私が自身の普及活動の第1幕を令和3年度で閉じていなければ、なかった活動となります。
もっと遡れば、私が普及員になっていなかったら、こんな場面はなかった。もっと遡れば、私が肥育農家に生まれて、経営再建を目の当たりにしてなければ、こんな普及員になっていなかった、もっと遡れば・・・・、ということなのです。
そして、自分がいま行った結果で将来、この農家さんがすばらしい経営を確立していたら・・・・。そう考えれば、巡り合わせ、経営者の「運」としか言えませんが、経営者の運を左右する、良い方に左右していく「縁」となる普及員でありたいものです。
長くなりましたが、最後に、秘密にしていた古いスレート屋根の掃除の方法です。
スレート上の、並んだ釘のきわに長い垂木を置いて、そこに脚立を乗せます。スレートに対する設置面積を広げれば、体重が分散して、割れないのです。そして2本の脚立を交互に移動させながら、効率よく作業します。スレートの上を歩く際、釘の上を踏むのは常識です
今さらながらですが、普及活動の重点対象農家さんの信頼を得るため、その信頼を強くするためにこそ、のやり方ですが、要は、「自分のもっているスキル、人生観、何もかもを総動員してやる」ということです。OODAループ思考での「世界観」かと思います
2023.03.15
牛舎での滞在時間が長くなると色々気づくわけですが、これまた気がついたのが、牛さんが水を飲む風景です。
これまで色々と工夫したそうですが、どうにも牛さんが壊してしまう給水設備とのこと。
今は、ホースで水槽に水をためながら、牛さんが水を飲むのを気にしつつ水を止める、という拘束された作業になっているようです。
親父さんの時代からの水飲み場も、機能不全を起こして人力給水では、この頭数規模、作業性が悪いことこの上ないのは明白です
長年農業をしている方はそうでもないのですが、他に就職してからUターンした後継者や非農家出身者の場合、牛さんの気持ちで設備を作れず壊されてしまう、というところが少なくありません。
「牛さんの気持ちで」というのは主に、
①とにかく頑丈に
②釘や木材の尖ったものを出さない
③棒状の出っ張りなどに鼻ぐりや耳標などが引っかからないようにする
④牛さんの口や目の高さや首の幅を考慮する
などに注意して設備を作る、ということです。
これは、人間の側は作業性向上、牛さんの側からはストレス軽減などによる生産性の向上に繋がるのです。
つまり、いつでも好き放題に水が飲めるか否かは、牛さんにすれば超重大なことなのです。
この農場の水は市水を使うため、水道代を考慮して、改善してみました。
牛舎に転がっていた桶を加工しています。K普及員はまさに「昭和の普及員」かもしれません。こうした作業での手際の良さは、脱帽です
桶の底をホースで繋げば、サイフォン式で一方の桶にも水が溜まります。水面の高さは同じなので、牛さんが飲めば、両方の水面が下がって、水が出てくる仕組みです。この方式の利点は、柵の内側の桶だけを掃除しやすいこと。
2つの桶が離れて高さが違っても水面は同じ高さなので、メインの水槽を工夫すれば、おおよそどんな場所でも作れます。水道がない場所でも、大きなポリタンクをメイン水槽の横に少し高めに設置すればOK。
2023.03. 9
この日訪れた農家さんの庭先で、思わずスマホを向けたのが、2階建ての、この古い牛舎。
見た瞬間、牛小屋、というよりも「作品」でした。これを作った職人さん「すげえ、かっこいい」と思ったのです
何がすごいのかといえば、2階を乗せたこの梁と桁です。曲がった木をそのまま使っています。この曲がった梁や桁の上に乗っている2階の床は、当然水平です。
この造りを見て想像したことのひとつは、これを建てた職人さんの「粋」です。まっすぐな材料を使えば仕事は楽ですが、こうした自然の形を活かすことで、「かっこいい」というか、思わずうなってしまったのは私だけでしょうか。
もちろん、こうして使う方が、構造材として強度が増すのもあります。建築技法と芸術性と言いたいところですが、素人なのでこのくらいにしておきます。
もうひとつは、曲がった材料を横向きに使う時に、端と端の水平をどうやって決めたのか、です。
横は面を取っているので、糸で墨を打ち、その線で水平を見たのだと思いますが、数メートル離れた柱の先端をどうやって水平をとったのか、です。
読んで字のごとく「水」を使ったに違いありません。
「水盛り」という言葉がありますが、今のような水平器やレーザーのない時代に(といっても昭和ですが)、こんなことがありました。
わが家で部屋を増築する際に、大工さんがビニールホースを持って来て、中に空気が入らないように水を入れました。そして、基礎の端と端にホースの先端をそれぞれ突き建てて、ホースの中で水の動きが止まるのを待ちます。すると、基礎の向こうとこちらで、ホースの中の水の水面が同じ高さになったのです。
この子供時代の驚き体験が、牛舎の環境改善に役立ったのは言うまでもありません。
2023.03. 6
経営の良い農家さんと厳しい農家さんを比較すると、あることに気づきます。
私の実家でもそうでしたが、農場の滞在時間が違うのです。これはきっと「観察の差」と「対応スピードの差」になって、結果が違ってくるのではないかと思います。
前回記事「久々の環境改善①」で、数日間続けて作業する中、機械で牛舎清掃する、いわゆる牛舎のボロ出し(牛さんのウンチの掃除)風景を目にしました。
奥さんが機械を器用に扱って、出入りしながら作業していましたが、これまた作業性が良くない。牛舎を出入りして堆肥舎まで運ぶ工程が不便なのです。
そこで、出入り口を広げることとなりました。
左側2本の鋼管パイプを外して出入りします(上画像)。
その真上の小部屋は以前、稲わらをカットして斜めに落とし、手前から取り出す、稲わらボックス(下画像)でした。取り急ぎ、邪魔になる斜めの部分は撤去しましたが、やっぱり出入りには幅が狭いのです
柱を差し替えて、古いパイプは新しいパイプを固定するために縦向きに使う。新しいパイプは、倉庫の中に眠っていたのを持って来ました。この牛舎の中の清掃作業は、約1時間短縮されました
古い牛舎ではよくあることですが、床の基礎にハイキン(コンクリートの床の中に鉄筋の補強)がありません。機械の出入りするところがひび割れていたので、稲わらボックスの落とし場所を整理した後は、生コン打設をやり直しました。K普及員が黙々と地ならしをしています
2023.03. 2
この日の巡回は、管内でも特に中山間地域になるところです。「特に」と言っていますが、どこもかしこもそんなところですが。
山の奥、ここよりも他にまだまだ奥地に、もっと多くの牛さんが並ぶところがあるのです
そうした場所にあるいくつかの農家さんを訪れるうちに、あることに気づかされました。
こんな田舎でも、2反か3反の土地があれば、肉用牛経営なら「やっぱりこうなるなあ」ということです。それは、10a当たりの売上で、当然ながら農業経営で生活する経営効率とも言えるかもしれません。
仮に、30aの土地で牛を飼うなら、自給飼料作付けは別にしても、おおよそ50頭規模は可能です。堆肥舎や防疫対応を考慮してもできると思いますが、いかがでしょうか。
この場合、近年の相場であれば、年間の売上は3,000万円を期待できます。もちろん、産地によってはそれ以上でしょう。10a当たりでは1,000万円です。所得率が2割でも年間600万円です。
もちろん、牛さんを飼うので、他業種にはな無い拘束性はありますが、そこはやり方次第です。
加えて遊休地の放牧活用などなど、中山間地域が故に一般的には負の財産的イメージのものが、やり方次第で充分に使えます。
マイナス面が大きなデメリットと思える要因・要素も、見方や価値観が変われば、その絶対値は、ひっくり返って大きなプラスのメリットになります。
「-10」より「-100」が、ひっくり返れば「+10」より「+100」となります。