ぐるり農政【167】
2021年02月24日
新型コロナと自然環境破壊
ジャーナリスト 村田 泰夫
新型コロナウイルスはどこから来たのだろうか。世界保健機関(WHO)の調査団が、発生源を突き止めるため、世界で最初に感染の広がった中国の武漢市を訪れたが、確かなことはわからなかった。中国当局の協力が得られなかったとしたら、残念なことだ。
いつ、どこから、という具体的なことがわからなくても、世界の科学者たちの一致した見方は、「生態系という自然環境破壊」と無縁ではないということだ。
現時点で最有力視されている推理はこうだ。中国南部の洞窟に棲むコウモリから、今回の新型コロナウイルスとよく似たウイルスが見つかった。また、アジアやアフリカに生息している哺乳類であるセンザンコウからも、それと似たウイルスが発見された。センザンコウは全身をウロコでおおわれた哺乳類で、そのウロコは漢方薬の原料として高く取引され、肉は中国やベトナムでは珍味とされている。
アジア各地では、人々が山奥に分け入り、センザンコウを獲り尽くしてしまい、いまや絶滅危惧種である。しかし、中国の野生動物の取引市場である海鮮市場では、マレーシアなどから密輸されたセンザンコウがひそかに取引されていたという。コウモリのフンなどからウイルスに感染したセンザンコウを人間が食べて、新型コロナウイルス感染症を発症させたのではないか。これが有力視されている見方である。
センザンコウに限らず、世界の各地に棲む野生動物は、私たちにとって未知のウイルスを持っている。今後も、これまでとは違う新しいウイルスに感染し、パンデミック(世界的な感染)に見舞われるリスクに人類は直面している。
では、第2、第3のパンデミックを防ぐにはどうしたらいいのか。国連などが音頭を取って進めているのが、「ワンヘルス」(One Health)という考え方である。自然環境(生態系)、動物、人間の3つの健康を1つのものとみなして守っていく。これがワンヘルスである。
パンデミックの経過をたどると──。大規模な開発などで、森林など自然環境が破壊される。これまで人が分け入らなかった奥地に人が入り、野生動物を捕獲したり接触したりする。動物由来の感染症に感染した動物や家畜が別の場所に移動する。移動した先で動物に感染し、そうした経過をたどるうちにウイルスが変異し、人から人への感染拡大でパンデミックを引き起こす。
であるならば、東南アジア諸国で進められている、大規模プランテーション開発による熱帯雨林の伐採をやめさせる。あるいは、ブラジルのアマゾンで進められている大規模農地開発や、肉牛飼育のための大規模牧場開発をやめさせる。
ボルネオやアマゾンの熱帯雨林が守られれば、そこに棲む動植物の生息域が破壊されることなく、生物多様性が守られる。人間も未知のウイルスに感染するリスクを小さくできる。自然環境(生態系)、動物、人間の3つの健康を守るワンヘルスが、未知のパンデミック防止のキーワードなのである。
先日、和歌山県田辺市にある育林会社を取材した。「木を伐らない林業」で山を蘇らせるユニークな会社だ。林業には苗を植える「植栽」、下草刈りや枝を刈り立木密度を調整する「間伐」、それに木を伐り倒す「伐採」などの作業がある。この会社は、伐採はやらず、植栽や間伐など育林作業を専門としている。山主が伐採後、費用と労力のかかる植栽をやらず、「はげ山」にしておく山が増えたので、そうした「放置林」をなくすことをビジネスとした会社なのだ。
その経営者の考え方がすばらしい。山主の希望に沿ってスギやヒノキの苗を植えることもあるが、放置林を買い取った自社林には、ウバメガシなど広葉樹の苗を植えている。ウバメガシは「備長炭」などで知られる高級木炭の原木となる。しかも、植えてから20~30年で伐採できる。その後は、萌芽更新といって、切り株から「ひこばえ」が生えてくるので再植栽する必要がない。スギやヒノキだと、最低50年たたないと伐採収入にならないが、広葉樹だとざっと半分の年月で収入になる。しかも間伐など育林の手間がかからない。
広葉樹の苗は、山の上部に植えることにしているという。なぜなら、ウバメガシの実であるドングリが転がって、山の中腹で発芽し根を下ろすからだ。その木が成長すれば、またドングリが転がって山の麓で発芽し根を下ろす。そうして、全山、広葉樹林の山になることを計算している。
広葉樹林は、さまざまな動植物の棲みかとなり、生物多様性が守られる。落葉した雑木林には、春先にカタクリなどのさまざまな野生植物の花が咲き、その花の蜜を求めてさまざまな昆虫が飛来する。ドングリの実をつける森には小動物が繁殖し、それをねらった猛禽類も生息する。豊かな里山は豊かな水をたくわえ、人々の生活を支える。
豊かな森は、人間にきれいな空気と水を供給し、美しい景観をつくり出してくれるだけではない。健康な自然は、健康な動植物をはぐくみ、人間の健康を守ってくれるのである。(2021年2月22日)
むらた やすお
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。