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ぐるり農政【144】

2019年03月22日

「特A」は地域農業を救うか

ジャーナリスト 村田 泰夫


 おコメの食味ランキングで最高位の「特A」の評価を得たコメが、2018年産米では過去最多の55銘柄にのぼったそうだ。17年産米で特Aを逃した新潟県の「魚沼産コシヒカリ」が返り咲いたほか、山形県産の「雪若丸」や岩手県産の「銀河のしずく」など新ブランドが特Aを取得し、大きな話題となった。


murata_colum144_3.jpg 食味ランキングは、日本穀物検定協会の主催で毎年実施され、18年産のコメは全国の自治体や農協から要請のあった154銘柄が対象となった。専門家が実際に食べ比べてみて、外観や味、香り、粘り、硬さなどを評価し、5段階の格付けをする。その最高ランクである「特A」を取得すると、おいしいおコメのブランドとして宣伝に使える。それで、自治体や農協など関係者は、取得に躍起になっている。


 特A取得競争に火をつけたのが、北海道産の「ゆめぴりか」である。北海道産のコメはおいしくないというのが定評だったが、農業試験場が「きらら397」などおいしいコメの品種開発に力を入れ、ついに特Aを取得する「ゆめぴりか」を開発した。マツコ・デラックスを起用した宣伝が首都圏でブームを呼び、高値で取引されるようになった。これに刺激され、他の府県でも特A米の開発に力を入れるようになった。

 出品のない東京、大阪、沖縄を除く44道府県のうち、特Aを取得したことのある道府県は42になった。18年産米で初めて特Aを取得したのは9銘柄ある。18年産米で初めて出品した山形県・村上地方と最上地方で栽培された「雪若丸」や、岩手県・県央産の「銀河のしずく」は、前年のAから特Aに格上げされた。

 新潟の「コシヒカリ」や秋田の「あきたこまち」は、国産米の代表的な銘柄として知らない人はいない。さらに、北海道の「ゆめぴりか」、青森の「青天の霹靂」、山形の「つや姫」、熊本の「森のくまさん」などの名前は、特A米のブランド名として、消費者に浸透してきている。


murata_colum144_1.jpg 「うちの県のおコメ」が特A米であることは、地元の自治体はもちろん県民みんなの誇りでもある。だから、各道府県は自前の農業試験場で、その地域の気候風土に合った、おいしい新品種の開発にしのぎを削っているのである。

 特A米の開発競争にケチをつけるつもりはない。しかし、特A米がその地域の農業や日本農業の救世主になるのかという観点から考えてみると、どうであろう。

 ネーミングの目新しさ、おいしいという宣伝など、デパートやスーパーの店頭で特A米を見ると、「ちょっと高いけれど、食べてみようか」という気分になるものである。一般的な消費者がいつも食べているおコメの値段は、5kg入り袋で2000円前後であることが多いと思うが、特A米が3500円もすると「高い!」と思う人がほとんどだと思う。しかし「話題になっているし...」「話のタネに...」と試し買いをしてしまう。実際においしくて、その後もリピーターとして買い続ける消費者もいるだろうが、1回きりという消費者も少なくない。つまり特A市場は、決して大きくない。ニッチな市場なのである。

 ビール会社が、毎年のように新しいブランドやリニューアル商品を投入しているのに似ている。常に新商品の誕生を訴えて、消費者の気を引こうとしているのである。ビールはし好品である。しかし、おコメはし好品ではない。毎日のように食べる日本人の主食であるのだから、おいしくて安いコメを安定的に供給してもらわないといけない。それが農業生産者の務めであろう。


murata_colum144_2.jpg 個々の消費者の好みは別にして、日本人が求めているおコメはどんなものであろうか。おコメが消費される場所が、昔と比べて、大きく変わっている。単身世帯の増加や女性の社会進出が進んで、食の簡便化志向が強まり、コメを家庭で炊く割合が減る一方、お弁当などの中食(なかしょく)やファミレスなどの外食の占める割合が年々増える傾向にある。農水省の資料によると、1997年に19%だったコメ消費に占める中食・外食の割合が、20年後の2017年には29%に増えている。

 弁当屋などの中食、ファミレス、牛丼・回転ずしチェーン店などの外食が求めるコメは、特Aといった高価なブランド米ではない。味はそこそこだが価格の安いコメである。その業務用米が足りないのである。やむなく業者は外国産米の取得に走ってしまう。国産米は、みすみす需要を取り逃している。

 味はそこそこ良く、単収の多い業務用米の品種は開発されている。農研機構が開発した「あきだわら」や民間企業が開発した「みつひかり」などである。家庭向けのブランド米と比べれば価格は低いが多収なので、面積当たりの所得はブランド米に劣らない。味がそこそこで多収穫品種で価格が安いコメは、輸出用にも向く。

 生産者は、需要が減る傾向にある家庭用ブランド米という小さな市場で競争するのではなく、需要が増える業務用米や輸出用米にもっと目を向けるべきではないか。それが稲作を得意とするわが国の、地域農業を元気にする道であると思う。 (2019年3月20日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。


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