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ぐるり農政【45】

2011年03月17日

直接支払に転換したEUの共通農業政策

                      ジャーナリスト 村田 泰夫


 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)問題の核心は、市場開放と国内農業維持との両立にある。それを考えるにあたって、EU(欧州連合)の経験が参考になる。
 前身のEC(欧州共同体)時代から、域内の市場を統合する「共通農業政策」を採用しているが、そこまでに至る農産物の共通市場づくりは難航を極めた。国によって、農業競争力に相当の格差があったからである。


 たとえば、ドイツとフランスを比べてみれば、わかりやすい。域内の関税ゼロの共通市場ができれば、工業国であるドイツは、得意の工業製品の販路を、EC域内に一気に広げることができる。
 一方、農産物についていえば、農業国であるフランスの農産物の販路が広がる半面、競争力の弱いドイツの農家は壊滅的打撃を受ける。共通農業政策で農産物の統一価格を決める際、農業競争力の弱い国の農家を壊滅させるわけにはいかないから、そうした生産コストの高い国を基準に、統一価格を決めざるを得なかった。そのほか、1968年の共通農業政策では、以下のような手厚い農業保護策を打ち出した。

▼農産物の域内市場価格が一定の「支持価格」より下がれば買い支える
▼域内価格より安い輸入農産物価格との差を「可変課徴金」として徴収し、域内産農産物が輸入品より不利にならないようにする
▼域内で過剰となり在庫となった農産物は、輸出補助金をつけて域外で処分する


 しかも、事実上の最低保証価格である「支持価格」を毎年のように引き上げたから、その高い価格が農家の生産意欲を刺激した。このため「ワインの湖、バターの山」といわれる深刻な農産物過剰問題を引き起こしてしまった。その過剰農産物をECは、多額の輸出補助金をつけて、安い価格で「ダンピング輸出」した。


 これに怒ったのが米国である。以前、欧州は米国産農産物の輸出市場で「お得意様」だった。それが、可変課徴金(事実上の関税)をかけられて米国産農産物がEC域内に輸出できなくなっただけでなく、第3国市場においても、輸出補助金付きのEC産農産物に市場を奪われてしまったのである。86年から交渉がスタートし93年末に妥結したガット(関税貿易一般協定、WTOの前身)ウルグアイ・ラウンド(UR)農業交渉は、米国がECに対して輸入課徴金と輸出補助金をやめさせるための「農産物貿易戦争」という性格の強い交渉だったのである。


 UR交渉に対応するため、EUは1992年に大幅な農政改革に踏み切った。担当した農業委員の名前にちなんで「マクシャリー改革」と呼ばれるもので、一口でいえば「農産物支持価格を引き下げる見返りとして、直接支払(所得補償)制度を導入した」のである。ECの輸出補助金付きの安い農産物が世界の農産物需給を狂わせていたし、米国からの強い是正要求に応じなければならないことから、マクシャリー改革では、次のようなステップをたどることにした。

①米国の要求に応じて輸出補助金を削減する
②輸出のはけ口が減るので、農産物の過剰状態を解消する必要がある
③それには生産刺激的な域内の農産物支持価格を引き下げる必要がある
④支持価格を下げれば、域内の農業生産者の所得が減ってやっていけなくなる
⑤農業者の所得を維持するため、支持価格引き下げ相当分を政府(EU)が直接補償する「直接支払制度」をスタートさせる


 支持価格の引き下げで農家の農産物販売収入は減るが、その分を政府が補償してくれるので、農家の手取り収入は、一応確保されることになる。その後、EUになった後の2000年の農政改革では、支持価格引き下げ額の2分の1を農家への直接支払増額分とするなど「値切った」が、支持価格引き下げの見返りに直接支払を増額する方式は、今日まで踏襲されている。
 農産物価格の引き下げは、消費者の負担を減らし需要を増やすうえ、外国産農産物の無秩序な輸入を防ぐことができる。つまり、EUの「価格政策」から「所得政策」への農政転換は、市場開放をしても域内農業を維持できる農政なのである。 (2011年3月16日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。


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