ぐるり農政【29】
2009年11月25日
農山村政策はどの省庁が担うのか
明治大学客員教授 村田 泰夫
中山間地域フォーラム主催の緊急シンポジウム(11月14日、明治大学で開催)で、郡司彰・農水副大臣が「農山村政策はどの役所が担うのか、国家戦略室がきちんと仕分けすべきだ」という趣旨の発言をして注目された。
これまで農山村政策は、中央では国土交通省(旧国土庁・旧建設省)、農林水産省、総務省(旧自治省)、経済産業省など、かかわる省庁は多岐にわたっている。似たような政策が複数の省庁で散見される半面、わが国の国土、ことに地方の農山村をどうしていくのかという、グランドデザインの発信力が弱いなどの問題点も指摘されていた。
民主党の農政の目玉は、いうまでもなく「戸別所得補償制度」である。国会でもたびたび質問が出るように、この制度が「産業政策」なのか、それとも「地域政策」なのか、はっきりしない。両方をにらんだ政策だと民主党政権はいいたいのだろうが、どちらに軸足を置いた政策かによって、制度設計も異なってくるはずだから、重要な論点である。
郡司副大臣は、そのことを意識して論点を提供したのかもしれない。副大臣は以下のような趣旨の文脈のなかで、農山村政策の重要性を語った。
「ヨーロッパでは、山岳地帯など条件の悪い地域には、生産と切り離したデカップリング政策として直接支払制度を実施することで、地域社会の崩壊を防いでいる。国民がその政策を支持しているのは、山岳地帯で農業を続け、集落を維持することが国境を守ることにつながる、という理解があるからであろう。そうした軍事上の理由のない日本では、辺境の農山村を直接支払いで維持し、守ることについて特別に意識して取り組まないと、地域社会は崩壊し取り返しのつかない事態を招いてしまう」
同感である。農家への直接支払いには、常に「バラマキ」批判がつきまとう。「中小企業などほかの産業でも困っている人がいるのに、なぜ農家にだけ国が所得補償をするのか。おかしいではないか」という批判である。
農家に「お恵み」を与えるためではなく、農家に辺境の地で農業を続けてもらう条件を整えることで、土砂の流出を防ぎ、水源を維持し、農村景観や農村の伝統文化を守ってもらうことができる。おおかたの日本人の原風景であり、アイデンティティーである農山村を維持する対価として支払うのが直接支払である、という政策理念を、とくに都市住民にどう理解してもらうかが重要なポイントなのである。きちんとした地域政策を農水省が打ち出し、正面から国民に訴えかけないといけないということを副大臣は言いたかったのだろう。
戸別所得補償制度について、さまざまな批判が出ている。来年度、米を対象に先行実施するモデル事業は、「全国一律」を原則としている。過去数年間の全国平均の販売価格から全国平均の生産コストを差し引き、赤字分を「定額」として販売農家に支給する。もし来年度の販売価格がものすごく下がった場合には、その「差額」部分も上乗せして支払う。したがって、全国平均よりコストのかかる地域や、高く売れない米を作っている地域では、十分な補填を受けられない。だから「全国一律ではなく、地域の実情に応じて支給せよ」という要求が出てくる。
しかし、それをしてしまうと価格補填政策になってしまう。これはWTOの規定で排除すべき「黄色の政策」に分類されかねない。「緑の政策」であるデカップリング政策として実施するには、耕作した面積に対して全国一律で支払う方が、紛れがない。来年度のモデル事業は、あくまでも農家に農業を続けてもらうことの「ご苦労さん代」なのだ、つまり地域政策なのだという姿勢を明確にした方が誤解を招かないかもしれない。(2009年11月20日)
むらた やすお
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。