提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


農業のポータルサイト みんなの農業広場

MENU


ときとき普及【89】

2025年11月27日

想定外な出来事(その1)


泉田川土地改良区理事長 阿部 清   

 
 
column_abe89_1.jpg 至る所でクマの目撃情報があり、連日ニュースになっている。奥山や里山に餌がないのだとしても、目撃件数が多すぎる。活動時間は夜だったはずだが、日中も動き回ることが普通になったとすると、想定外の出来事になる。収穫されずに残っている柿に執着する姿を目撃されることが多いため、隣家の柿の木が心配で仕方がない。「年齢的にラストチャンス」と植栽したネマガリダケは成園になったが、クマの好物と聞くと、来シーズンが心配になる。今でもタヌキの格好の隠れ家になっているが・・・。


 今夏は干ばつが強烈で、真夏にシバグリの枝先が枯れている様子が見られた。8月中旬からの降雨により枝が再び伸び、秋には枯葉がほとんど気にならなくなった。当然のことながら、秋になると道路に落ちるはずの栗は、今年はほとんど見かけない。同じように、ドングリも大凶作だとすれば、クマの餌不足はほぼ確定だろう。枝先が枯れて生育が止まるほどの里山の干ばつは、想定外だった。


 子供の頃、里山は格好の遊び場だった。「かまど」の焚き付けは、杉山で拾った枯葉を使うことが多かったので、林間の見通しは素晴らしく良かった。杉の美林は、庭に近いような林地の管理で、「これは本当の話だ」という話を聞く機会もあった。雑木林は薪炭用に伐採されていたので、更新・再生が続いていた。こちらは日当たりが良いので、藪になっている場合が多かった。至る所にドングリが落ちていたのを、子ども心に記憶している。管理しているがゆえの状況だ。農地は、山の間際までていねいに耕作されているのが自然で、普通のことだった。当然のことながら、林道もしっかり整備されていた。子どもの頃の狩猟の程度はわからないが、地域の大人から「里山に入ってはいけない」と言われたことがなかったので、今年のようなクマ騒動は、なかったのだと思う。


 クマだけでなく、今では普通になってしまったカモシカ、イノシシ、サル、シカなどの獣を目撃することは、ほとんどなかった。クマの出没は山林の開発と関連して議論されることが多いが、当地域には全く当てはまらない。この事例が当てはまるのは、ごく一部に限った話で、農林業の低迷が理由になっていると考えている。「林業従事者より天然記念物のカモシカの方が数が多い」と話す林家の事例を持ち出すまでもなく、地域から農林業の経済性が失われて久しいので、人口が減少するに従って、クマの生息域が拡大しているのだと思う。人里での狩猟を徹底したとしても、里山からクマを追い出すのは難しい。山里の農地を里山に戻して、クマに明け渡すべきだろうか。・・・実態は明け渡して久しい。


column_abe89_2.jpg クマの話が長くなったが、畜産担当の先輩普及員は、春になると一気に温暖になる様相を、「スプリングフラッシュ(※)」という専門用語を用いて説明してくれたことがあった。積雪寒冷地の春を説明するのに、ふさわしい用語だと感じた。6月中旬には、梅雨の中休みの晴天が多く、7月の梅雨末期は降水量が多いが、梅雨明けとともに夏空が継続することが多い。
 どの地域の普及員も、一番に気象条件を前提にして栽培方法を考える。農業者とのドッチボールは当然のことで、農業関係機関・団体との調整(コーディネート。昔の普及員は「連携」と言っていた)をしながら、普及課題をこなしていく。気象条件は露地栽培にとっては不可抗力に近いので、入り口を間違えると大変なことになる。

スプリングフラッシュ:寒地型のイネ科牧草(一番刈り)が、春季の長日条件で乾物生産が著しく増大すること。


 山形県の果菜類の産地では昔から、主要な作型はトンネル早熟栽培で、6月の梅雨の中休みに開花期を合わせた作型と説明することができる。サクランボは開花・結実期の春先の好天と、降雨によって実割れしやすい収穫期は梅雨の中休みを利用した栽培だ。しかし、収穫期間全般で雨が降らないことはあり得ず、生食用の品種が拡大するにつれ、雨よけテント(収穫期直前からの雨よけ栽培)の普及が大産地化の基礎になった。雨よけ施設が急激に拡大する時期に、全国一のサクランボ産地の急激な変化を目の当たりにし、産地化の入り口は気象条件なのだと実感したものだ。

 この時期は日格差が大きい。駆け出しの研究者だった頃に管理職をしていた先輩研究員は、「日格差といえば昼夜に決まっている。研究者として、恥ずかしい用語の使い方はするな」と、たしなめられたことがあった。「昼夜の温度格差」や「寒暖差」と報道されるのを聞くと、かつて厳しく指摘された「日格差」のことを思い出す。


 山形は盆地特有の気象で、日中は結構暑くなることが多い。かつては最高気温が高く、夏秋キュウリの夏越しが難しいのが普及員の常識になっていた。耐病性の品種改良が進んでいるため、単純に現在との比較はできないが、私の住む地域は中山間地域なので、キュウリの夏越しが容易だった。夜の寝苦しさを語る知人に対して、「クーラーなしで寝苦しい夜は、シーズンで1、2日程度」と、優越感を持って夜の涼しさを話していたが、夜温ではなく最高気温が2、3℃低いのが、本当の理由だった。


column_abe89_3.jpg 県全体でも地域差があり、海沿いの庄内地域は、海風と陸風によって、昔から良質米生産地域だと言われていた。風によって稈長などが抑えられ、真夏の高温がやわらぐという。ササニシキ全盛の時代に勤務していた普及センターの管内は、適地の北限に位置していたことから、普及活動では、「夏越しの果菜類の適地と裏付けられている」と説明していた。最高気温よりも、寝苦しい夜が少ない、涼しい夏の夜という気象条件の有利な点を誇張した表現だった。夏の夜温で1℃の違いは生育の好影響となり、まして2、3℃の違いは、圧倒的な優位性になるのだった。露地栽培の夏秋キュウリだけはなく、ハウス雨よけ栽培の大玉トマトやミニトマトは、パイプハウスの妻面を開放することによって夜温を低下させて、夏を乗り切ると、生産力が極めて高い9月に爆発的に収量が増加するのだった。かつて、バラの切り花栽培では、夏季の高温に苦しむ暖地の産地を尻目に、需要期の秋の高品質をセールスポイントにしていた。


 想定外の猛暑が続く今では、猛暑に苦しむのは農業全般だと聞く機会が多くなった。夏から秋にかけての優位性が低下すれば、春から秋にかけての気象条件に合わせた農業生産をおこなう山形県では、農業生産技術を根本から考え直す必要がありそうだ。

 現在活動する普及指導員には、主要な作型を根底から見直すという、技術革新の伴う普及活動が求められているのだと思う。我々の時代には、この部分は求められることが少なかった。前提となる気象条件が大きく変化していなかったからだ。このような普及活動は、若い普及指導員がふさわしい。事実、これまでも「事」を起こしてきたのは「若い普及員」だったと思っている。


写真の説明(上から)
・収穫されないで残っているカキが結構目立つ
・来春が心配になって来たネマガリダケ
・ゴボウの袋栽培:掘り立てを食べることができる

あべ きよし

昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。


←最新の10件を表示