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ときとき普及【79】

2025年01月24日

農業と雪(その2)


泉田川土地改良区理事長 阿部 清   


 この冬は、3年前に近い雪模様。過去2年間は小雪で暮らしやすく、3年前は平年並みだった。降雪と日々格闘しているとの報道があるが、当地方は冷え込みが少なく、穏やかな冬だと思う。

 田舎自慢をする場合がある。田舎を誇るのではなく、バス路線がない、電車は一時間に1本しかない・・・というような、どちらかというと不便なレベルを比べあうことだ。だからと言って、田舎であることへの蔑みはない。わが娘は高校時代、周囲に街灯がなく暗いことで友人を驚かせたと言う。「暑い」「寒い」が田舎や都会を語る物差しにはならないように、田舎自慢では、雨量や積雪量などが物差しになることはない。自然の生態系が身近で感じられるのが田舎の良さだと思っている。
 そうは言っても、「北国は田舎。"北帰行"は夢破れて田舎へ向かう言葉だ」と、間違いとわかっていながらもそう思わずにはいられない。これに豪雪が重なると、北国の田舎はますます暗いイメージになる。早春の気配がしてくると、農業者の話に雪は出てこなくなる。途方もない量の残雪があっても、春になれば瞬く間に消え失せるからだ。春が来てなお雪の話題を投げかけても、話が続かないことが多かった。


column_abe79_1.jpg 真冬になると積雪はいよいよ多くなり、雪は掘り上げることになる。今では道路の排雪や除雪は、行政サービスとして当たり前になっているが、排雪や除雪という言葉が一般的になり、玄関前の道路が除雪されるようになったのは、昭和40年代になってからだ。「春までは、とにかく雪に耐える」のが雪国の暮らしで、体力的にもきついものだ。この環境で育った自分とって、雪は負のイメージが大きい。


 最近、コンパクトシティが話題になっていることを知る機会があった。中山間地域の人口が激減すると、行政サービスの提供が危うくなる。雪に影響を受けるインフラが多いからだ。行政コストを持ち出されると、正面から反論する人はほとんどいない。

 かつて、普及の職場でも、昭和の時代の集団移転が話題に上ることがあった。平成の初めになると、コンパクトシティが話題になり、中心都市に付随するような形で周辺の農村が議論されることがあった。過疎地域対策と同じような意味合いで考えると、インフラが圧倒的に不足する田舎での議論ではないと思っていた。田舎のおかれている立ち位置を痛感したのだった。その後、2014年(平成26年)には、都市再生特別措置法(コンパクトシティ法)が改正されて、現在に至っている。この計画の一部(?)になるかもしれないが、防災を目的にした集団移転が現実のものとなっている地域もある。


column_abe79_2.jpg 雪国の田舎が不便だという話はこれぐらいにして、雪の話に戻ろう。
 若い普及指導員から、「晩秋から初秋のストック栽培では夜間の湿度が高く、灰色かび病が多いため、作型を前進させることにしている」という説明を聞く機会があった。無風の状態で気温が低下していくと、相対湿度は100%近くになるという。「風が動くと、相対湿度は少なくとも10~15%低下する」ことは、昔の普及員ならば経験的に知っていた。「施設園芸で扇風機を使用する目的のひとつが、湿度低下対策だ。扇風機の通風域を拡大したボルナドファンの登場は画期的だった」と、施設園芸ネタを披露したくなった。


 雪は、高湿度の優れた貯蔵方法だ。例えば、雪中貯蔵は温度変化が少なく、相対湿度は100%という優れた貯蔵方法になる。貯蔵温度を氷点下にはできないが、温度変化は±0.2℃以内と、理想的な貯蔵・保蔵方式になる。毎年のように、津軽地域のリンゴの雪中貯蔵がニュースで紹介される。春以降のリンゴ販売を目的にした、産地ならではの知恵だと聞いたことがある。これも今は昔のことになる。

 貯蔵中の青果物は、低温に耐えるためにデンプンを糖化して耐冷性を高める一方で、酸は経時的に減少することから、結果としてマイルドな食味になる。雪中貯蔵のキャベツ、ニンジン、ダイコン、ジャガイモ等々、デンプン質を含む多くの野菜は同じ原理だ。糖化する代謝の副産物として、ビタミンCが増加することがある。常温では、貯蔵によって減少するビタミンCは鮮度の指標になっているが、雪中貯蔵によって増加する不思議を、「従来の貯蔵は品質低下を防止するが、雪貯蔵は品質が向上することもある」と、色々な場所で紹介していた。


column_abe79_3.jpg 「雪室にしたとしても、ハンドリングが悪すぎる。必要に応じて除排雪するのは、時代が追い付かない。雪エネルギーは冷熱エネルギーを他のエネルギーと同じように、補充可能にする」ということを研究テーマにしたことがあった。利雪だけでなく、除雪や融雪関係者との関係は居心地がよかった。利雪農業の悩みは尽きなかったが、前向きな気持ちになることが多かった。


 貯蔵には、本来氷が最適なのだが、積った雪を移動させることによって次第に固まり、比重は0.6程度になっていく。パウダースノーよりザラメ雪が適しているのは、エネルギーで説明できる。この状態の雪質になる立春以降が、作業適期となる。雪国では、3月の晴天の日の朝に、解けかかった雪が夜間の冷えこみで凍りついている。これを堅雪(かたゆき)とよんでいるが、この状態の雪質が雪室に適している(雪中貯蔵では、雪質は問わない)。

 しかし、いまや冷蔵庫や予冷庫などの機器は圧倒的に進歩し、雪室の長所を再現したといっても過言ではない。「壁面冷却式冷蔵庫」を目の当たりにすると、雪室の本質的な魅力が一気に失せてしまった。残るは、白い雪を視覚的、またはイメージとして消費者に訴求するであろう雪中貯蔵だけだ。

 雪を活用するのは難しい。が、積雪の長所は確かにある。普及指導員の、「新たな発想での冬期農業」に期待することを、わが「残日録」にしたためている。


●写真 上から、
・初冬の鳥海山
・真冬の庭木
・初真冬の集落

あべ きよし

昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。


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