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ときとき普及【65】

2023年11月28日

昔と今(その5)


泉田川土地改良区理事長 阿部 清   


 クマを巡る報道が多い。庭先で見かけた、敷地内のカキを食べていた、庭木に登っていた、山間地の水稲でサークル状の食害があった、ソバの実をすいて食べていた、など。クリでは、樹上に棚を作って食害していたなどの話を聞くこともあった。
 今年は里での目撃情報が多いのが特徴だ。もうすぐ冬眠の時期になるが、山や里山からあぶれて、里まで出没するクマがこれだけ多いと、冬眠場所すら持たないクマが出てくるのではないかと心配になる。このような場合、冬眠しない(できない)クマになるらしいからだ。


column_abe65_1.jpg 里山では昔からクマの出没はあった。しかし、山のエサが凶作の年でも、これほど頻繁に里に出没することはなかった。
 以前、知り合いの花き農家が、山里近くのパイプハウスで管理作業を行っていた時に、異様な気配に振り返ると、ツキノワグマがハウスサイドに爪を立てていたのだという。「それで、どうしたの?」と問いかけると、「ギャーと大きな叫び声をあげたら、さっと裏山に逃げて行った」とのことだったが、ハウスサイドのフイルムは薄く、不安な思いをしたに違いない。クマと鉢合わせになり、攻撃を受けて負傷したという話をまれに聞くこともあったが、里山と里には、クマと人との適度な距離があった。


 この頃、春と秋の2シーズンに山に入っていた。秋のキノコのシーズンには、雑木がへし折られている様子を目にすることが多くなった。このようなクマの仕業を何度も目撃するにつれ、秋は山から遠ざかることにした。灌木や草が繁茂し、見通しが悪いことが多い秋の雑木林では、クマと鉢合わせする心配が払拭できなかったからだ。


column_abe65_2.jpg 昔の杉林は見通しの良い林が多かった。当然のことながら、枝打ちや間伐も入っていた。煮炊きに使う杉の葉を里山の杉林から集めていたので、子供心に、裏庭のように手入れされた杉林が普通なのだと思っていた。

 雑木林ではミズナラ、クヌギなどの広葉樹が、炭焼きやキノコ栽培のほだ木として伐採されるのを待っていた。いつの間にか利用が衰退し、樹齢を重ねた老木が増えるにつれ、かつて猛威をふるった「ナラ枯れ」の要因となった。今では「ナラ枯れ」はほとんど見ることがない。ナラ枯れがピークだった頃、雑木山では天然のナメコが大発生し、幹に発生しているナメコを雪かきブラシでかき取るという、実にうらやましい話を思い出す。考えてみれば、クマの目撃情報が多くなったのは、この頃ではなかったか?


 最近の秋の里山は、見通しの悪い林が多くなっている。風が吹く日は、木々の風ズレにより一層不安がかき立てられる。春の山は、新緑が深まるまでの間は見通しが利き、木々が展葉するまでの一時期は、山は至って静かなことが多い。一人であるのに独りぼっちの寂しさがない。これが春に山に入ることにした理由でもある。


 国や県の施策で、民有林の計画的な伐採(皆伐)と植林が進められているが、多くの小規模な林家は伐採をためらう。植林の後の下草刈と間伐が重労働となるだからだ。作業を委託するにも、原木価格は長期間の育林をためらわせる価格だ。ウッドショックがあると聞いても、林業を巡る状況が好転する兆しは見えない。

column_abe65_4.jpg ある林家の「林業従事者よりも天然記念物のカモシカの方が多く、林業従事者は絶滅が危惧される」という発言のことを以前コラムに書いた。この例えを里山で活動する関係人口とクマに置き換えると、クマが圧倒しているというのが認識として正しいのだと思う。だから、ツキノワグマの生息域を人間が侵略したというのは、的外れの視点・論点だと断言できる。

 里では高齢者が圧倒的に多く、昔のように里山で活躍する関係者は少なくなった。世代間人口が最も多い団塊の世代が山に入らなくなっているだけでは説明が不十分だ。年金受給の歳になっても稼ぎを地域外に求めざるを得ない緒事情があるように、里山の関係人口は激減しているのだ。

 里の農地でさえ耕作放棄地が増えているのだから、里山の現状は容易に想像できる。少なくとも、識者が提言するような、クマと人間が共存する道など、(一般論としてはともかく)具体的なこととなると無理筋の提案に思えてしまう。もはや、里山はツキノワグマに明け渡していると言えるのかもしれない。しかし、何としても里だけは死守したい。そこで暮らす・暮らしていく人々がいるからだ。


column_abe65_3.jpg 普及員だったころ、山村でニホンカモシカの食害が問題になり、次いでサル、イノシシ、シカの順に、農作物の食害被害が提起された。
 多くの地域では、営農意欲の低下、耕作放棄地の増加、居住環境の悪化が問題視されてきた。中でもツキノワグマは生態系のトップに君臨し、時に危険を伴うだけに深刻な問題だ。里で目撃されるケースが増加しているのが最近の傾向だとすれば、この2、30年で何が変わったのか? 人口減少という理由だけでは発想が貧弱だ。里山の関係人口が圧倒的に減少したという仮説がスンナリ落ち着くようだ。


 里山は守れないかもしれないが、里だけは死守したい。猟友会が活躍できるような体制を含めて、活動に協力することがベターで、即効性のある選択肢は他にはないように思えて仕方がない。後年、このような状況を「令和クマ騒動」「令和クマ合戦」と名付ける人が出てくるかもしれない。
 里山ではクマと妥協するも、里では元気な高齢者が狩猟免許を取得して戦う必要がある。これからの里のキーワードは「猟友会員の絶対数の確保」なのだろうか。ちょっと大変なことになりそうだ。


 
●写真:普及指導員の活躍(3) 上から
・水稲の生育調査を注目される
・トマト農業者と生育状況の確認
・イチゴ農業者と懇談
・加工品試作をアドバイス

あべ きよし

昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。


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