ときとき普及【59】
2023年05月26日
農業の属地と属人(その2)
この春は温暖傾向だが、朝晩は冷え込むことが多い。ゼンマイは雪解けの早い山の斜面の上から伸びだすが、今年は上も下も関係なく一斉に伸び出した。もちろん、系統によって早晩の違いはある。近頃は、人が採取したゼンマイの折後が少なく、関係者の激減が実感できる。採取後の乾燥というひと手間があるため、敬遠されているらしい。
5月中旬になると、そろそろゼンマイのシーズンも終盤で、ワラビが最盛期を迎える時期になる。ワラビは手軽に採取できる山菜だが、群生地は意外に少ない。かつては、屋根を葺く茅(カヤ)を採取する集落共有地が格好の採取地になっていた。もう一つの採取地である雑木林、杉林の伐採後も激減しているので、採取地は少なくなっている。
代わりに、里山近くの転作田に植栽する事例を散見するようになり、視覚的には少なくなったとは感じない。「育てる山菜」として、高齢者が属人管理することが多くなっているからだ。
一方で、「無断で採取される。栽培地であることを理解できないハズはない。これは犯罪行為だ」という地区民の嘆きが聞こえてくることがある。「果樹や野菜に比べ、ワラビは自生地と栽培地の境を判断しにくい(=しない、したくない)」という、身勝手な採取者の倫理観が問題なのだ。私が普及員だった頃、栽培地は公有地の場合が多く、「怖いものなど何もないハケゴ部隊が押し寄せる」と、栽培関係者は恐れていた。公有地や共有地での共同管理が少なくなっているためか、最近の事例は私有地の営利栽培地での盗難が多い。
過去2年間、普及指導員に同行し、県内各地の農業法人や産地を訪問する機会があった。
訪問した法人は集落営農から属地的なつながりで、法人もあれば、一戸一法人となったケースもある。最近は、農村において農業法人が珍しい存在ではなくなっている。それだけ絶対数が増加している。さまざまな議論はあるが、農業法人抜きで地区の農業は語れない現状になっているようだ。
農業法人の中には、経営を追求した結果、他の農業法人との関係性を深めている事例があった。異業種との協働を模索する場合もあった。関係先は同業だけでなく、食品産業、観光業、販売業などの異業種のほか、個人経営の農業者がカウンターパートになる場合もあった。関係先は経営目的によって探し出し、自社が業界団体に属する場合は関係先の紹介などで、研究組織に所属している場合はさらに容易だと話してくれた。農業においても、法人経営は驚くほどのスピードで変化しているのだ。
ある大規模な稲作法人は、近隣の畜産法人(肥育)との関係を深めていた。
飼料用米の安定供給をキーワードに、その法人は飼料用米の低コスト生産を、関係先の畜産法人はSGS(ソフトグレインサイレージ)によって、肥育牛の飼料自給率を飛躍的に高めていた。必要に応じて適切なアドバイスをする普及指導員の存在と、彼らの普及活動(マッチング)が頼もしく感じた。それでも、「農業法人を対象にした普及活動は、昔ながらの普及手法そのものだから当然といえば当然だ」と、斜に理解してしまった。3月に開催された普及指導員等対象の研修会で、「普及指導員は、コーディネートよりマッチングの方が大事かもしれない」と発言したのはこの理由による。
「コーディネート」と「マッチング」は本質的には違いがないが、普及活動では、より具体的な「マッチング」が好ましいと感じた。「農業者を支援や産地育成などの普及活動の本質は、マッチングに違いない」と考えながら、研修会では、「これはあくまでも個人的な考えで、定説ではないので注意が必要」と、付け加えることを忘れなかった。
昔ならば、土地利用型の農業法人は属地に存在するという立場から、地域から応分の役務を期待されるのが常だった。圧倒的に少ない農地(借地)を集めるための手段になっていたからでもある。
施策に対応して、集落営農から大規模な農業法人になった場合でも、農業経営の改善は進んでいた。「農業法人の設立は手段に過ぎず、経営環境の変化によっては、離合集散することが必要になるかもしれない」と、訪問先の農業法人に問いかけた。「本業部門が黒字の法人に対してとんでもない発言をしてしまったが、代表者が知人だから大目に見てくれるだろう」とは、甘い考えだったか。
ほとんどの農業法人は、他部門を導入している。訪問先では、「マーケットとコストを考えずに、労働力対策のために導入するのは安易すぎる。本業(主部門)の生産性低下に陥りやすい」、「従業員対策ということもある」、「数年かけて黒字化したい」などの会話で盛りあがった。「代表者は、責任の重さに比べて報酬が少なすぎる。この法人を自己責任で自在に切り盛りしたい」とは、勝手に代表者の真意を憶測した私の感想だ。
ある畜産法人は、利益追求が企業の前提になるのだとすれば、「儲かる畜産経営には、次世代の継承者が育っている」と話してくれた。「継承者(後継者)がいる畜産経営は、それなりの利益を上げている経営なのだ」と。飼料高騰などで、畜産経営の環境が厳しさを増している中、「経営のあり様が継承者を育てる。それがすべてだと考えている」という、実に説得力のある説明を聞いた。たしかにそうだと思った。この畜産法人の話を聞いていると、会社法人はかくあるべきと思えてくる。
儲かる野菜・果樹産地には、後継者が育っている。県内の老舗のメロン産地は、産地を構成する農業者の平均年齢が驚くほど低かった。儲かるがゆえにUターンが多いという。また、夏スイカのブランド産地では、最大の労働力問題を、大規模選果施設で解消することによって産地の優位性が発揮できており、結果として、経営の収益性が高まっている。(説明は省略するが)優秀なブランド産地は、新規参入希望者が多いという。前段に実施している研修生が順番待ちだという、今どき実にうらやましい話だ。
そこで暮らす人々の生活に魅力があるからこそ移住者が注目し、最終的に定住するという。また、定住の課題として、農業経営を検討・議論することが多い。移住した新規参入者のすべてではないが、多くの人が、移住先の農業者の実践する、農業経営の魅力が定住の決め手になったと話していた。新規参入者は、農業経営を属人として判断する(したい)ようだ。
「"普及"は考える農業者を育成することで、いわば、平均クラスか、少し上のクラスの農業者に育ってもらうために事業を行っている」と、先輩普及員から教えを受けたことを覚えている。だからこそ、地縁集団や目的集団といっても、属地的なまとまりのある集団を普及対象にすることに疑いを持つことはなかった。
時代は変化し、数多(あまた)の農業法人が設立される時代になると、彼らは属人として農業経営を実践し、地域における影響力を高め、その代表者は間違いなくトップランナーだ。彼ら(農業法人)に対する普及活動は大変なのだろうか。そのような普及活動は、妙にドキドキして楽しいだろうと、私は思っている。(次回につづく)
●写真は山菜園の仲間。上から
・ネマガリダケ:植え付け3年目
・ギョウジャニンニク:20年以上も据え置き栽培
・ウド:塩蔵するには少し早い状態
・オオバギボウシ:上位に強健な山菜

あべ きよし
昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。