ときとき普及【51】
2022年09月30日
病害虫と農薬
視力の低下で年齢を感じる人は多い。自分の場合は、新聞の活字が読みづらくなったことで、実感するようになった。今風の表現では「"大人の目"になった」と言うらしい。
若い普及員だった頃、アブラムシ類などを肉眼で確認することは訳なく、スリップスやハダニでさえも容易だった。とはいえ、さらに小さいホコリダニは難しかった。視力は密かな自慢で、当時の健康診断で視力検査の一番下の文字・記号や数字を識別できたが、視力2.0ではあまりにも田舎人ぽいと考え、一つ上の段(1.5)を答えることにしていた。
県職員採用初年度に、普及員を対象にした10カ月間の専門技術研修を受講したことがある。その研修の終盤に、研修先の園芸試験場で、植物組織培養施設の立ち上げに参加することになった。イチゴの茎頂培養の際には、肉眼で茎頂の近傍まで、楽々作業していたほどだった。むろん、仕上げは実体顕微鏡のお世話になったが、それは、できばえの確認のためだった。
採用一年目に専門技術研修を受講した普及員は、後にも先にも自分だけだった。「一年目の長期研修は、さすがに課題が多い」と、県の主管課が判断したのだと聞いている。いわゆる新任者の業務上・職場環境での悩みなどもなく、本当のところ楽しい研修だったが、遠慮がちな気持ちで「大変でした」と報告したのが間違いだったのかもしれない。
ルーペ、メジャー、温度計、ポリ袋、メモ用紙(調査版つき)、カメラ、摘果ハサミ(果樹や花き専門の普及指導員の場合:剪定ハサミ、片手のこぎり)を、個人的に普及員の七つ道具と呼んでいたことがある。
土壌診断の場合はスコップ、移植ベラ、簡易ECメーターやpHメーター、生育診断の場合は葉緑素計を携帯することがあった。圃場によっては長靴や特長、天候によっては雨具が必要な場合があった。普及員によっては、道具類をプラスチック製の買い物かごに入れて持ち歩くことがあった。
蛇足になるが、平成に入った頃の普及事業では、現地診断車として道具や計測器を積んだ公用車導入の農林水産省補助事業が実施されたことがあった。普及係長だった自分は、事業効果に疑問を持ちながらも、何台もの現地診断車を導入した。補助事業の目的は、「勘」と「経験」の普及活動から、データに裏付けられた普及活動が求められるというものだった。実際は、普及所には「勘」と「経験」が豊富な普及員だらけだったこともあり、現場の普及活動に大きな変化はなかったが、現地診断車と診断機器で活動する普及員の様子は、農業者の普及活動への信頼感を高めるのには十分な効果があったと思っている。
40歳を過ぎると、その道具のうちの一つ「ルーペ(虫メガネ)」を多用するようになった。日常生活では新聞を読む際に。ハダニを確認する際にも、視力の低下を実感するようになった。"老眼"ということで、遠近レンズを勧められたが、日常生活では相性が悪く(単に使いこなせなかっただけ)、しばらくは、必要な時だけかけ替えていた。法律上の高齢者となった現在では、遠近・中近・ドライブ用(遠近の一種)の3種類を、用途に応じて使い分けている。
スリップス類やハダニ類は、葉の表面の特徴ある変化(被害)によって判断することができるが、農薬散布の判断や散布効果を確認する場合は、葉の裏面の害虫そのものを確認する必要がある。「暗がりの場合は良く見えない。遠近レンズとルーペは相性がすこぶる悪い」とブツブツつぶやきながら、悪戦苦闘していた。
ある時、その様子を農業者が注視していることに気づいた。ハダニ(や病気)の確認の程度に関わらず、道具類は、農業者への説得力を高める効果があると感じた瞬間だった。普及員にとってメジャーやルーペなどは、医者にとっての聴診器のような道具なのだろう。
「最近、普及センターの先生は、農薬について明確なアドバイスをしない」という話を農業者から聞くことがあった。
「農薬取締法があるから、慎重にならざるを得ないのだろう」「同一成分の薬剤でも剤型が異なるし、多様な種類の作物や品種が存在するため、ますます慎重になっているのかもしれない」と説明した。
「薬液をつくる場合、どんな順番で混合している?」と聞いてみたところ、「意識したことがない」とのこと。その後、混合の順番のほか、高濃度・少量散布の無人ヘリ、ドローンの防除の実例や、殺菌剤、殺虫剤や除草剤などについて、話が盛り上がった。
話をしながら、栽培講習会のことを思い出した。
「薬液は、流れるほど大量に散布しても、防除効果は高くありません。ドリフトの心配がない場合は、微細霧になるように高圧で散布します。しかし、動噴の噴頭の噴板はスチール製のため、使い続けると口径が大きくなるので、一年に1回は交換しましょう。セラミック製の噴板もありますが、こちらの方は口径に変化がないため、スチール製に比較して高価ですが、いわば一生ものです。展着剤は機能性の高い種類が販売されているので、積極的に使うようにしましょう。ただし、薬剤の種類によっては使い分ける必要があります」等々、こんな話を聞いていた記憶がよみがえってきた。
「普及員は、具体的な農薬は提示しない。産地側で選択した農薬を普及員はチェックすることができる。スケジュール防除が行われている果樹・水稲は、何重ものチェックを行う」。これは、平成の時代に起きた農薬問題から整理された普及活動の在り方になった。
最近の普及指導員と農薬に関しては、我々OBが経験してきた普及活動の延長線にあるのかもしれない。
●写真上から
・9月になって花盛りになったアサガオ
・最近見かけた、栽培が珍しいタカキビ
・パイプハウス内で乾燥中のタカキビ

あべ きよし
昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。