ときとき普及【40】
2021年10月28日
農村の風景(その5)
秋が深まってきた。
柿の実はいつの間にか色づいていて、空高く白鳥が飛来する姿を、鳴き声を合図に見つけることができるようになった。
今年は冬の大雪被害が忘れられない。雪が消え、春本番になったら甚大な降霜被害に見舞われて、春作業が始まったことを思い出す。
山形県は、オウトウやラ・フランスなどの落葉果樹の産地になっていて、産地規模が大きい。当然、農業産出額における比率が高い作目のため、果樹への深刻な降霜被害により、多くの果樹農家から落胆の声が聞こえてきた。昨年の最上川の氾濫水害、今年の空梅雨を思い出せば、天候の振れ幅が、年々大きくなっているように思う。そして災害のたびに、普及指導員に期待される事が多くなっている。以前のコラムにも書いたように、事後対策は普及指導員の独壇場になっているからである。
米といえば、6~7月の干ばつや8月の曇天、旧盆以降、最低気温が急激に低下したことにより、登熟不良が心配されたが、9月になって天候が持ち直し、農林水産省が発表した作柄は単収628kg、作況指数104の「やや良」だった。この数字は過去最高で、もちろん全国で最も高い数値であるという。農家目線では、網下米が多という声があり、豊作感はないとの実感を持つ農家が多いようだ。中には、「本当だろうか」「何らかの意図を感じる」と話す関係者もいるらしい。しかし、作柄の地域差や農業者間の差はあるにしても、統計数値はほぼ正確で、「今年はたぶん豊作なのだろう」が正しい認識だと思っている。
私が若い普及員だった頃、稲作専門のI先輩普及員が、挨拶の中で今頃の季節を「出来秋」と表現したことがあった。話を聞きながら、頭の中で文字を組み合わせてみた。言葉の持つイメージは、単純に収穫時期を表現するのではなく、「豊作」をイメージする響きがあって、ちょうど「稔りの秋」と同じように受けとめた言葉だと考えていた。同時に、水稲の生育状況に関しては、「出穂(しゅっすい)」を「でほ」と発言していて、野菜専門の自分には新鮮な響きに感じた。さっそく、研修会や講習会で「出来秋」を使ってみたが、参加者の反応からは、まったく響いていない様子が感じ取れた。それ以来「出来秋」は封印することにして、現在に至っている。当時、「出来秋」の言葉の持つイメージは「豊作」の匂いがしていて、それは、稲作へのエネルギーが、農業者や農村社会に十分過ぎるほど存在していたからかもしれないと、勝手に解釈していた。
人口減少が問題ではなかった頃は、「農村」と「農業者」は同義語に近い使われ方がされ、農業者の稲作に対するエネルギーは、どの地域でも高揚していると感じ取れた時代だった。米そのものの持つ経済性の高さのみならず、精神性も、農業者にとっては絶対的な価値観となっていた。米生産の全量を国が関与し、農業者にとってのカウンターパートの先には、国という絶対的な対立軸があるからだと推測してみたこともあった。
当時山形県では、水利が可能な津々浦々に競って水田が開かれた。稲作の篤農家は尊敬され、将来にわたって語り継がれている人もいる。研究機関の年一回の参観デーでは、試験田の周囲が大勢の参観者でにぎわったという話を先輩普及員から聞くことがあったが、今の普及指導員には、このような話は信じてもらえないだろう。
話を今に戻そう。
普及指導員が普及計画を始める段階になると、「指導対象の組織化が難しくなっている」という課題では、「農業者のニーズをどう把握していいか分からない」と話す若手普及指導員がいるらしい。若手だけではなく、中堅普及指導員も同じ悩みがあるという。これは今に始まったことではない。振り返ればニーズの把握は難しく、アバウトに近いところで妥協したことが多かった(これは自分の情けない話)。
・・・・担い手農業者の減少が著しいのであれば、ニーズの分析は、たやすいのではないか。担い手減少は、プラス面もある。普及指導員は、農業者の意見をよく聴いて普及活動するべきであろうが、往々にして、好きな農業と似合う農業は異なる場合が多く、いわば意訳するのが普及指導員のあるべき姿だろう。逃げていることも問題だが、普及活動で、まったく気づかない普及指導員は間違いなく存在するので、普及事業の先行きが深刻だ。まったく困ったものだ。・・・・・
かつての仲間で、現職のW普及指導員やT普及指導員に、このような話を(淡々と)愚痴ってみたところ、「そういうことは、ないと思います」という答えが即座に返ってきた。
「こんな会話ができる普及指導員は頼もしい。恐らく農業技術普及課(山形県の普及センター)の若手普及指導員は、大丈夫だろう」という思いを巡らした。この部分は、後日伝えたいと思う。
昔の先輩普及員の一人として、気の利いたアドバイスの一つや二つは普及指導員に届けたいと思っている。しかし、具体的な提案をしようにも、響くものがないのではないかと、心配してしまう。
●写真上から
・秋を代表するコスモス
・今年は黄花コスモスを多く見かける
・今では少なくなった燻炭をつくる住民
あべ きよし
昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。