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ときとき普及【36】

2021年06月28日

農村の風景(その1)


やまがた農業支援センター 阿部 清   


 先日、農林業センサスの確定値が公表された。山形県の販売農家は、前回(5年前)に比較してマイナス17.2%の厳しい内容だった。

 農村から、農業者の絶対数が少なくなった。当支援センターのT理事は、「田植え時期に回りを見渡して、田植え機を3台発見したら田植え最盛期といえる」と、寂しそうに話をしていた。以前、「畦畔の草刈りをしていて、一人の姿も見えず、無性に農業が嫌になった」と言った農業者がいたことを思い出す。見渡す限りの田畑の中に、目的が同じ人を確認できないという寂しさは理解できる。


column_abe36_1.jpg 露地栽培の夏秋キュウリの圃場では、圃場周囲に風害予防のため、数ミリメッシュのネットを張り巡らせるのが一般的だ。多くはブルーネットだが、ネットの反対側が見えにくいという特徴がある。この状態を「外からはキュウリのアラが見えない」と、軽いノリで農業者を揶揄し、ひんしゅくを買って後悔したことがある。農業者にとって、境界が安心感を高める効果があることを後になって知り、納得したことがあった。携帯ラジオ共々、農作業での淋しさ(孤独感?)を和らげているのだった。数は少ないが、景観に溶け込みやすいと個人的に感じているシルバーのネットも同様だ。圧倒的に多く使用されている防風ネットがなぜブルーなのかは、特段の理由はないかもしれない(最近、網戸に使われているブラックネットは良く見えるので、その効果はないだろう)。


 多くの農作業が「組み作業」であることを知っていれば、単独作業のモチベーションの維持は大変だ。デジタル機器や先進農業機械が登場しても、それは変わらないだろう。製造業や建設業はほとんどの場合、組み作業で効率を上げている。だからというわけではないが、農業法人でも兼業農家でも、農作業が目的化しているように感じてならない。遅れがちな農作業を急かされてこなしていることを考えれば、農業法人の代表者が農作業の効率化に、とりわけ関心が高い理由が理解できる。


 平成の初め、県の農業振興計画のアクションプラン(実施計画)を策定する担当になった。当時も今と同様に、農業の担い手(農業従事者)が減少傾向であるという危機感が共有されていたが、販売農家は現在の2.7倍の7万余もあった。
 農地の集積率の目標は数値化されたものではなく、「太宗を占める」といった表記だったと思う。「太宗とは、具体的にどのように考えればいいのか」と、農林水産省から県に出向していたI農政課長に質問したことがあった。「60%をイメージしたらどうか」と言っていたが、その頃、農地の担い手農業者への集積率は50%をはるかに下回っていた。農業従事者の減少傾向には歯止めがかからず、世代交代するまでには半減するような統計数値だったのを思い出す。
 「60%を超えたら、見える景色が違うかもしれない」とは、I課長のつぶやきだ。現在、山形県の平坦地域の水田の担い手農業者への集積率は80%を超える水準だ。果たして、現在見える景色と言えば、「広大な水田地帯で、田植えの最盛期なのに、田植え機は3台しか見えない」である。
 

column_abe36_2.jpg 今月は、山形県特産のサクランボの収穫最盛期だ。かつて、議会での質問に山形県の園芸特産課長が「果実そのものはサクランボ、樹全体はオウトウという」と答弁している。
 サクランボは受難が続いている。昨年夏の最上川の浸水被害、冬の大雪による樹体被害、そして、初の記録的な凍霜害と開花期の天候不良による結実不良。山形県の作柄調査委員会は、花束状結果枝当たり1.2個(平年1.9個)と、少ないと予想していた。県内のマスコミは、出荷量が1万トンを下回る、記録的な不作になる可能性を記事にしていた。山形県にとって、サクランボは初夏の風物詩というだけでなく、生産額が350億円以上の主要な農産物で、関連する経済規模は、その数倍にもなる重要地位を占めているといわれている。


 当農業支援センターのT理事は、サクランボの記録的な不作を契機に、農業をやめる人が増えるのではないかと心配している。たしかに、雇用労力を活用した大規模経営が今風の果樹経営ではあるが、小面積のサクランボを維持してきた多様な農業者もまた、産地を維持する上での貴重な戦力である。多くの高齢者は、果樹園を閉める時期を模索しており、今回の記録的な不作が、この契機になるのではないかとのことだった。

 水田の基盤整備が仮換地の時期を迎えると、不換地を希望する地権者が多くなってくるという。負債の多少に関わらず、相続放棄を選択する相続権者が多くなっている事実に驚くのも、今日この頃のことである。農業を廃業するには、大義名分が必要なのかもしれない。きっかけとして記録的な不作や災害があるとしたら、それは悲しい現実でもある。販売農家の減少は、こうして加速度的に進むのだろうか。令和2年度に、平成2年の販売農家の40%弱に落ち込んだという現実を受け止めるには、もう少し時間が欲しい。


 6月は『さなぶり』の季節でもある。「田植え後、田の草取りの前の一時に、こぞって骨休めする時期のことで、『さなぶり』は『早苗饗』という字をあてる。田植え初めに田の神を迎える行事『早降(さおり)』に対するもので、田植えが終わって田の神を送る行事、または、その時に行う飲食の行事のことをいう」とされている。販売農家や農業従事者の激減を背景に、農村の年中行事が廃れて久しい。『さなぶり』も同様に、農村住民の会話の中だけで生き残っているに過ぎず、もうじき死語になってしまうのではないかと思う。
 農業の担い手が激減した時代の普及事業は現役の普及指導員に託すことになるが、せめて、普及のあり方の視点を届けてみたい。


●写真 :「篤農家の証」上から 
・チェーンポットのネギ苗を定規を引いたように定植
・JAS有機の水稲の美しさに目を奪われる

あべ きよし

昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。


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