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ときとき普及【28】

2020年10月29日

令和X年の農業者(その1)


やまがた農業支援センター 阿部 清   


 今回から「令和X年の農業者」と題して、ある農業経営の令和X年を大胆に予測してみたい。


***


●農業法人Aさん(40代、いわゆる団塊ジュニア世代)の場合


 父親の経営を引き継いだ時の経営耕地面積は5.2ha。10haの借り入れ希望を農地バンク(農地中間管理機構)に申請した。その後段階的に借り入れが拡大し、現在の経営耕地面積は30haになっている。
column_abe28_1.jpg 集落営農的な法人設立の話が舞い込んできたが、地域ではまだまだ農地の所有意識が強く、集落の合意を得るには5年以上かかると考えた。色々悩んだあげく、個人経営を選択した。
 周辺集落では地域の農事組合法人の再編の動きが出ていて、担い手から担い手への農地異動が現実のものとなっている。意思決定が自身で可能だったあの時の選択は、今のところ正解だったと思っている。しかし、今後はわからない。経営は生き物だとつくづく思う。

 平成29年には米政策の見直しがあって、30年には新制度への移行を経験した。 ぬけがけする農業者は必ずいて、過剰生産は間違いないと考えていた。国の情報では、今年度産米の過剰生産は約5%、35万t程度とのことだったが、マーケットは思惑で一気に冷え込み、平成26年と同様の9,000円を割り込む価格が目前だと言われている。収入保険に加入しているので少しは下支えになったが、資金繰りは厳しかった。これを機に、離農が飛躍的に進むことになり、仲間の農業法人の経営破綻にショックを受けた。

 地域では担い手の高齢化が著しい。短期間に、こんなにも多くの水田を自分が経営することになるとは思ってもみなかった。 地域の年寄りは、自分のことを「にわか大百姓」と、面白おかしく例えている。


《春》
 町の農業再生協議会から、今年産米の需給調整情報が届いた。需要量が一段と減少しているとの情報だったと思う。JAとは去年の夏に、売買の仮契約を結んでおいたから、加工用米で調整することにしたい。新規で可能なら、備蓄米の申し込みをしようか。 友人は輸出米の比率を高めるといっていたが、自分の取引先に輸出関連業者はいない。早めに契約内容を調整して、再生協議会に需給調整計画書を提出しなければと思う。


《夏》
 今年の天候は比較的順調だ。 数年前に、ブランド米以外はすべて直播に切り替えた。移植栽培と比較すると、多収にはなりにくいと思うが、無理をしないなら10俵程度はとれるだろうか。
 これだけ米価が低下してくると、コストカットだけでは限界がある。紙袋からフレコンパックに変更していたことが幸いだった。 物財費は60kgあたり6,000円程度になったが、これ以上の削減は難しい。賃借料は10aあたり5,000円と相当低下したが、まだまだ高いと感じる。中山間地域では無料の事例が多くなったと農地バンクの職員が話していた。機会があったら農地バンクの考え方を聞いてみたい。
 米の直接払交付金があったころが懐かしい。
 JAから、次年度の売買の仮契約の説明があった。


《秋》
 今年産米の需給動向が気にかかる。全国の作柄は102で、平年並みとのことだった。 JAとは約60%量を、通常米10,000円、ブランド米13,000円で売買契約を結んでいたから、とりあえずの販売先は安心だ。残りは直販とネット販売を予定しているが、取り扱いはなかなか拡大しない。それでも、数年前に比べてネット販売が次第に増加してきた。全量をネット販売にしている農業法人の話も聞くが、自分はうらやましくは感じない。周辺の協力農家からの集荷と発送に相当なコストをかけているようだが、それでも、地域の農業者に好影響を及ぼしていることになるのだろうか。

 山間地の集落では、担い手農業者Bさんの急逝により、約20haの農地が宙に浮いていると聞いた。小区画で不整形な水田では誰も引き受ける人はいないだろう。結局、荒れ果てていくのだろうか。 最近、担い手の耕作する水田が宙に浮くケースが多いようだ。 当町でもリタイアする担い手が多くなっていると聞く。

 農地バンクや農業委員会からの農地の斡旋については、規模の拡大となり、経営そのものを見直し、生産設備も増強しなければならないから、一大決心が必要だ。 設備投資は慎重にならざるを得ない。 賃借料が大幅に安く-例えば無料にでもなれば考えてもいいが・・・。
 忘れていたが、需給調整報告書を早めに提出しなければ。


《冬》
 集落の集まりで水路の維持の話がでた。 ここ数年、地区の保全会で維持していたが、耕作者以外の人から負担軽減の要望が出された。 経営を引き継いでここまでやってきたが、水利の話から、経営の苦しさがじわじわと増してくるような気がする。
 ここだけの話だが、たまには思いっきり需給がタイト、もしくは大幅に緩むような変化がないと、経営はメリハリが少なく硬直化しやすいのかもしれない。この状態では、ただ終焉を待つだけではないかと不安がよぎる。 野菜は価格変動が大きい分、マーケットの変化が経営を直撃するから、否応なく経営の変化が生じているという。

 70代の夫婦が、小さな農業を楽しく行っている姿がうらやましい。かつては、大規模農業法人を経営していた先輩だ。経営を拡大するのは厳しいが、縮小するのはたやすいということか。ましてや、十分なスキルがあれば成功間違いなしといったところか。自分も60代になったら、承継・譲渡ができる経営環境にし、最後は楽しい農業をやってみたい。


(注:これは架空の話です)


***


column_abe28_2.jpg 現在、本県の10,000戸弱の認定農業者のうち、専業、複合を合わせた稲作農家は7,000戸ほどになる。一方、農地バンクの受け手農業者は、令和元年度末で4,200戸であることから、本県における将来の稲作農業者は3,500戸程度になると予測した。平均的な稲作農家は30ha規模、理想的な団地数は3団地であるが、当分の間6、7団地に水田の集積が進むとして、将来展望を大胆に(?)予測してみた。

 先日、農林水産省から令和3年産米の需給予測が公表された。「生産のめやす」が700万tを切るという、米政策経験者からすれば衝撃的なデータだった。米主産県の本県でも、主食用米の生産のめやすが50%になろうとしている。稲作の現場に悩みは尽きず、稲作・農村の模索が続くのだろうと思う。令和X年は稲作経営者としての覚悟(?)が問われるのではないだろうか。そのような状況でも、普及指導員は頼られる存在であり続けてもらいたい。


●写真上から ススキ前線は新庄市から始まる、トマトの研修会

あべ きよし

昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。


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