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ときとき普及【4】

2018年10月29日

良い手間、悪い手間の巻(その1)


やまがた農業支援センター 阿部 清   


 ・・・昨年、農業普及活動高度化発表会で第1席に輝いた山形県最上(モガミ)地域のニラ産地の30年前のこと・・・

column_abe4_1.jpg 「生活改良普及員のM先生から、ニラの刈取り労働の実態を調査したいとの相談があったが、ちょっと忙しかったので、『朝3時半から作業をするので、都合がつけばどうぞ』と冷たくしてしまった」(申し訳なさそうに話すI生産部会長)
 「・・・・・」(理解できない私)
 「次の日の早朝、3時半頃に圃場に行ったら、薄暗い場所に不審な人物がいた。ストップウォッチとメジャーを手にしたM先生だった。驚いたね。朝3時から待っていたとのことだった」(しきりに感心するI生産部会長)
 「今のニラ産地は、爺ちゃん、婆ちゃんの労力を活用した栽培が多いけれど、これからは雇用労力を活用した大規模経営が主流になると思っている。そのため、普及所では、労力の面から生産を再検討したいと計画している。労働データは大切だから」(私)
 「M先生は若い女性じゃないですか。暗い圃場で待たせてしまって申し訳なかった。まさか、本当に調査に来るとは思っていなかった」(I生産部会長)
 「自分も、農業労働担当普及員のデータ収集が、そんなに早く動き出すとは思ってもみなかった。データを集計し、改善案ができたら、生産組織の皆さんに説明する機会を作りたい。その時はよろしく」(私)
右上 :ニラ圃場


 ニラの商標、「達者DE菜」は、爺ちゃん、婆ちゃんから都会の子供達への贈り物としてネーミングしたものだった。ニラ産地にとって高齢者の労力活用は大切で、高齢者は産地を支える多様な担い手であり続けるものと信じて疑わなかった。
 労働データから、定植機とセル育苗システム、半自動袋詰め機と全自動包装機、回転作業テーブルや収穫補助具などの導入の必要性を産地に提案し、次第に波及するようになった。
 販売額が5億円を突破し、産地の前途は洋々だった頃、私は再び行政の職場から同じ普及所に異動になった。100年に一度といわれた大冷害の次の年、暑い夏が続くある日、今度は産地存亡の危機に遭遇することになった。K農協との話し合いが進むにつれ、事態の深刻さが浮き彫りになった。

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左 :達者de菜 / 右 :ニラの袋詰め機


 「夏場のニラにクレームが続出している。どうしたらいいのだろうか」(O営農指導員)
 「どういうことか?」(まだ深刻さが理解できていなかった私)
 「ニラが市場に着荷した段階で、すでに腐敗があり、その時点では大丈夫なものでも、売り場に陳列後の夕方にはしおれているらしい」(O営農指導員)
 「産地での予冷作業に問題がないとすると、収穫したニラの品質が問題になる」(私)
 「調整作業を行っている作業場も暑い。昼食後、ウトウトしながら作業している婆ちゃんを見かけることがある。それに、・・・」(O営農指導員)
 「1ケースに満たない場合の、繰り越し出荷のこと?」(私)
 「婆ちゃんは『今』の時点で品質を判断し、明日のことを理解してくれない。荷受会社からは、今シーズンは出荷しないでもらいたいと言われ始めている」(かなり深刻なO営農指導員)
 「クレームを分析すると、特定の品種に、3番刈り、4番刈りに問題が多い」(O営農指導員)
 「生産者に説明するには根拠が必要だね。乾物率で説明できるか、至急取り組んでみたい。ただし、改善策を生産者に提示すると、手間活用の小規模栽培者の栽培が難しくなるかもしれない。これまで、産地を下支えしてくれた生産者を困らすような改善策になってしまうかもしれない」(私)
 「農作業の手間は、つい最近まで無尽蔵。農繁期に一家総出で手伝うのはもちろんのこと、一族郎党が馳せ参じて農作業を手伝うこともあったな。今は昔だけれど」(O営農指導員)
 「『結』のことだね。この町では、これに冠婚葬祭をかぶせて、一家仲(イッケナカ)といっているね」(私)
 「小規模生産者の手間が回らなくなって家族に無理をかけると悪い手間、大規模生産者が手間を有効に、効率的に活用すると良い手間になるかな。産地を下支えするやり方が異なるだけだけれどね」(私)
 「クレームの嵐からは、早く逃れたい」(O営農指導員)


・・・・・・


column_abe4_2.jpg 「ニラの乾物率は、5%台から8%まで広がりがありました。考えていたとおりです。7%台のニラは、確かに日持ちは大丈夫ですがおいしくない。大丈夫でしょうか?」(心配する調査担当のW普及員)
 「秋冬ニラだったら、そういえるかもしれない。当産地は夏ニラ産地であるのだから、流通できるニラを最優先に考えよう。少なくとも、乾物率7%台のニラは流通できるのだから、食味は二の次でいいのではないか」(乱暴なことを発言した私)
 「乾物率8%のニラは束ねる時にカサカサと音がするという、固いニラのあれですか?」(W普及員)
 「消費者ニーズは大切だけれど、流通できることが前提なのだから、今回のケースは食味より日持ちを優先して考えてみよう。日持ちが良いニラは手間がかからないのも間違いがない」(私)
右 :栽培講習会


 普及所では、品種問題の議論に決着をつけ、圃場での刈り取り制限(2回収穫)、施肥改善を産地に提案することした。大きく落ち込んだニラの生産額は、2年後にはV字回復し、産地存亡の危機から脱出することができた。

 夏ニラの産地は、常に品質管理と向き合わなければならないと思う。クレーム対応の普及活動を行っていた頃、乾物率をベースに「熟度」という高品質ニラの概念を作りたいとの夢を抱いていた。今度、この普及所に異動なったら・・・、との思いを果たせずに退職となってしまった。機会があったら、現在、担当している普及指導員に夢を託したい。

(画像提供:山形県最上総合支庁産業経済部農業技術普及課)

あべ きよし

昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。


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