きょうも田畑でムシ話【154】
2026年01月09日
ミニ系タマムシ――小さくても大きな輝き
年の初めには、めでたく、景気のいい話をしたい。とはいうものの、ウマい話はそうそう転がっていない。あるとしたら、気をつけないといけないご時世だ。
それでも時には、へえと感心するような事や物に出あう。
例えば、ツノゴマの実がそうだ。「鬼の爪」とも呼ばれるが、知る人ぞ知るといったレアな植物だと思っていた。よほどのスキモノでないと、わざわざ栽培することはないだろう、と。その一方で、一度植えれば翌年からこぼれ種でわんさか増えまっせ、といかにも景気のいいうわさも流れていた。
それならと栽培したことがあるが、発芽率は悪く、やっとこさ芽が出たと思えば、知らないうちにしおれてしまうものが多かった。
粘着質の粒が、葉や茎にあった。だから虫なんて寄りつきそうにないのに、ナメクジにかじられた。結果的に、ほんの数個の実を手にしただけである。
右 :「鬼の爪」のあだ名も知られるツノゴマ。見るからにおっかない実だ
このごろは、外来雑草もなにかと話題になる。近所だとアマゾンフロッグピットやナガエツルノゲイトウといった水草をよく見るが、そうした新参者ではなく、先輩格として知られるヨウシュヤマゴボウがフラワーショップで売られているのを見た時には驚いた。
一株だか半株だかわからないが、すでに実をつけたものが1本900円近い値で花材として置いてあった。名札がないので店員に尋ねると、「ヤマゴボウ」だと言われた。漬物などになる「山ゴボウ」はモリアザミやフジアザミの根だ。ヨウシュヤマゴボウは全草が有毒だから、気をつけないと大変なことになる。
肥料がきいた土で育ったアカザは、かなりの大株になる。それを引っこ抜いて乾燥させれば水戸黄門も愛用したとされる杖になる。
そんなアカザも育てたことがある。結実後もしばらく放置したため、いまでは庭のあちこちで生え放題だ。軽い杖の材料が増えると思えばありがたいが、雑草とみれば邪魔者でしかない。
同類のシロザは、アカザのように大きくはならない。ずっと、そう思っていた。
ところが昨年初めて、巨大化した株を見てしまった。しかも畑いちめんがシロザなのだ。何かに使うつもりで栽培されていたのだろうが、それにしてもあまりにも大量なので、気になってしかたがない。
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左 :青紫の実をつけたヨウシュヤマゴボウ。こんなのが生花店で売られる時代になった
右 :シロザの大株。これくらいに育ったものが畑に大量にあった
めでたい虫はどうだろう。
とりあえず思いつくのは、「吉兆虫」と呼ばれるタマムシだろう。玉虫厨子で有名な美麗種だし、たんすに入れておけば着物がふえるともいわれてきた。財布に入れるヘビのぬけがらと同じで、昭和の時代にはそうした自然界の産物で福を呼び込もうとする風習がいくつかあった。
それはつまり、タマムシもヘビも当たり前に生息していて、目にふれる機会も多かったということである。ちょいと見つけてポイと入れればいいだけなので、安上がりの招福材ではあった。
「タマムシですか、なつかしいなあ。試験問題に出ましたよ」
30代の若者がそんなことを口にした。
「へえ。どんな問題?」
「大学の入試問題でした。読解力を問うものだったと記憶しています」
その問題は、井伏鱒二の「たま虫を見る」だった。短いので読んでみたのだが、虫好きの目でみるとどうにも気になる部分が多すぎる。
レインコートにとまったとあるが、本当にそんなことがあるのだろうか? しかも、指先ではじき落とすだけで、死んでしまった?
それはまだしも、着物の袖に入れておいて数日後に見たら粉末になっていたというくだりでは、心のなかで思わず、「うそだろ!」と叫んでしまった。
幸いなのは、自分がそのときの受験生でなかったことだ。ツッコミどころ満載で、試験問題を解くのに集中できなかったであろうことは容易に想像できる。
右 :地面に落ちていたタマムシのはね。「吉兆虫」として知られるので、見つけるとつい拾ってしまう
タマムシはいまでもたびたび目にする。彼らが成長するために利用するエノキが近所に多いからだと思うが、以前はそれほど見かけなかった。一部では、もしかして増えているのだろうか。
もっとも、外出すれば必ず見るというほど多くはない。衣類が増えてもうれしくないので、タンスに入れることもしない。標本としてコレクションする趣味もない。道端に落ちているはねでもあれば、記念に持ち帰るくらいのことだ。はねが10枚拾えたら宝くじで大当たりするといった確証でもあればもっと懸命になるのだが、そんなことはない。夢は大きいほうがよくても、欲をかくとロクなことはない。
ならば、もっと現実的で遭遇する可能性の高いミニ系のチビタマムシに目を向けたい。
日本にはタマムシと呼ぶものが二百数十種もいるそうだが、その大半は体長2cmにもならない小型種だ。一般に「タマムシ」と呼ぶヤマトタマムシやウバタマムシのような大きなものは、タマムシの中でも珍しい部類に入る。だからこそ縁起のいい吉兆虫といわれるのかもしれないが、小さいタマムシは、気をつけていないと見のがしてしまう。
日本で見つかっているチビタマムシ属は20種だそうだ。しかし、なにしろ小さい。しかも、どれもよく似ている。
若葉のころには見る機会も多い。きちんと識別できる人にとっては、小判ぐらいに価値のある虫に見えているかもしれない。
いまの季節だと、樹皮下で見ることがある。寒いからじっとしているが、だからといって同定能力が高まるわけでもない。当然のように雌雄の別もあるはずだが、種が見きわめられない者にはどーでもいいことだ。茶色っぽくて波のような模様がある、としかわからない。
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左 :チビタマムシの一種。冬場の樹皮下に隠れていた
右 :ナガタマムシ類は細長い。それでもタマムシ感は漂うから、タマムシだとわかる
クズやケヤキ、エノキなど身近な植物で見られるのはありがたい。体の細長いナガタマムシというグループもあり、そのスリム体形とチビタマムシの寸詰まり体形ぐらいは、区別できる。
だからそんなのが見つけられた日には、小さな幸せを感じるのだ。「これもタマムシなんだぞ!」と思えば、より大きな福が飛び込むかもしれない。
ミニサイズながら、タマムシらしい輝きは感じられる。大きなタマムシが金の輝きなら、ミニ系にはいぶし銀の渋さが漂う。なんとなく薄汚れた印象のある蛾にだって、ヨナクニサンのように王者の風格を備えたものがいれば、地味な中にも芸術的な配色のはねを持つものがいる。要はそのひとの見方、価値観にかかっている。そうでもなければ、大枚はたいてちっぽけな虫けらを手に入れようとする人が現れるはずもない。ミニ系タマムシの魅力はそこにある。
右 :チビタマムシの仲間はいろんな植物で見る。小さくても確かにタマムシらしい顔つきである
そう思って見直すと、茶や黒の地色に混じるはねの白波線は、静かな海のさざ波に見えてくる。金色が混じっていれば、朝露のきらめきを感じる。小さいと見下していては、タマムシだって、せっかくの招福効果が発揮できないだろう。小さな虫に美や価値を見いだせるひとは幸せだ。
年の初め、今年こそはと抱負を並べるのもいいが、ミニ系タマムシは小さくとも輝けということを教えてくれるように思える。
まあ、そういうことにして、若葉の季節を待つことにしましょうか。
ああ、めでたい。
たにもと ゆうじ
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。


