きょうも田畑でムシ話【148】
2025年07月09日
スイーツ虫――植物の甘い誘い抗しがたく
花見シーズンの桜には、鳥も虫も引き寄せられる。
ニンゲンだけにいい思いをさせるものかという気持ちがあるのかどうか、鳥や虫は花をめでることなく、蜜を吸って去っていく。しかしその終焉は、何者にも等しく訪れる。花が散れば、ハイそれまでよとなるのが世の常だ。
それなのに桜は葉の付け根にも「花外蜜腺」と呼ばれる蜜つぼを用意し、その存在を知る虫だけにひそかに振る舞う。
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左 :桜の花の蜜を吸いに来たヒヨドリ。あでやかなピンクの花びらとは不釣り合いだ
右 :葉柄だけでなく、ぎざぎざになった葉のふちに花外蜜腺の目立つ桜の葉もある
花見のシーズンは花粉症の時期でもあり、積極的に出歩く気にならない。だが、その憂いはうせた。さればとて、桜の花外蜜腺とそこに集まる虫を見て歩いた。
よく見かけるのは、想像通り、アリだった。
音楽はからきし駄目だが、子どものころ、いとこの家で初めて弾いたのは「お使いありさん、お荷物えっさっさ」という曲だった。学校では、「猫踏んじゃった」を練習曲にしている子が多かった。犬や猫には、その時分から興味がない。虫の一種であるアリにかかわれたことは幸いである。
そのくせ、実をいうとアリにはあまり関心がない。庭に出ればほぼ確実にアリの数匹には出会うのに、無視しているようで申し訳ない。
アリそっちのけで目が向くのは、「アリマキ」とも呼ばれるアブラムシだ。多くの昆虫仲間とちがい、親虫が直接、幼虫を産む。しかも赤や黄、白、黒と色とりどりなので、アブラムシの種名までは気にしないグータラ観察者としては、気楽に付き合える虫のひとつといえる。
俗称の「アリマキ」はアリの牧場という意味で付けられたものだから、アリあってのアブラムシだ。それなのにアリを無視してきたのだから、ここらでちっとは目を向けないと、虫好きとは名乗れない。桜の花外蜜腺めぐりは、その第一歩である。
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左 :河津桜。ソメイヨシノより一足早く開花する
右 :桜の花外蜜腺に来るアリもさまざま。とにかく人気がある
近所にある桜は、ほとんどがソメイヨシノだ。 早咲きのカワヅザクラ(河津桜)や緑色の花を咲かせるギョイコウ(御衣黄)もあるにはあるが、数は限られる。
だがまあ、種類に関係なく、桜には桜の葉がある。その葉を見れば、花外蜜腺もハズレなしのおまけとして付いている。それだけでもなんだか得をした気分になる。
その花外蜜腺の近くに、アリはいる。
だがなかなか、蜜をなめる場面に出くわさない。しかも体が小さいから、いることはわかっても、写真が撮りにくい。
しかたなく、花外蜜腺だけを撮ることにした。葉の付け根にある小さなポッチがそれだ。
書籍に載る写真は何度も見た。ちょこんとふたつ、行儀よく並んでいる。それをまねて撮影すればいい。
そんなふうに簡単に考えたのだが、意外にもその写真を撮るのは難しいと知った。2個あるのは確かだが、きれいに並んだものがない。少しずれた位置関係にある花外蜜腺が多いのだ。
――なんで、なんで?
桜の花外蜜腺をまともに見ようと思ったのは初めてだから、戸惑った。 よく紹介されている写真はきっと、きれいに並んだポッチを選んで載せたのだろう。統計を取ったわけではないが、位置のずれた花外蜜腺の方が多い印象だ。
しかも初心者を惑わせる木も見つかった。花外蜜腺を3個、4個と持つ葉もあるのだ。それどころか5個を従えた葉もある。葉の縁のぎざぎざになったところにも、それらしいものがぽつんぽつんとあるではないか。そうなるともはや、数も並び方もどうでもよくなる。
右 :桜の花外蜜腺の大盤振る舞い。4個かたまっていた桜の花外蜜腺。
――それよりもアリだな。
花外蜜腺にやってくる虫を見るのがねらいだったことを思い出し、数撃ちゃ当たるとばかりに葉を見まくった。
アリとの付き合いが薄いので、アミメアリぐらいしか種名はわからない。それでも、数種のアリが桜の花外蜜腺を利用していることは確かである。
植物はアリに、アブラムシやその他の害を及ぼす虫から守ってもらっている。
ということになっているのだが、アブラムシは見当たらない。モンクロシャチホコなど数種の蛾の幼虫を見ることもあるが、今回はそれらにも遭遇しない。アリ以外ではやっとこさ、ヨコヅナサシガメを見ただけである。肉食性のヨコヅナサシガメは、葉をかじらない。
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左 :ようやく蜜のあふれるものが見つかった。アリにはなれそうにないね
右 :桜の幹にとまっていたヨコヅナサシガメ。くちの先には、犠牲になった虫がいた
花外蜜腺なんて、これまで気にしたこともないのだが、ほかの植物はどうだろう。
そう思って次に目をつけたのは、アカメガシワだ。不思議なくらい、どこにでも生えている。
若い葉は名前通り、赤っぽい。ところが手でこすると、簡単に化けの皮がはがれる。赤い色の下から、緑色の葉が顔を出す。
桜の木では花外蜜腺をなめるアリを探すのに手こずったが、アカメガシワにはかなりの確率でアリが群れていた。わが家の近辺では、ある程度大きくなった緑色の葉にアリが多かった。
守ってもらう側からすると、若いうちこそ敵が怖い。だから赤い葉の段階でアリを多く集めればいいのに、そうではなさそうだ。先の長い葉だと待ちかまえる障害が多いから、ある程度育った葉を守る作戦に出たのだろうか。
ちょうど花もたくさん咲いていた。花の蜜を吸うアリもいるのではないかと探したが、見つけることはできなかった。
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左 :アカメガシワの花外蜜腺に集まるアリ。よほど魅力的なのだろう、こうした場面に出会う確率はかなり高い
右 :カラスノエンドウにはアブラムシが多いが、花外蜜腺を好むアリもいる
春には、カラスノエンドウの花外蜜腺を利用するアリをよく見た。びっしり張りつくアブラムシの甘露をもらえばいいと思うのだが、アブラムシのお得意さんはテントウムシだった。
もっとも彼らは、甘い蜜なんて求めない。甘露を出すアブラムシそのものを食べるのだ。
本を読んで、イタドリにも花外蜜腺があると知った。ところが近所で目にするのは、茎の細いものばかりだ。それでも何株か観察したが、どうにも見つからない。見えないと言うのが正しいのかもしれないが、アリの姿もないから、利用されていないのだろう。
それでもあきらめきれず、散歩のたびに探した。山に行けば茎の太いイタドリが多いから見やすいと思うのだが、わが周辺には生えていない。
――今度、山に行ったら探すことにしよう。
と、あきらめかけた時、何気なく目をやったイタドリの若い株にアリがいた。しかも茎に頭をこすりつけるようにしている。
――もしかして!
当たりだった。小さなアリが、かすかなくぼみにくちをつけているではないか。より太い、生育した茎の花外蜜腺をなめると思ったのに、その考えはハズレだった。
花外蜜腺は侮れない。
それが今回たどりついたわが結論だった。花ではないところにまで蜜を用意するなんて、植物はなんともスゴい。
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左 :イタドリの茎にも花外蜜腺がある。細い茎に集まるのは意外だった
右 :ヤブガラシの花のテーブルについて、みなさんご一緒に、「いただきます!」
口直しのつもりで、ヤブガラシの花の蜜を観察することにした。オレンジやピンクの美しくかわいらしい花が、虫のために用意された甘菓子のようにいくつも並ぶ。
アゲハチョウの仲間やアシナガバチがよく訪問するのは知っているが、アリも常連さんと呼んでよさそうだ。風がやまないため小さい花の撮影には苦労するが、まあ証拠写真ぐらいにはなろう。
写真を撮りながら、小さくなって、思う存分、蜜をなめたくなった。
たにもと ゆうじ
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。


