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きょうも田畑でムシ話【147】

2025年06月09日

マルハナバチ――見せかけの太っ腹  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 「あれっ、なんか違うなあ」
 某テレビ局のインタビューの録画撮りで、「蛍草」の話をした。むかしの子どもたちはその釣り鐘状の花の中に蛍を入れて遊んだという、他愛のない話である。
 いやいや、そんなのは作り話だという意見もあるが、いずれにせよ、それができるのは蛍とその草が近くにあることが条件だろう。
tanimoto147_3.jpg わが少年時代に、そんな好機は一度も訪れなかった。それでもよく引き合いに出される逸話だから、知ったかぶりをしてひとしきり語った。そのくせずっと、「蛍草」という植物名ではなかったような気がしていた。
 ふだんから、身近な動植物の地方名・方言は大切にしたい、残していきたいと思っている。その流れでいけば「蛍草」でもいいのだが、一般向けだから標準和名で伝えたかった。

 その晩になってふと、「そうだ、ホタルブクロだ!」と思い出した。
 きちんと言えなかったのは、ちょっぴり悔しい。すぐに訂正メールを送ったが、たぶん使うことがない部分なのだろう、返信はなかった。
 ホタルブクロのような個性の強い植物の名がすぐに出てこないのは、最近見ていないからだろう。よく見るものなら、復習できる。縁遠くなれば、なじみの名前さえ薄れていく。
右 :かつて旅先の路傍で見たホタルブクロ。釣り鐘状の花はなんとも魅力的だ


 そう思っていたら、なんともタイミング良く、ホタルブクロに出会えた。10年ほど前に旅先で見て以来のことである。売れ残りの野菜苗でもあれば買おうと思ってのぞいた園芸店のすぐそばの家で、見事な花を咲かせていた。

 しばらく、その場にいた。もしかしたら虫がやってくるのではないかと期待したからだが、訪問客は現れなかった。
 蛍が自らの意思でその釣り鐘に入ることはないにしても、マルハナバチなら、甘い蜜を求めて入り込む。なかでもトラマルハナバチが常客らしいが、街で見るのは難しい虫だ。かといってほかのマルハナバチもどれほど生息するのかわからないから、待つだけ無駄なのかもしれない。


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左 :ホタルブクロの花には、雄しべが先行して成熟する性質がある
右 :こうして見るとなるほど、マルハナバチの舌は長い。スズメバチと異なり、蜜を吸うのに適した形になっている


 ホタルブクロには、「雄性先熟」という性質がある。先に成熟した雄しべがつぼみ内で花粉を放出し、それが雌しべに付着する。
 つまり開花前に、プロジェクトの一部が完了している。他者の手を借りないから、いわゆる自家受粉だ。受粉を助けてくれるチョウやハチ、アブを呼び寄せようと懸命になる花が多いのに、ホタルブクロは涼しい顔で、蛍でもからかってやろうとたくらんでいる。

 ――と話が展開すればいいのだが、現実は意外に厳しい。つぼみ内受粉ができるのはさまざまな条件の整った雌しべだけらしく、種を存続させるための最低限の保険でしかないという。ホタルブクロの花は形だけでなく、ちっとばかし複雑な受粉の仕掛けを持つ変わり者なのである。

tanimoto147_4.jpg 自家受粉だと、同じ性質が受け継がれる。それはそれでいいのだろうが、有事の際には一族そろって滅するおそれがある。そこでマルハナバチを利用し、別の株の血を混ぜることで異質の遺伝子も取り込もうと考えたようなのである。
 つぼみ内で思惑通りに受粉できなかった花の雄しべは、開花時には利用価値が低い。なぜなら、ほとんどの花粉をすでに放出していて、自家受粉の可能性はきわめて低い。となると多くの虫媒花と同じように、虫の力に頼るしかない。

 開花したホタルブクロは、花の内部中央に雌しべの長い花柱を持つ。トラマルハナバチはその花柱と花の壁のすき間にもぐり込み、長いくち(中舌)に物を言わせて蜜を吸う。
 その際、別の花で背負い込んできた花粉が雌しべにくっつく。かくしてホタルブクロは、苦労せずに受粉を完結させる。
 ホタルブクロにはそうした込み入った事情があるのだが、マルハナバチはそんなの知ったことかといくつもの花に侵入し、せっせと花粉をつけていく。なんともご苦労なことだが、マルハナバチは甘い蜜が得られるのだから、両方に益があるということでメデタシということにしておこう。
右 :ホタルブクロの花の内側。侵入したマルハナバチの体が中央の柱にふれると、花粉がくっつく。なかなかうまくできている


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左 :ずんぐりむっくりしたマルハナバチの仲間からは、スズメバチのような恐ろしさは感じない
右 :ウツギの花の蜜を吸うクマバチ。中舌が短いため、手っ取り早く盗蜜することもあるようだ


 ホタルブクロの他家受粉の立役者であるマルハナバチは、ずんぐりむっくりした丸っこいハチだ。ヒトは丸い物を見るとほっとするようで、「ハチ」なのに、スズメバチのような恐ろしさは感じない。しかもそれは事実で、マルハナバチは比較的おだやかなハチだとされている。
 トラマルハナバチがホタルブクロの常客であり上客なのは、中舌の長さゆえだという。奥深いところにある蜜が吸えるのは、中舌の長い虫だけだ。トラマルハナバチ、クロマルハナバチ、コマルハナバチというなじみのある3種で比べると、中舌はトラマルハナバチが最も長い。それに次ぐ長さを誇るクロマルハナバチでさえ蜜のありかに届くことはかなわず、花を外から食い破って蜜を吸う「盗蜜」をする。ホタルブクロにとって、迷惑な話である。


tanimoto147_8.jpg そんなマルハナバチのものすごい一面を知った。外国の研究例だが、8時間、24時間、7日間という3タイプの期間を設けてマルハナバチの水没試験をした。その結果、7日間水につかっていても死ななかったというのだ。
 昆虫だから気門をふさがれたら生きられないと思っていたのだが、体と水の間のごくわずかな気泡や酸素を使わない嫌気呼吸などが生命維持に役立っているようだと研究グループは推測している。マルハナバチはなんともタフな虫でもあるのだ。
右 :背中に水滴がついているマルハナバチ。実験によると、7日間水につかっていても平気だった個体がいるという


 ご近所でトラマルハナバチを見る機会はないのだが、たまに出かける場所に群生しているツリフネソウも、トラマルハナバチの世話になる植物として知られる。ツリフネソウの花の筒の大きさとトラマルハナバチの体の太さがほぼ同じで、花に出入りする際にトラマルハナバチの背中が雄しべ・雌しべにふれる。そうなれば花粉を付着させることができる点で、ホタルブクロの受粉方式に似ている。
 だったらその現場を押さえてやろうじゃないかと、何度か足を運んだ。
 だがツリフネソウの花の近くで、これまで一度もトラマルハナバチに出くわしたことはない。ほかのマルハナバチも見たことがない。どんなハチも見たことがないのである。


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左 :ツリフネソウを見ていると、ホシホウジャクがやってくることが多い。長い舌で奥深いところにある蜜を吸うのだ
右 :吸蜜中のクマバチ。この花なら、苦もなく蜜を吸うのだろうね


 その代わり何度も遭遇したのは、蛾だ。昼行性スズメガの一種であるホシホウジャクは何匹も目にした。
 漢字を充てると「星蜂雀」となるように、ホバリングしながら花の蜜を吸う姿がハチドリを思わせるけったいな蛾である。
 彼らのくちの長さは、マルハナバチの比ではない。体長が3cmぐらいなのに、それと同じくらい長いくちを持つ。だから花の奥にある蜜も難なく吸うことができるのだ。だからホシホウジャクの立場では、なんの問題もない。
 だが、ツリフネソウはうれしくない。ただ飲みされるだけで、受粉につながる可能性は低いからである。
 ホシホウジャクは、花のすき間から蜜を吸うタイプの盗蜜者だが、マルハナバチに似たクマバチは、花に穴をあけて堂々と蜜を盗む。
 クマバチの中舌は短い。そのため、花の奥にある蜜を吸うのは困難だ。だったら手っ取り早く花をかじってしまえとばかりに、大あごで花に穴をあけ、そこから蜜を吸う。もっとちゃっかりした蛾やハチの一種は、クマバチがあけた穴から蜜だけ盗む。上には上がいるものだ。
 野外で羽音にびっくりして顔を向けると、音の主はクマバチであることがよくある。
 マルハナバチもクマバチも堂々たる体躯なのに、花の蜜を横取りするなんて、意外にもせこい仕事をしているものだ。
 だがまあ、自分たちがあけた穴をほかの虫に利用させるのだから、やっぱり太っ腹?
 そんなことはまったく気にするふうもなく、彼らはきょうも穴あけ仕事をしているのだろうなあ。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。


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