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きょうも田畑でムシ話【142】

2025年01月08日

天狗の虫――羽うちわが生み出す妙  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 寒い。
 いつの間にこんなに寒くなったのだろうと思いながら、田畑をつなぐ道を歩く。
 リュックを背負っているからなのか、歩いているうちに体はポカポカしてくる。カメラと水筒、ルーペ、ビニール袋、小型容器、折りたたみ傘、根ほり、手袋、ピンセット、はさみ......そのほかにも、どーでもいいようなものがごちゃごちゃっと入っている。
 けっこうな重量がある。夏だとよけいに暑さを感じるが、冬の散歩ではその重みも体を温めるのに一役買う。


 ――はてさて、この寒さの中で動く虫なんぞ、おるかいな。
 草や木に近づき、動くものを探す。
 樹皮下の虫にハマった年がある。裸眼では点にしか見えないのだが、ルーペでのぞいたり、写真を撮って拡大したりすると、初見の虫がぞろぞろと出てくる。
 といっても、列をなすことはない。ルーペやレンズの力を借りて、へえ、こんな虫もいるのかと認識させてもらったというべきだろう。
 探せば、いる。そんな気持ちにさせてくれたのは、そうした樹皮下の虫たちだった。
 場所にもよるのだろうが、まずハズレのないのがフサヤスデだ。うじゃうじゃと群れている。
 名前が特定できない小さなテントウムシやゾウムシの仲間、トビムシやダニの一種とも親しくなった。
 それまではヨコヅナサシガメの幼虫の越冬集団や、びっしりと産みつけられたクリオオアブラムシの卵を見つけるたびにコーフンしていた。寒いと動くものが極端に減るため、数えるのがいやになるほどいる虫はなんであれ、大歓迎だ。


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左 :樹皮下でこのウズタカダニが見られると、うれしくなる。カッコいいでしょ?
右 :黒くて大きなクリオオアブラムシが産卵を始めた。茶色いのがその卵たちだ


 ところが農家のせがれと話していて、それらは害虫扱いされていると知った。とくにクリオオアブラムシなんて、とんでもないと言うのだ。
「ったく、どうして喜ぶんだよ。アブラムシだぜ、汁を吸ってウイルスを運ぶんだぜ」
「まあ、まあ。言われてみれば確かに、そうだよなあ」


tanimoto142_02.jpg じつは、わざわざ言われなくても、それくらいは知っている。だが、自分では家庭菜園のまねごとしかしないせいか、樹木に依存する冬の虫が害虫になるという認識は欠けていた。農家の人たちにとっては、ヨコヅナサシガメもクリオオアブラムシも厄介な害虫なのだ。
 ヨコヅナサシガメについては、過去の観察例をもとに「害虫退治もしてまっせ」と話したい気もするが、ムキになることもない。
 クリオオアブラムシは、クリの木の害虫となる。名前からして「クリ」なのだから、さもありなんと納得する。
 卵は、春になるとかえる。したがって卵の塊は、それまでにゴシゴシと削り取るのがよろしい、薬剤の散布も効果的だ、天敵としてはたらくテントウムシの幼虫を連れてこい......などといろいろな対策が紹介される。
 虫好きの端くれとしてはテントウムシの活躍に期待したいが、さて、幼虫はいつ、どこから連れてくればいいのだろうと悩んでしまう。寒いこの冬に大量の幼虫を確保するなんて、とてもできそうにない。
右 :外来種のヨコヅナサシガメ。冬の間は幼虫がわんさか群れて、集団生活を送る。といっても、じっとしているだけだけど


 自然界の虫たちにとってクリの木は、よほど魅力的なのだろう。かつて読んだ報告書によると加害昆虫は約150種もいるらしく、クリオオアブラムシ以外では「クリケムシ」「シラガタロウ」のあだ名で知られるクスサン、オオミズアオ、ウスタビガといった蛾類やコガネムシ・カミキリムシ類、クリタマバチなどが有名だろう。
 その報告の中でクリオオアブラムシの天敵として注目していたのが、ヒラタアブの幼虫だった。しかも、防除効果は絶大である、と。
 いわく、約100匹のクリオオアブラムシの群れの中に2匹のヒラタアブ幼虫がいた樹幹を2時間後に見たら、クリオオアブラムシの集団は消滅していたというのである。
 以前よく通った場所では毎年、クリオオアブラムシの群れや大量の卵を見た。その中にヒラタアブの幼虫とおぼしきウジムシも混じっていたが、ぼんくらウオッチャーの目ではその実力を見極めることができなかった。
 短時間で大きな駆除成績を上げる虫がいるのはありがたいが、何度か観察した木はいずれもクリの木ではなかった。だからもしかして、ヒラタアブも本気を出さなかったのかもしれない。


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左 :クリの木の加害昆虫は150種もいるとか。オオミズアオもそのひとつとされている
右 :クリオオアブラムシの卵がびっしり。その中央に、ヒラタアブの幼虫がいる。なんとも巨大だ


 お決まりの散歩コースでは、冬のヤツデに目を付けている。
 わがご近所で寒い季節に花が咲く植物といえば、ヤツデ、ビワぐらいだ。ビワの花は写真に撮る分にはいいのだが、ただそれだけで、それ以上の楽しみ方を知らない。だから、ああ咲いているな、というぐらいの気持ちで、ささっと撮影して通り過ぎる。
 その点、ヤツデは楽しめる。
 なにしろ、「天狗の羽うちわ」にたとえられる。大きな葉をパタパタさせれば、出るわ出るわ、打ち出の小槌も真っ青になるくらい、あまたの虫が飛びだしてくる。
 なーんてことがあるといいのだが、さすがにそれはない。
 それでもヤツデ自体が面白いから、失望することはない。


tanimoto142_7.jpg オススメは、株のてっぺんにある花だ。両性花なのに、早いうちは雄花、しかるのち雌花に性転換する奇妙な性質がある。天狗の遊び心が生んだようで、なんとも興味深い。
 咲き始めは、雄花の時期だ。5枚の花びらと5本の雄しべがあり、ルーペで拡大すると、あふれんばかりの蜜をたくわえている。
 そして花びらと雄しべが落ちると中央から5本のアンテナのような花柱が出てきて、雌花に変身する。しかもその頭にも、ほれほれこんなにあるぞと見せつけるように蜜があふれている。
右 :ヤツデの雄花。5枚の花びらと5本のおしべがはっきり見える。ついでに蜜もにじみだしている


 そんなのを観察していると、なめたくなるのが人情だ。
 舌をとがらせて味見をする。
 と、なんとまあ、味オンチの身にも確かに甘いと実感できる蜜の味がする。
 ――これだから、虫たちが放っておかないのだな。
 その糖度は、50にもなるとか。甘いブドウとされる「シャインマスカット」でさえ糖度は20~23だから、ズバ抜けて甘い蜜だ。
 さすが、天狗どん。なかなか、やるわい。


 かくして単純な観察者はヤツデの雄花・雌花に集まる虫に目を向ける。
 いくつかの花を見て多いと感じるのは、ハエの仲間だ。なかでもツマグロキンバエが多い。
 つまようじのような口器を伸ばして蜜を吸うが、「ツマグロ」の名の由来はつまようじではなく、はねの先が黒っぽいからだという。
 だがそれよりも、眼に目がいく。線状の模様が入り、「おらおら、カッコいいだろ!」と威張っているように感じられる。
 キンバエというが、所属するのはクロバエ科というのも面白い。同じグループにヒロズキンバエがいて、ミツバチ不足を補う授粉昆虫として期待されている。


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左 :独特の眼をしたツマグロキンバエ。冬のヤツデで最も遭遇率が高い虫だと思う
右 :ビワの花にとまるアブの一種。蜜を吸い、ついでに花粉も運ぶのだろうね


 ツマグロキンバエは冬に花開くヤツデの花にやってくるのだから、寒さに強いように思える。
 だったら何かの果樹の授粉にも貢献しているのではないか。そんなふうに考えたくなる。
 と、過去に撮影したビワの花の写真の中に、アブがとまるものがあった。
 ビワは鳥媒花、つまりメジロとかヒヨドリが花粉を運ぶと思っていた。しかし虫媒花でもあって、ミツバチやハナアブなども関与するらしい。ということは、ハエが関わってもおかしくない。


 ヤツデの花にはツマグロキンバエ以外にもハエやアブの類がやってくる。その名前まではわからないが、あれだけ甘い蜜が出るのだ。もっと多くの虫が集まってきてもおかしくない。天狗の羽うちわ効果だろうか。
 だったら、その本家たるヤツデの葉にはどんな虫がやってくるのか。

tanimoto142_10.jpg 過去にはチャタテムシやクサカゲロウの繭を見た。しかし代表格としてはやはり、クロスジホソサジヨコバイだろう。その風体というのか見た目があまりにも奇抜で、何度見ても飽きることがない。
 本当の眼は透明感があり、当然ながら頭にくっついている。ところがそれよりも、おしりの方にあるはね先の黒い点の方が目立つのだ。そうなるとまさに目がテンである、というオヤジギャグも口にしたくなる。
 名前にある黒いすじに加え、強烈なインパクトを与える赤も混じるから、被写体としては魅力的だ。うまくいけば幼虫も近くにいて、同じ葉で2倍楽しめる。
右 :もしかして、前後不覚とはこのこと? クロスジホソサジヨコバイの「にせ目玉」はじつによくできている


 そんなこんなで寒さを吹き飛ばしてくれるのがヤツデとそこに集まる虫たちなのである。
 それにしてもあの蜜の甘さ。果樹栽培に利用できるといいのにね。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。


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