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きょうも田畑でムシ話【116】

2022年11月09日

ゴマダラチョウ――和装のカド番  

プチ生物研究家 谷本雄治   


tanimoto116_0.jpg 教科書で取り上げることも多いからか、吉田兼好の『徒然草』第45段の「榎木の僧正」の話はよく知られている。寺にエノキの大木があったことから、「榎木の僧正」に始まり、切り株・堀池・立札の僧正と常にあだ名で呼ばれるようになった坊さんの話だ。
 近所にもそのイメージにぴったりの大きなエノキのある寺があって、その前の道をよく散歩する。そして通り過ぎるときに、ちらちらっと木の葉を見るのが習慣になっていた。
 その日もいつものように葉をながめた。すると、これまたいつものように、アカボシゴマダラの幼虫がとまっていた。
右 :散歩道にある寺の大エノキ。高いところだと見つけるのは難しいが、ゴマダラチョウの幼虫はうんと低いところにいた


 ――と思ったのだが、なんとなく違和感がある。
 かといってそのあたりで、アカボシゴマダラ以外のエノキに依存するチョウを見たことはない。「国チョウ」のオオムラサキと外来種のアカボシゴマダラを除けば、エノキの葉をえさにするチョウはゴマダラチョウぐらいのものだ。しかし、その寺にかかわらず、近所にある100本を超すエノキではこれまで、アカボシゴマダラしか見ていない。
 かの「榎木の僧正」はエノキの姿を次々に変えたが、アカボシゴマダラは地味に木の葉にとまることしかしない。それでも見つかるのは、こちらに見たいという下心があるからだろう。


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左 :アカボシゴマダラの幼虫。発生時期や成長具合で雰囲気は大きく変わる
右 :アカボシゴマダラの成虫。奄美大島にいるもの以外は外来種の扱いだ


 アカボシゴマダラは2018年に特定外来生物に指定され、移動や飼育が禁じられた。だからいまは、見るだけだ。
 ところがそのチラ見回数だけでも、かなりの数にのぼる。わが家の周辺でエノキをえさにするチョウはもはや、外来種のアカボシゴマダラだけのようだ。在来種のゴマダラチョウとの交配が心配されるとはいえ、その相手が見つからない。別の場所でゴマダラチョウを見てからもう十数年にはなる。


 が、今回はちがった。
 ――ん?
 と思って見なおすと、その幼虫の背中の突起は3対だったのだ。
 オオムラサキ、ゴマダラチョウ、アカボシゴマダラの幼虫はよく似ている。正面から見ればネコ顔で、若い鹿の角のような角が生えている。その3種の識別ポイントとされるのが、背中にある突起の数としっぽの部分だ。
 突起は確かめた。念のためしっぽを見ると、先がふたつに割れている。アカボシゴマダラの幼虫なら、しっぽは閉じている。


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 :オオムラサキの幼虫。背中の突起とおしりの先の開き具合で似た幼虫と区別する
 :ゴマダラチョウの幼虫。葉の色に合わせたような体色だった。葉隠れの術?


 ゴマダラチョウの学名はヒスティナ・ヤポニカ。属名はギリシャ神話に出てくるヘスティアーという女神の名にちなむ。種名は「日本の」という意味だ。ヘスティアーは炉やかまどの神とされていて、そこから家庭の中心になくてはならない存在として敬われてきた。
 白と黒で構成されるはねのデザインだから、なんとなく和風の感じはする。でも炉やかまどの火を連想すると、赤い部分のあるアカボシゴマダラの方にふさわしいように思えてならない。
 それはさておき、かまどがないと日々の生活が成り立たない。だからギリシャ神話が、ほとんど存在感のない地味な女神だが、いないと困るというヘスティアーと結びつけたのは正解かもしれない。それが日本人には、和風に感じられるのだろう。
 なにはともあれ、まさに久しぶりの再会だ。無事に成虫になれるよう祈るしかない。


 それにしてもと思うのは、ゴマダラチョウという名前だ。
 漢字で書けば「胡麻斑蝶」。予備知識なくこれを読めば、「ごままだらちょう」あるいは「ごまふちょう」となるのではないか。ゴマダラチョウとすんなり読めるのはおそらく、チョウそのものの名前をすでに知っている人ではないか。
 沖縄に行けばオオゴマダラという大型のチョウがいる。それも「大胡麻斑」と表記する。ゴマダラカミキリも「胡麻斑髪切」と書く。
 そうなると、なるほどと納得するというのかあきらめるのがいいのだろうが、ゴマフアザラシには「胡麻斑海豹」、ゴマフボクトウという蛾は「胡麻斑木蠹蛾」の字を充てる。「斑」を「ふ」と読むか「まだら」と読むかの違いだろう。
 ゴマシジミのように、単純に「ゴマ」だけを用いたチョウもいる。植物になると「斑入り植物」を「ふ入り」とはいうが、「まだら入り」は聞いたことがない。素人としては、悩むことなくすんなり読める方がいいのだ。
 愚痴をこぼしても、どうなるものでもない。それに第一、オオゴマダラ、ゴマダラカミキリと呼ぶのに慣れているから、それを改めるのは難しい。


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 :オオゴマダラ。これも「胡麻斑」は「ゴマダラ」と読む例だ
 :ゴマダラカミキリ。「胡麻斑」を「ゴマダラ」と読むところは、ゴマダラチョウと同じだ


 辞書には、「ごまふ」とは黒ゴマを散らしたような黒い斑点模様をいうとある。そういわれれば、まさにそのもの、その通りである。「ごままだら」と「ま」を重ねるのを、はしょった言い方だと割り切るしかない。
 ついでいえば、ゴマダラチョウは黒地に白い斑点の白ゴマ模様だが、オオゴマダラになると白地に黒い斑点の黒ゴマ模様となる。同じゴマでもいろいろなのが、面白いといえば面白い。


 こうなると、エノキという樹木自体にもひとこと言いたくなる。
 玉手箱を開けてあっという間におじいさんになったのは浦島太郎だが、その先の話がある。翁になった彼は、自分の顔のしわをとってエノキに投げつけたそうだ。するとそのしわがピタッと張りつき、いまのようなエノキの木肌になったというのだ。
 なるほど、顔のしわに似ている。それでその話は、「ああ、なるほど」と受け入れてしまった。


tanimoto116_7.jpg そんなエノキを当てにするチョウは先の3種ぐらいだが、虫ということではほかにもいる。たとえばタマムシ、エノキハムシだ。
 タマムシは説明が要らないくらい有名な虫だが、わが家の周辺でよく目にするのは、エノキがそれだけ多いからだろう。もっとも大半は死がいなのが、ちょっぴり残念ではある。
 一方のエノキハムシは、いるときにはわんさかいて、気持ちが悪いほどだ。というのもたいていは幼虫で、何匹も一度に視野に入るからだろう。
 イモムシ・ケムシは苦手だが、ハムシの幼虫だと思えば嫌悪感はいくらか薄らぐ。しかも1匹だけを見ると意外にシンプルなデザインで、半透明のからだにゴマ模様となっている。
右 :エノキハムシの幼虫。白地に黒い点々だから、これも「胡麻斑」と呼びたいが、あくまでも幼名だろうね


 ――ということは、ゴマダラ虫?
 頭からいったんは離れた「ごまだら」がまた戻ってくる。エノキはどうも、胡麻斑が好きとみえる。
 あらためて木肌を見た。会ったこともない浦島太郎の肌よりも、胡麻斑模様といった方がよほどわかりやすい。
 秋になれば、エノキにも実ができる。試しにと思って口にしたことはあるが、よく似た樹木のムクノキの味には劣る。それでも鳥には人気があるらしく、その結果あちこちで発芽し、子孫を繁栄させている。これまでの付き合いから判断すると、アカボシゴマダラの幼虫は圧倒的にエノキの若木を利用していた。
 だったらゴマダラチョウにももっと利用してもらいたいのだが、なぜか出会わなかった。
 えさ植物が同じだとえさ場を外来種に奪われるといわれるが、本当だろうか。
 久しぶりに出会えたゴマダラチョウだが、幼虫の敵は多かろう。あのナメクジみたいなやわらかい体で身を守ることはできるのか。


 ところがゴマダラチョウには、意外な武器があった。「角」といってもいい頭部にある一対の突起が、天敵の攻撃を防ぐ盾の役割を担っているというのだ。
 ゴマダラチョウをあまり見ないので天敵といえば鳥だろうと漠然と思っていたのだが、それも含めて角の役割を解明したのは近畿大学の研究グループだ。論文によると主たる天敵はアシナガバチ類であり、ゴマダラチョウの幼虫は自分の角でその攻撃をかわしているそうだ。
 アシナガバチは通常、幼虫の首すじを襲う。そのときゴマダラチョウの幼虫は角をぐいっと曲げて、アシナガバチがかみつけないようにする。だから、かたい角は攻撃用の槍ではなく、防ぎょ用の盾だと考えた。かたい角に邪魔をされては、首にかみつくのは難しい。
 モンシロチョウ幼虫の青虫では何度も、攻撃され、肉団子にされる様子を観察した。青虫には角がないし、それに代わる武器もない。だから、目をつけられたら、されるがままとなるのだろう。
 ゴマダラチョウの幼虫にそんなすごい武器があり、しかも巧みに扱えるなら、生存率は高まろう。


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 :狩った獲物の処理をするアシナガバチ。ゴマダラチョウの幼虫は、こうならないための武器として角を持っている
 :ゴマダラチョウ幼虫の頭には、鹿の角を思わせるものがある。じつはこれで、アシナガバチを追い払うということがわかった


 研究グループは人為的に角を取り除いた幼虫、逆に角を取り除いたあとで別の個体の角をくっつけた幼虫も用いて防ぎょ率をみている。そして、角ありなら80%、角を接着すれば67%、角なしだと7%でしかないという結果を導きだした。こうなると角さまさま、角あっての物だねとなる。
 そんなに優秀なゴマダラチョウが、外来種のアカボシゴマラダラにすみかを追われることがあるのか。
 こんどは数多いアカボシゴマダラの幼虫で、攻撃の様子をみてみたい。そのための材料はたくさんあるのだが、いかんせん、時期がよろしくない。アカボシゴマダラの幼虫は天敵ではなく、寒い冬に備えての行動に移す時期だからだ。
 かくしてまたしても、わが常套手段である課題持ち越しとなるのだった。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。


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