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きょうも田畑でムシ話【107】

2022年02月09日

皮下虫――ちょぼちょぼてんてんの生態園  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 活字のしごとを始めたころ、業界独特の文字や記号の呼び方もおぼえた。
 同音異字がいくつもあるので、「又」は「ふんばり又」、「老」は「おいぼれ老」、記号だと「!」は「雨だれ」、「?」は「耳だれ」といった具合だ。
 そんな記号のひとつに、「...」がある。これは「3点リーダー」と記憶し、なるほどと感心していた。
 ところが、いまどきの若者はこう呼ぶそうだ。
 ――ちょぼちょぼてんてん。
 なんじゃこりゃと思った人は、もう若くないのかもしれない。もっとも、「いまどき」ということ自体、古いとは思うのだが......。

 などと思っているうちに1月が終わり、2月に入った。
 ――一月往ぬる二月逃げる三月去る。
 若者の感性もすごいが、むかしの人のたとえもよくわかる。することはいっぱいあるのに、時間だけがさっさと走っていく感じだからだ。


tanimoto107_15.jpg いささかあせりつつ、まずは田畑周辺のいまをつかんでおこうと家を出た。
 常の日とはちがう一日だと気づくのに、時間はかからなかった。ヒカチュウに、連続して出会えたのである。
 有名なキャラクター「ピカチュウ」の誤記ではない。漢字で書くとしたら「皮下虫」、つまり樹皮の下に潜む虫たちである。

 マジメに辞書を引くと皮下組織に寄生するおっかない虫に遭遇するかもしれないが、ぼくが見たのは、言ってみれば「ちょぼちょぼてんてん虫」だ。1mmもない微小サイズの虫たちである。
 その前ぶれが、空につきささるキリの実だった。巫女が舞うとき手にする神楽鈴に似て、なかなかのインテリア素材となる。
 キリを鳳凰がとまる神聖な木としてきたのは中国だ。いやいや実はアオギリのことだという指摘もあるが、とりあえず同じ「桐」ということで問わずにおこう。
右 :キリの実。高いところにあるので、空と一体化しているように見える


 その鳳凰の木のすぐ近くで、オオミノガのみのが見つかった。このあたりでは珍しく、10個もぶら下がっている。
 「これぞまさに、鳳凰の木のお導きだ!」
 めでたくもそう思い、2個だけとって、みのの中を見た。するとなんと、ちゃんとしたオオミノガのさなぎの殻があったのだ。どちらのみのにも、幼虫時代の頭部の抜け殻がしっかり残っていた。
 頭の殻はいわば、デスマスクだ。記念にそれも撮影し、正常に羽化していれば増殖も期待できる、なかなか良い年になりそうだわいとひとりごちた。


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左 :ミノムシ。オオミノガのみのをあまり見かけなくなって数年になるが、この木では10個も見つかった。久しぶりのことだ
右 :オオミノガの幼虫時代の遺産。いってみれば、デスマスクだ


 そう思ったのがよかったのだろう。ミクロのヒカチュウとの出会いの時が次々と訪れた。
 はがれかけた樹皮に目を向けると、一番バッターとして現れたのはフサヤスデの一種だった。
 体長は、3mmあるかどうか。生物の死がいなどを食べるようだから、「自然界の掃除屋さん」と言ってもいいムシではある。
 名前からも見た目からも想像できるように、おしりにある房状の毛の束が彼らのシンボル「尾毛叢(びもうそう)」だ。毛の草むらというたとえは、実にわかりやすい。
 そしてその毛はよく抜ける。卵の表面を覆うようにしてくっつき、外敵から身を守る防ぎょ資材になるという。
 成体は13対のあしを持つのに、生まれてしばらくは3対というのも面白い。
 何枚か撮った写真を拡大してみると、それとおぼしき幼虫の姿も見つかった。冬越しの前にオトナになれなかったということだ。
 それにしても圧倒的な数である。注意しないと目に入らないくらい小さいが、まさにうじゃうじゃといる。
 地上のヤスデ類は畑に、適度な通気性と排水性をもたらす。ヤスデたちはああ見えて、働き者なのである。
 ということは、フサヤスデの数もダテじゃない。数が多ければ、自然環境を守る力がより発揮できる。


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左 :樹皮の下にはまるで小さな宇宙があるようだ。黙して語らぬ虫たちが、想像もつかない世界で生きている
右 :おしりの毛の束が特徴のフサヤスデの一種。毛は抜けやすく、卵の表面にくっつける習性も知られる


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左 :アヤトビムシの一種。すぐ上にいるフサヤスデと話でもしているのだろうか
右 :ムラサキトビムシの一種。やわらかい感じの体で、手を出す気にはならない


 フサヤスデの集団はその後も、何カ所かの樹皮下で見た。しかもそのうちの数カ所に、トビムシ類が一緒にいた。アヤトビムシとムラサキトビムシの一種だと思われる。
 トビムシもまた、よく働いている。大ざっぱには菌類や花粉を食べるとされ、世界中、至るところに生息する。
 ヤスデと同じで、畑のトビムシは土壌の分解を促す。作物の病原菌を食べるものも見つかっていて、目の前の群れの一部は白っぽい菌糸のようなものを口にしていた。だが、なにしろ小さい。そうだと言い切ることはできないが、これまた勝手にそう思うことにした。
 とにかく、点でしかない。気配を感じたら確かめてみるのが、樹皮下観察の要諦であろう。


tanimoto107_6.jpg それにしても、こんなに細かいものを見続けると目が疲れる。
 ぜいたくにもそんな不満を感じたとき、神の恵みがあった。よく見知るヤニサシガメだ。
 ほかの季節には単独で見ることが多いが、数えてみたら10匹が身を寄せるようにして潜んでいた。やにっこい体は黄金のようにも見える。
 サシガメは「刺し亀」、つまり刺すカメムシであり、昆虫界の吸血鬼だ。これも害虫退治で農家の役に立つ虫だから、寒さに負けずに生き延びてほしい。
右 :黄金を背負ったようなヤニサシガメの幼虫。この幹の皮のすきまに10匹も潜んでいた


 その心のゆとりが、次なるゼリービーンズの発見につながった。
 近くにいたアリのまゆかとも思ったが、それにしてはアリが少ない。ほんの2、3匹いるだけだ。
 そのときハタと気づいたのがアブラムシだった。
 黄色いものが多いが、その色には多少の変化があり、薄い黄色、褐色に近い黄色があり、ピンク色のものも数個混じっていた。
 ピンクの卵で思い当たるものはなかったが、黄色の集団はいつか写真で見たヤノクチナガオオアブラムシの卵だろうと推測した。
 名前から想像できるように、くちが長い。卵でそれを確かめることはできないが、葉の生い茂る季節には何度か成虫を見ている。そしてその時にはアリの数ももっと多く、ヤノクチナガオオアブラムシのおしりから出る甘露をなめとっていた。
 アブラムシの集団は、嫌われる。だが、そのまわりにアリがいて、そのアリ集団が害虫を追い払ってくれるなら、農業にとっても悪いことではない。アリは、その数にものを言わせる無敵昆虫でもあるからだ。
 「いやあ、ヒカチュウも多彩だなあ」
 初めて見るものが多くて、うれしくなる。


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左 :ヤノクチナガオオアブラムシの卵。黄色に混じってピンク色もあり、ゼリービーンズを思わせる
右 :夏に見たヤノクチナガオオアブラムシと、おしりから出る甘露を求めて群がるアリたち。このアブラムシのくちが名前通りに長いことがよくわかる


 とその次の樹皮下には、もっとヘンテコなものがいた。
 大きさは1.5mmといったところか。これまた点でしかないのだが、それでも甲虫の一種らしい、カタい感じがした。
 困ったらまずは写真だ。それを拡大して見ることで、実体がわかる。
 そうやって大写しにしたのは、なんとも奇妙なムシだった。
 あしの感じからすると、クモのようでもある。8本ある。昆虫でないことは明らかだ。
 そのあしの先はさらに、いくつかに分かれていた。人間でいえば指のようにも見えている。
tanimoto107_9.jpg あとで調べて知ったのだが、それはウズタカダニだった。
 虫の専門家でさえ間違えるようで、「新種の甲虫が見つかった!」と報告された過去があるという。
 装甲車を思わせるがっちりしたからだを持ち、黒っぽくて強そうに見える。しかも背中がうず高く盛り上がっている。おそらくそんな特徴から、「ウズタカ」の名をもらったのだろう。
 ダニとはいうが、ササラダニの仲間だ。地上にはゴマンといて、落ち葉やかびなどを食べている。ふつうの森でも1㎡に2万~10万匹も生息するといわれ、分解者としてせっせと働く。
 しかも、ササラダニはヒトの血を吸わない。人間からすれば、土づくりを助けてくれるアッパレなダニということになる。
 ウズタカダニもその一種であり、背中がうず高いのは幼虫や若虫時代の脱皮殻をくっつけたまま育つからだ。その殻が4枚あれば、成体ということになる。
 見つけた個体で数えると、4枚あった。立派なオトナになって、樹皮下のヒカチュウとなっているのだ。
右上 :自分の抜け殻を背負う奇妙なウズタカダニ。これで大きければ一気にファンがふえるだろう


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左 :赤いダニ。目立つ色なので、ついついカメラのシャッターを押すことになる
右 :透明感のあるダニ。ハウスで使われる捕食性のダニのようにも見えるが、まったく自信はない


 ダニはまだいて、タカラダニのような赤いもの、チリカブリダニのように透き通った感じのもの、触角が長いものがいた。
 特徴てんこ盛りのウズタカダニだけでも数種見つかっているそうだから、ほかのダニの種名なんて、素人の手には負えない。それでも触角が長いというのは大きな特徴だ。
 調べると、ウデナガダニの一種のようだった。触角に見えたのは、あしだったというわけである。それでもアシではなくウデなのが、また面白い。
 残念なことに、たまたま写真に写っていて気づいたというのが真相だ。ぜひともまた出会いたいヒカチュウのひとつになった。


tanimoto107_14.jpg そんなこんなでヒカチュウはほかにもまだ見つかった。
 おしりの毛がフサヤスデよりも長くて立派なヒメカツオブシムシの幼虫、野外では初めて見たシミ、チャタテムシ、ノミゾウムシやクモ、アブの仲間などだ。ひとつずつ見ていけば個性派が多い。
 往き、逃げ、去る月に付き合うのはたいへんだが、こうした出会いがあると思えば、冬が楽しくなる。
 それにしてもローガンでは見のがすことも多い。ウズタカダニの脱皮殻のように、レンズを重ねたような眼鏡でもありませんかねえ。
右 :赤いあしのアカアシノミゾウムシと黒いエノキノミゾウムシが仲良く冬休みを楽しんでいた

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。


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