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きょうも田畑でムシ話【102】

2021年09月08日

カヤネズミ――空中住まいの稲の神さま  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 遠くに出かける機会が減ったこともあり、田んぼを見る時間がふえた。
 といっても自分で所有するものではなく、持ち主が誰かも知らないまま立ち寄り、その周辺の動植物をながめて帰るだけの話ではある。
 春のヒメオドリコソウ、オオイヌノフグリに始まり、ショウリョウバッタやエンマコオロギの幼虫、シオカラトンボ、給水するアゲハチョウなどを見て季節を感じ、ナガヒョウタンゴミムシでも見つかった日にはひとりでにんまりする。それだけで十分に楽しめるから、ほかの遊びに比べると格段に安上がりだ。


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左 :ご近所でもっとも目にする機会の多いのがシオカラトンボ。やたらと目につく
右 :ナガヒョウタンゴムシ。ゴミムシとはいえ、クワガタムシみたいでカッコいいよね


 難点は、その日の気分で散策場所が決まることだろうか。よほどのことがない限り、定期的な観察は成り立たない。
 そのせいか、目にする風景はよく変わる。
 いや、実際にはそう見えるだけであって、大きく変わったと思うときには久しぶりに立ち寄ったという証明にほかならない。
 カラカラに乾いて土が瓦のようにそりかえっていたところに弱々しい苗が植えられ、田んぼが田んぼらしく見えてくる。そう思っていると、次に見るときには緑のじゅうたんが広がり、葉先は天をめざしている。勢いを増す稲苗を見ていると、自分で管理しているわけでもないのに無性にうれしくなり、意味もなくカメラのシャッターボタンを押してしまう。

 ことしになって気づいたことのひとつは、タニシがやたらとふえていることだ。いくつかの田んぼでは毎年、姿を確認していた。よそで見る機会が減ったので、近所の田んぼで初めて見つけたときにはちょっとした興奮があった。それがことしは、周辺にまで広がっている。
 コシマゲンゴロウ、ハイイロゲンゴロウも初お目見えとなった。以前からいたのかもしれないが、少なくともぼくは気づいていなかった。ナミゲンゴロウでもいればもっとうれしいのだが、そこまで望むのはぜいたくだろう。よそさまの田んぼなのだから、ゲンゴロウの小型種がたくさんいると知っただけで満足せねばなるまい。


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左 :タニシがふえている。これも農薬を控えているためなのかな
右 :ダンディーな装いのコシマゲンゴロウ。ハイイロゲンロゴウに比べると、数は少なかった


 そんなふうだから、昨年まで田植えをしていたところに稲がないのを見るのはさびしい。いろいろな事情があってのことだろうが、昨秋はスズメよけネットにギンヤンマが何匹かひっかかっていた田んぼには、雑草だけが生えていた。
 雑草という雑なくくりにして申し訳ない。だが、すべての植物の名前を知るわけではないので許してもらうことにして、特徴的なものでいうと、ガマとオオブタクサ、アメリカセンダングサがよく目につく。とくにガマは、あのフランクフルトソーセージのような穂をつける植物なので、写真を撮ったりながめたりする分にはありがたい。
 そのガマ群落の近くに、カヤが数カ所に分かれてシマをつくっている。ススキに似ているが、穂の様子が異なる。かといってヨシでもないのでたぶんオギだと思うのだが、もしかしたらセイバンモロコシかもしれない。面倒だから、とりあえずはカヤという俗称にしておこう。


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左 :ガマの群落。この穂が見られるようになると、心が躍る
右 :ニッポンコバネナガカメムシの幼虫と思われる虫が集まっていた。小さいが、けっこう美しい


 なにげなく、茎を包む葉鞘をめくった。
 そこにいたのは、体長5mmあるかどうかの小さなカメムシだ。おそらく、ニッポンコバネナガカメムシと思われる虫たちが何匹も集まっていた。からだの赤い幼虫も混じっている。
 カメムシといっても、多くの人がイメージする五角形のような体形ではなく、細長い。それでいて、申し訳程度の小さなはねがくっついている。
 うわさによると、このカメムシは鳴くらしい。
 というのでしばし耳を傾けたものの、その気配はない。しかたなく写真だけ撮り、めくり上げた葉鞘を元に戻そうとしてふと目をやると、どこかで見たようなものがあるのに気がついた。


 話はとつぜん飛ぶが、子どものころ、十姉妹をたくさん飼っていた。動植物名は基本的に片仮名で書くようにしているのだが、この小鳥だけは漢字で記した方が感じが出る。
 なにしろ、親子きょうだいが1本の枝、ひとつの巣にかたまっているところが実にかわいいのである。それでいてけんかをすることもないのだから、小鳥飼育の初心者には最適だ。
 というのでぼくは小学生のときに飼い始め、どんどんふやした。その十姉妹の巣は稲わらで編んだ丸い壺みたいな形をしていた。
 十姉妹が1羽200円ほどで飼えたのに、その巣にはそれ以上の値段がついていたように思う。それならと、わら縄でまねをして作ることもたびたびだった。
 その見慣れた十姉妹の巣のようなものが、カヤの群落の端っこに見えたのだ。

tanimoto102_8.jpg もしかして!
 展示されているものなら何度か見たことがある、あのネズミの巣ではないか?
 カメムシの家のすぐそば、あぜ道から手を伸ばせば届くところにそれはあった。だがしかし、よほど注意していないと見のがすであろう絶妙な位置に浮かんでいた。
 そう。空中に浮かぶ巣だ。地面からの高さは1mほどだろうか。
 ――カヤネズミだ!
右 :なつかしい十姉妹のつぼ巣を思い出させたカヤネズミの巣


 昨年からご近所歩きの頻度が高まり、コガネグモの一大生息地を見つけた。クワコが好む桑の木もわかってきた。キタテハ、オカモトトゲエダシャクとの出会いの場も数カ所、見つかった。小型とはいえ、ゲンゴロウだって見つけたではないか。
 そうしたあれこれが、頭のなかをすすすーっと走り抜けた。
 ――だから、カヤネズミがいてもおかしくはないのだ。
 という、勝手な結論に至る。


tanimoto102_10.jpg カヤネズミである。ススキネズミでもオギネズミでも、ましてやセイバンモロコシネズミでもない。聞き慣れた種名だからかもしれないが、カヤネズミという名前がいちばん、しっくりくる。
 英語ではハーベストマウス。語源は知らないが、周辺作物の収穫時に慌てて飛び出すところを見て、そんなふうに呼ぶようになったのだろうか。
 ぼくが住む千葉県のいくつかのまちでは「イナッチュ」とか「イナッチョネズミ」と呼ばれていたそうだ。よそから移り住んだ身なので、そうしたむかしの呼称は知らない。少なくとも、耳にしたことはない。動植物方言愛好家としては、それが残念だ。
左 :展示されていたカヤネズミ。子どものころよく見たマウスに似た感じで、かわいい


 そういう貴重な呼び名が残る土地では秋の収穫を祝う際、カヤネズミの球巣を豊作の印と考え、それに見立てた稲玉を神棚に供えたという。いやあ、そんな場面を見てみたい!
 稲玉は「稲霊(稲魂)」とも書くが、そうすると多くの場合、稲穂にできる暗緑色のかびのかたまりを指す。それは現代でいうところの稲こうじ病の稲こうじ病菌ということになり、カヤネズミから遠ざかる。
 ところがその稲霊が目につくのは、豊作の年であることが多い。それで「豊年病」とも呼ばれ、現代人は農薬をまくことでその病気を防いでいる。
 それがカヤネズミの稲玉と一緒にされるとまぎらわしいが、球状の巣とかびとを混同することはないと信じよう。


tanimoto102_9.jpg それでその巣なのだが、直径は10cmぐらいある。カヤからかじりとった材料でつくる巣ではなく、カヤの茎を生かし、葉を編んで丸くするらしい。しっかりと根を張るカヤの茎が柱の役目をするため、空中にあっても安定するのだろう。人間のつくるものでいえば、ツリーハウスみたいなものだと思った。
 もちろん、家の形をしていることはなく、丸い。それが十姉妹の巣を思わせる。
右 :展示用に飼われていたカヤネズミ。ここでは赤い光を照らしていた


 ドブネズミしか見たことがない人にはイメージしてもらうのがたいへんだが、カヤネズミの体重は10gもない。1円玉7、8枚の重さだと紹介されることが多い。
 鼻先からしっぽの付け根までの長さは親指サイズの7、8cm。こんな数字からも、小さいことがわかってもらえるだろう。俗に世界最小クラスのネズミともいわれ、学名には「小さい小さいネズミ」という意味がこめられている。
 一般に、河川敷や休耕田などの半自然草地と呼ばれるところに生息する。だから、まったくの手つかずの自然環境ではなく、ひとの手が加わる場所が好みのようだ。管理するとはいっても、半分ほったらかしたようなところが好きなネズミとみた。


tanimoto102_13.jpg 今回見つけたカヤ群落の隣には、稲が植わっている。しかも、そうした環境は珍しくないようで、田んぼを荒らす害獣だとみる農家もいた。稲を食害するというわけだ。
 調査の結果、それが濡れ衣だということが明らかになった。だったら彼らは何を食べているかというと、イネ科植物の種子や昆虫類だという。えさからするとむしろ、雑草や害虫がふえるのを抑えている益獣といっていいのではないか。そうなるとなおさら、大切に見守りたくなる。
 イナッチュ、がんばれ!
 わが田んぼ、いやいや、ぼくがよく訪れるこの田んぼわきの休耕田は、彼らの生活場所とするのにぴったりのように思える。
左 :カヤネズミの生息地。以前から見てはいたが、まさかそこにお住まいだったとは、考えてもみなかった、


 イタチは見たことがない。ヘビもそうだ。タカやトビに出会ったこともない。心配なのはカラスぐらいだ。その代わりバッタ類は多いし、エノコログサやヒエ類はよく目にする。
 半自然草地ということは、いつかは知らねど、突然のように刈り払われることはある。
 去年はどうだったか? その前の年のこの場所は、どうなっていたのだろう?
 なんとかして思い出そうとするのだが、きのう食べたものさえ忘れる身では、いくら記憶をたどろうとしても何も出てこない。
 それならと写真を引っ張り出してみると、冬枯れの景色には突っ立ったままのカヤ群落がはっきり写っていた。春・夏の景色にもおさまっている。だが、夏の終わりから秋の風景がわからない。写真を撮ったのかもしれないし、撮っていないかもしれない。それさえも、もちろんわからないという情けない状況だ。
 いろいろな報告によると、人間が刈り取りをするときには一時的に避難して、また戻ってくるという。それならいくらか安心だ。


tanimoto102_11.jpg 球巣を見つけたのだから、その住民も見たい。しかも、同じ群落を道路から見ていると、少なくともあとふたつの球巣がある。だからといって土足で踏み込むようなことはしたくない。
 飼育されていたカヤネズミの写真はある。とりあえず、それをながめて我慢することにしよう。
 カヤネズミの冬の生態は長いこと不明だったそうだが、最近になって地表巣で生活することが確認された。
 となれば、出会いのチャンスは一年中ある。神さまのお使いかもしれないイナッチュに巡り合うためにも田んぼ通いをしなければならぬ。
 そんなことを思いながらなにげなく田んぼを見ると、黄色い旗が立っていた。
 どうやら農薬散布無用を知らせるものらしい。こうした田んぼの主の心遣いが生き物の生活を守っているのだろう。タニシやゲンゴロウを見ることができるのも、そんなところに理由があるのかもしれない。
右 :農薬を散布しないでね、と訴える黄色い旗。カヤネズミのためにも控えてほしいね

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。


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