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きょうも田畑でムシ話【98】

2021年05月11日

オカモトトゲエダシャク――いつ見ても破れ傘  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 ひょんなことから、蚕を飼うことになった。
 生繭をいくつかいただき、羽化した数匹から採卵したのが昨年11月。それが3月の末にふ化し、気がついたら、それまでに飼ったことのない数になっていた。
 およそ500匹。養蚕農家には笑われそうな数でしかないのだが、日増しに大きくなる姿を見て喜びつつ、えさやりがいかに大変であるかを身をもって知った。


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左 :お誕生日おめでとう! なーんて言っているうちはまだ良かった
右 :食べる、食べる。気持ちいいほど、よく食べてくれる


 とにかく、よく食べる。ふ化してしばらくは、毛の生えた黒っぽいものがうじゃうじゃいるなあ、というくらいでしかなかった。
 それが脱皮をくり返し、すこしずつ大きくなる。
 毛があったのは最初だけで、ニンゲンのおじさんよりもずっと早く、つるつるの体に変化した。
 ペットとして飼うつもりはないので、できるだけ早く繭をつくってほしい。だが、そのためには大量の桑の葉を提供しなければならないという現実が、頭からすっぽり抜けていた。
「まいったなあ。近くの桑の木を丸坊主にするわけにはいかないし......」
 ぼやきつつ、心当たりの場所に出かける。
 桑の葉ならなんでもいいだろうと思っていたが、実際に与えてみると、葉の面積が重要だった。
 切れ込みの深い葉があれば、いかにも木の葉という丸いものもある。枝の本数が同じなら、葉面積の大きい方が可食部が多いことになる。
 子どもにだってわかりそうなことだが、いざ探すとなると、そうそう思い通りにはならないのだ。
 形にこだわらずに葉をかき集め、与える。すると先を争うようにしてガジガジと食べ、もっとよこせと催促するように頭を振る。まさに、無言の「えさよこせ」コールである。
 でも、卵時代から知っているから、かわいい。


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左 :ここまでは1匹の脱落者(虫?)も出さずに育てることができた
右 :自生する桑の木。勝手に野良桑と呼ばせてもらっている


「さて、出かけるかな」
 日課となった桑の葉とりに出る。
 そもそも、桑の葉を大量にとるという経験がない。最初のうちは手でむしりとっていたのだが、野良桑とはいえ、次もまたお世話にならねばならない。そう思っていまは、はさみを使ってていねいにカットする。
 と、思ってもみないオマケがついてくる。
 芽吹いたばかりの柔らかい葉に、何やら黒いしみのようなものがあった。
「はてな。なんじゃらほい」
 とばかりに目を凝らすと、そのしみが動いた。
 桑の葉に頼る虫は、そういない。蚕にそっくりの、ふ化して間もないクワコだった。
 蚕もクワコも幾度か飼ったが、同時にわが家にいたことはない。
 できれば両者を交配してハイブリッド蚕をつくってみたい。だから、予期せぬクワコが手に入ったのはありがたい。
 押しいただくようにして持ち帰った。
 それで運が開けたのか、蚕のえさ探しで桑の葉をとろうとすると、あっちでもこっちでもクワコの幼虫が見つかるようになってきた。
 しかも育ち具合には開きがある。成長のステージが同時に見られるのだから、まさにズボラ観察者向きである。
 結局、ばらばらに見つけたクワコを十数匹、蚕と飼うことになった。もちろん、飼育容器は別々だ。


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左 :おやおや、キミはクワコの赤ちゃんじゃないか。ようこそ、わが家へ
右 :オカモトトゲエダシャクはシャクガの一種。しゃくとり虫らしい歩き方をする


 そんなある日のこと。こんどは見事な鳥のふんが見つかった。黒っぽい部分と白い部分がほどよく混じり合い、しかも照り具合も申し分ない。排せつしたばかりの新鮮なふんのようだった。
 だが、それだけでごまかされることはない。とりあえずはプチ生物研究家なのだ。それは鳥のふんではなく、オカモトトゲエダシャクの幼虫なのだと見破った。
 その場にはほかのだれもいないが、いたらきっと、エラソーに自慢してみせたことだろう。
 このあたりではそれほど珍しい虫ではないが、ことし初めての個体だった。
 オカモトトゲエダシャクの幼虫は、白黒のパンダ模様か茶色と白の混合デザインだ。鳥のふんに擬態していると説明されることが多く、ねじれたような姿勢をとるので、どこがどの部分なのか、わかりにくい。
 だがまあ、ふん化け度の審査でもあれば、高得点になるのはたしかだろう。
 いろいろな葉を食べる。桑の葉にいたのだから桑でいいと思って、やわらかそうな部分を与えておいた。
 そして数日後。朝起きると、パンダがこつ然と消えていた。容器のふたはしっかり閉じている。
 と、いたのだ。
 前の晩まで白黒だったのが、あざやかな緑色へと大変身を遂げていた。


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左 :最初はこんな色だったオカモトトゲエダシャクの幼虫
右 :それなのに緑色になっちゃった! なんでだ?


「なんで、なんで、なんでだー!」
 と心の中で叫びまくった。
 1匹しかいないので、どう考えても同じ個体の衣装替えだ。
 あわててネット情報を探ると、緑色のオカモトトゲエダシャク幼虫は珍しいという書き込みがあった。その一方で、クワトゲエダシャクの幼虫もよく似ているので間違えるなよ、という記述もあった。
 芸妓と舞妓ぐらいのちがいなのか、JRと国鉄ほどの差なのか?
 よくわからないまま、葉の色に合わせてファッションを変えたということで、オカモトさんにしとこ、ということに落ち着いた。
 クワトゲエダシャクは戦前、桑の害虫として嫌われたらしい。ところが、養蚕業が衰退してからはむしろ珍しい春の蛾となっているようだ。
 春の蛾ということでは、以前飼育したフチグロトゲエダシャクもトゲエダシャクの仲間だった。トゲエダシャクのファンは多いのだ。


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左 :フチグロトゲエダシャクも人気のある春の蛾だ
右 :オカモトトゲエダシャクの成虫。ぼろぼろの蛾に見えてもおかしくはない


 で、オカモトトゲエダシャクだ。
 成虫も何度か見ているが、幼虫のふん化けと同じくらい、ユニークな姿をしている。
 はねが、ぼろぼろだ。ヤブレガサというそのまんまの名前を持つ植物があるが、どうしてもあれを想像する。
 初めて見たときには、鳥にでも襲われたと思ったものだ。
 ところが、どの個体を見てもやっぱり、ボロ着をまとっている。
 しかも、T字の姿勢をとる。
 漢字で「鳥羽蛾」と書くトリバガという小さな蛾がいるが、その蛾もガガンボと見まごうようなT字でとまるので、ぼくは勝手に「T蛾」と呼んでいる。「D蛾」だとどこかの会社のテレビ録画機器のブランド名みたいだが、T蛾なので間違えないでほしい。
 そんなT蛾の中では、オカモトトゲエダシャクが一番なじみがある。
 ことしはよほど縁があるようで、また1匹、幼虫が見つかった。顔見知りの茶色の個体だ。
 せっかくだからと同居させたが、はてさて、またしても緑色に変身するのか?


tanimoto98_10.jpg と、またまたしばらくして、こんどはピンク色に変身だ!
 えええ、えっ?!
 幼虫の色変わりについて友人に問い合わせると、メールが届いた。
 ――オカモトトゲエダシャクの幼虫をうまく飼育して、メス個体を出してくださーい!
 幼虫の体の色について尋ねたのに、それには一切ふれていない。コレクターはそんなものなのだろう。
「知りたいのは、グリーンやピンクの幼虫はふつうなのかということなのになあ」
 フチグロトゲエダシャクと同じで、もうすぐ土にもぐって、さなぎになる。そして羽化するのはずーと先の来春である。
 メスはたぶん、珍しいのだろう。
 だけど、オスの幼虫なら、成虫になってもオスのままだろう。
 でもその前に、ちゃんとさなぎになって、うまく羽化してくれるのだろうか。
 体色よりも雌雄よりも、ぼくにはその方がずっとずっと、ムズカシイ。
右上 :茶色からピンクになったオカモトトゲエダシャクの幼虫。よくあることなのかどうかは知らない

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。


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