きょうも田畑でムシ話【91】
2020年10月07日
クズ虫――溺愛する秋の七草
ことしの夏は暑かった。それでも彼岸を過ぎると涼しさも感じるようになり、近くの森へ秋の植物を見に行った。
季節の好みは、人それぞれだ。しかし、こと七草に関しては、春の方に親近感をおぼえる人が多いように見受けられる。春の七草はそらんじることができても、秋の七草をすらすらと言える人には滅多に出会わない。
一般には山上憶良が万葉集に残したハギ、ススキ、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、アサガオだとされている。ところがアサガオをまぜ込んだものだから、後世の人々を悩ませることになった。そのまんま現代のアサガオのことだと説く人がいれば、「いやいや、キキョウだろ」「ヒルガオじゃないのか」「何を言う。ムクゲに決まっておる」となかなかに、かまびすしい。それなのに、春の七草に比べると知名度が低いのは、食べることを前提にしていないからだろうか。
春は、かゆにして食べる。ところが秋の七草を口にすることはなく、アサガオなんぞのタネを食べた日には、大変なことになる。関心の度合いが低いのもやむを得まい。観賞するだけにとどめておこう。
右 :フジバカマ。見かける機会が減った秋の七草のひとつだ
さて、森の中である。オミナエシの黄色い花が咲いていた。すぐそばに名札があったから、おそらくは保護されているものだろう。ハギの仲間とみていいのか、ヌスビトハギのかわいい花も見つかった。ススキもこれ見よがしに穂を揺らしていた。
その隣には、クズの花。赤紫のチョウのような花のかたまりにわがブタ鼻を近づけると、甘い香りがすっと忍び込んだ。芳醇なぶどう酒を思わせる。
クズはアサガオとちがって、堂々と秋の七草に入る。つる先を摘んで食べ、根はくず湯に、繊維は糸や布にする。観賞がすべてと思われがちな七草グループにあって、なかなか役に立つ植物なのである。
左 :オミナエシの黄色い花は万葉の時代から変わらない。絶滅が心配されるほど少なくなったのが実にさびしい
右 :大きな葉の間から顔をのぞかせるクズの花。これが数種のチョウには、おいしいごちそうになるのだ
人間だけではない。虫たちにとっても、クズは有益だ。
春。葉が開いたと知ればコフキゾウムシという、緑とも青とも見える粉を吹き付けたような小さなゾウムシが何匹も集まり、切り絵でもするかのように、葉のふちをかじっていく。
同じように、小粒ながらタマムシのキラキラネームを持つクズノチビタマムシも、葉上に道を描くようにして食べ進む。
ちょっと目立ちすぎではないですかと声をかけたくなるパンダ模様のオジロアシナガゾウムシも、常連客としてやってくる。茎を抱きかかえるようにしてちょこんととまっているところを見るのは、クズ観察の楽しみでもある。
左 :クズの葉ではおなじみのコフキゾウムシ。体長7mmほどと小さいが、集団で目にすることが多い
右 :クズノチビタマムシ。よく見ると渋い美しさも感じられるが、いかんせん、体長3mmと小さすぎる
だがもしかしたら、そうやって愛らしくふるまうのは、ヒトの目をごまかすための作戦やもしれぬ。
「キミ、かわいいねえ」
「アタシ、この茎が大好きなの。ギューしちゃうー!」
ほほえましいと思って見ていると、彼女はそのうち茎に傷をつけて、卵を産みつける。そしてその中で幼虫が育つにつれて、スマートだったはずの茎は見るも無残な紡錘状になっていくのだ。彼女のおなかではなく、産卵されたクズの茎がぷくんとふくらみ、いわゆる「虫こぶ」を形成する。
そのこぶの中でさなぎになり成虫になった「パンダゾウムシ」は、寒い冬をその中で越す。そして春の七草のシーズンが終わったころ、秋の七草の中であるクズの虫こぶからようやく、外に出るのだ。寒い時期に見かける節くれだったクズの茎には、夢見ごこちのそんなパンダちゃんが隠れているのである。
左 :オジロアシナガゾウムシのつくった虫こぶ。成虫が抜け出た穴が開いている
右 :虫こぶから出てきたオジロアシナガゾウムシ。持って生まれた習性なのだろう、やっぱり、しっかり、しがみつく
左 :「蝶形花」とも呼ばれる花を次々と咲かせるクズ。見つけたら、一度は甘い香りをかいでほしい
右 :葉にとまったウラギンシジミ。はねの裏側が銀色だから、「裏銀」となったようだ
冬枯れの景色にはまだ早い。ぶどう酒の花が盛りの時期にまで時を戻そう。
クズの花を知らない人には、フジを逆さにしたような、と表現すればイメージしてもらえるだろう。
では、「逆さ藤」とでも呼ぶのかというと、そうではない。上下が反転したように水面に映り込む「逆さ富士」はあっても、フジでは使わない。その代わりに「のぼり藤」という呼び方はあって、家紋では「上がり藤」ともいう。
それにしても、チョウが何匹も群れたような花である。「蝶形花」とも称されるマメ科の植物だから当然ともいえるが、その花にすみつくチョウまでいるのにはびっくりだ。
名を、ウラギンシジミという。
漢字では「裏銀蜆」と書きたくなるが、「裏銀小灰蝶」とも記す。「蜆」はシジミ貝のことで、ヤマトシジミ、タイワンシジミといった名前の貝が存在する。
まぎらわしいことに、昆虫界にはヤマトシジミというシジミチョウ科のチョウがいる。はねを開いたさまが小さなシジミ貝のようだというのである。
ウラギンシジミもその科のチョウで、グループ内では大型の種として知られる。ひとによってはウラギンシジミ科として独立した扱いもするようだが、分類のしかたはともかく、注目したいのはそのはねの色合いだ。
裏銀というように、はねの裏側はシルバーである。チョウの場合、裏と表が混乱することがあるが、はねを閉じたときに見える側がじつは裏側となる。
では表側はどうかというと、赤っぽいのだ。オレンジ色と言ってもいいかもしれないが、よく見かけるベニシジミに似た色合いだと思う。
そんなリバーシブルタイプのチョウであるウラギンシジミは、これまでに何度も見ている。成虫で冬を越すことでも知られ、気温が下がってくるとお気に入りの葉や枝にとまって、じっとしている。
左 :ウラギンシジミは、はねの裏と表の模様が大きく異なる。表側は赤っぽい
右 :友情出演のベニシジミ。はね表の雰囲気が、ウラギンシジミに似ていないだろうか
さらに興味深いのが、幼虫時代はクズの花を食べることだ。
わが庭を常宿にするチョウの代表格はモンシロチョウであり、キアゲハ、ジャコウアゲハ、アカボシゴマダラ、ツマグロヒョウモンである。だが彼らはさまざまな花に立ち寄ってみつを吸うことはあっても、幼虫の間はだいたい決まった植物の葉をえさにしている。生きるために必要なのはあでやかな花ではなく、実利を生む葉なのだ。
それなのにウラギンシジミの幼虫は、クズのあの美しくかぐわしい花、チョウにも見えるあの花にむしゃぶりつく。しかもその幼虫の姿がまた、けったいなのである。
どう見ても牛だ。いや、牛そのものよりも、海にいるウミウシのイメージに近い。筒になったような角が2本生えている。
パッと見は、角のある方が前、つまり頭だと思う。だが本当は、おしりなのである。おしりに2本の突起があり、それが牛の角に見えてしかたがない。
しかも、その突起から花火を打ち上げるのだ。線香花火のような白いものを出し、しばらくするとひっこめる。
――と、本などでよく紹介される。その行動の意味ははっきりしないようだが、そんなことをすると知ったら、自分の目で見たいと思うのが人情だろう。
左 :ゴルフボールのようなウラギンシジミの卵。つぼみや花に産んであるが、コツをつかむまで見つけられなかった
右 :初めて見たウラギンシジミの幼虫。複雑な模様の終齢と思われる幼虫だった
そのためにはまず、幼虫を見つけることだ。
クズの花なら、そこらじゅうにある。なんてことはない。
なーんてタカをくくっていたせいか、花はあっても幼虫の姿はないことが続いた。思い立ってから、もう何年も......。
ところが、ことしはちがった。最初に卵が見つかり、目が慣れてくると、こんどは高い確率で幼虫が目につくようになったのだ。
初めて見た幼虫はたぶん、終齢だったのだろう。想像以上に、巨大だった。体の模様もひとことでは言えない複雑さ。美しいと思っていたクズの花にそんなのがくっついていたのだから、ドキッとした。
だがそれはすぐ、ヨロコビに変わった。
ありがたいことに、同じ花でウラナミシジミの幼虫も見つかることが多い。漁夫の利というのか、一挙両得というのか、まあどちらでもいいと思えるくらいラッキーな年となった。
願わくば、あの幼虫の花火が見たい!
いまの望みはそれだけである。
若い幼虫を持ち帰った。いまのところ、花火を出させる技を見いだせないでいる。
悔しいことに、花探しの最中に、マルカメムシの毒ガス攻撃をこうむることがある。やつらもクズが大好きなのだ。そして、数あるカメムシの中でも、だれもが悪臭だと感じるガスを発射する。それでもアタックしないことには、花火幼虫は見つからない。
左 :ウラナミシジミの成虫。はねの裏側に波模様のある、かわいらしいチョウだ
右 :できれば出会いたくないマルカメムシ。いるときには、ぞっとするほどの集団で汁を吸っている
それにしても、クズに頼る虫のなんと多いことか。ぼくはそれらを、「クズ虫」と呼ぶことにした。
だがしかし、暖かい千葉県でもクズの開花期は過ぎ、タネの季節を迎えた。日を追うごとに数を増す毛むくじゃらのさやが、それ見たことかと笑っている。
さなぎになるまで、あとしばらくはかかりそうだ。
代用食として、ハギの花に目をつけた。秋の七草にハギがあるのは、そのためかもしれないと思えてきた。

たにもと ゆうじ
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。