提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ

農業のポータルサイト みんなの農業広場

MENU


きょうも田畑でムシ話【69】

2018年12月05日

似て非なるいのちのカプセル――ハラビロカマキリの怪  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 ここ数年のわが菜園の課題は、どうやって無加温ハウスで最大の暖房効果を上げるかということである。そのために踏み込み温床のまねごとをしたり、ハウスの中にビニールトンネルをこしらえたりしてきたが、うまくいったためしがない。
 日中は暑いほどに温度が上がるものの、夜になると外気温と変わらないのだ。ハウスの中の土だって、完全に凍りつく。


tanimoto69_1.jpg 気分転換を兼ねて、雑木林を歩く。
 と、1匹のカマキリが目に飛び込んできた。こんなに寒くなってもまだいるのだ。

 鳴く虫といえば、カネタタキぐらいになった。かの清少納言が『枕草子』で「ちちよ」と鳴かせた鬼の子ことミノムシの正体ではないかと紹介されることが多い、ちっぽけな虫である。
 しかしさすがに、この寒さだ。鳴く声も弱々しく、父にも母にも聞こえそうにない。
 その向こうを張って堂々と、ではないにしてもちゃんと生きているのがカマキリだ。こんなに寒いのに見上げたものだと、敬意を表して仰ぎ見た。
 どこかの煙突を思わせる、太い木の幹の上の方にいる。
 もっとも当のカマキリさんは、そんなこと知ったこっちゃないよという顔つきで、ガッシと幹にしがみつく。虫の表情が読み取れるわけもないのだが、カマキリにはどうも表情があるように思えてならない。
右 :冬になってもよく見つかるハラビロカマキリの成虫。寒さには強い虫のようだ


 見たところ、メスのようである。わが家でもよく目にするハラビロカマキリだが、これからここで、卵を産むのだろうか。
 だったら、どんどん産んでほしい。野菜づくりの頼りになるガードマンだからだ。

 ――ん?
 メスだったら、「ガードマン」と言ってはマズいかもなあ。
 と一瞬思ったが、まあ、とりあえずは勘弁していただこう。口には出さないが、心の中ではいつも感謝しているということで。


tanimoto69_10.jpg  tanimoto69_11.jpg
左 :玄関の壁で産卵を始めたハラビロカマキリ。なんともうまく、小舟の形にするものだ
右 :鎌を研ぐハラビロカマキリ。道具の手入れは怠らないマジメな職人?


 とはいうものの、このカマキリがもしも人間だったら、付き合いたいとは思わない。カマキリにはどうしても、顔や指、すねに傷持つイメージがあるからだ。あの三角アタマが悪役感に拍車をかける。
 そしてそれはたぶん、間違っていない。自分が昆虫世界に生きる虫だとしたら、近づかないことが長生きの秘けつとなろう。
 うっかりして、「きょうはいい天気ですね。これから......」なんて声をかけたら、続くことばは胃袋の中で発することになりそうだ。ああ、クワバラ、クワバラ。
 カマキリは、それほどに強い。場合によっては鳥さえも餌食にする虫だから、お近づきになろうなんて考えない方がいいに決まっている。


 幸いにもぼくは人間だ。虫には考えつかないカマキリの利用法を知っている。
 たとえばネズミにかまれたりとげを抜いたりする場合にはすりつぶした成虫を用い、黒焼きは脚気やぜんそくの改善に使うといった民間療法があった。しかし主として利用したのは卵の方で、個々の卵が一緒になった卵の塊だから、本来は「卵鞘(らんしょう)」「卵のう」と呼ぶべきものだ。


tanimoto69_4.jpg ともあれ、その卵は「桑螵蛸(そうひょうしょう)」という生薬に化け、頻尿や夜尿症、男性機能の回復などに効果があるとされてきた。
 だが、そんなのは知ったかぶりをする大人の呼び方だ。子どもたちはもっと簡単に、「オオジガフグリ」と言っていた。
 フグリは植物のオオイヌノフグリでよく知られるように、陰のうのである。では「オオジ」は何かといえば、じいちゃんを指すことばである。だからそれはたぶん、数あるカマキリの卵の中でも、オオカマキリのものを指したものだと思っている。
右 :野外でいちばん目につくのはオオカマキリの卵だろうか。子どもたちはこれに「オオジガフグリ」の名を与えた


 ぼくは家から一歩でも出ると、何が目的だったのかを忘れることが多い。いやそれ以前にたいていは、はっきりした目標を定めずに出かける。歩き出して目にしたものが、初めからねらっていたものであるかのように切り替わるのはいつものことだ。
 今回は少しばかり、心を入れ替えた。ハラビロカマキリの外来種とされるムネアカハラビロカマキリの見分け方を学んだからである。


 このムネアカハラビロカマキリという虫は、2000年代に入ってから、かなり広い範囲で見つかるようになった。東京都や埼玉、神奈川県といった首都圏や新潟、愛知、岐阜、岡山県などから報告があるという。
 ぼくの印象では、ハラビロカマキリは長生きだ。
 というか、寒さに強いイメージがある。木枯らしが吹いてもまだ、見かける年が多い。
 念のため、過去に撮影した手持ちの写真データを確かめたら、11月、12月というものが何枚も出てきた。目にしたらすべて撮っておくという熱心なウオッチャーではないので、見つけても記録してないものはたくさんある。だから、コートを着る季節にハラビロカマキリを目撃してもたいして違和感を感じない。
 ところが、このカマキリは海の向こうからやってきたのだ。中国の虫について記した論文などの記載を読むとムネアカハラビロカマキリにそっくりだというので、きちんと確かめられないまま、「ムネアカハラビロカマキリ」ということになった虫らしい。
 ――といったことを、カマキリに詳しい人に教わった。


tanimoto69_5.jpg  tanimoto69_7.jpg
左 :ムネアカハラビロカマキリの胸。その名の通り、赤みがかっている
右 :外来種のムネアカハラビロカマキリの腕の突起の数は、在来種よりも多い


 まずは、その名の通り、胸が赤い。捕まえたものをいくつか見せてもらったが、赤ではなく、オレンジ色とかピンクががった色といった方が近いかもしれない。
 そして腕にあるとげみたいな突起の数が、在来のハラビロカマキリよりは多い。ハラビロカマキリは3つか4つだが、ムネアカハラビロカマキリの方はその倍ぐらいある。
 「ハラビロカマキリ」と付くくらいだから、外見はやっぱり、在来のハラビロカマキリに似ている。だが、1センチほどからだが大きく、首が長い。


tanimoto69_6.jpg そんなそっくりさんがいつからこの日本に居すわったのか、いまのところ、だれも明らかにしていない。ただ現実に、目にする機会がふえているというから、なんとしても自分の目で見てみたい。
 ぼくの場合、そんなふうに思うときには季節外れであることが多い。わが家の菜園に出没すればしめたものだが、いまのところまだ、おいでにはなっていない。
 しかも、捕まえて飼うことも移動させることもかなわぬ外来種に指定されてはいない。だったらそんなに騒ぐこともなかろう、なんて言う人もいるが、地域によってはハラビロカマキリが消え、ムネアカハラビロカマキリに置き換わった例もあるというから、おそろしい。
右 :ハラビロカマキリは白い星も目印になる


 どちらもカマキリ、狩りをする習性を有した虫である。
 「オラオラ、オレはオメエが気に入らんのだ」と言いがかりをつけて決闘に持ち込む可能性がないとはいえないが、それよりもえさの奪い合いが起きているのではないかという見方の方が有力だ。その点ではムネアカハラビロカマキリに分がある。卵からかえるのも成長のスピードも、ムネアカハラビロカマキリの方が勝るからだ。


tanimoto69_3.jpg  tanimoto69_9.jpg 
在来のハラビロカマキリの卵(左)は、細い枝に産んでも全面が張り付いているが、ムネアカハラビロカマキリの卵(右)は、横からみると、半分ぐらい、枝から離れている


 面白いことに、というのは不謹慎かもしれないが、中国から輸入した竹ぼうきの竹に卵がくっついていることがある。だから輸入元は中国だ、と断定できないにしても、いくらかはそうやって侵入するようだ。ハラビロカマキリは壁とか木の幹にべったり張り付く産み方をするが、ムネアカハラビロカマキリは細い枝のようなものを好んで産卵場所にする。
 ぼくの友人もホームセンターで売っていた竹ぼうきに、それらしき卵がくっついているのを見た。
 卵もやっぱり、ハラビロカマキリのものに近い。小舟をひっくり返したような形をしている。
 しかしよく見ると、下向きに付いたそれの先っぽが、細い竹や枝から浮いているのだ。
 だったら、ぼくにも見分けがつく。

 見つかるかどうかは時の運。見つけて喜んでいいのかどうかはビミョーなところだが、SF小説さながらに在来種がいつの間にか姿を消し、ムネアカハラビロカマキリに置き換わっていたとしたら......。それを確かめるためにもこの冬は、カマキリの卵に注目したいと思っている。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。


←最新の10件を表示