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きょうも田畑でムシ話【45】

2016年12月08日

夢のカギ握る招待客――アブ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 あこがれの、という言葉がよく使われる。古くは「憧れのハワイ航路」なんて歌があった。観光パンフレットではよく、「あこがれの豪華リゾートホテル」といった紹介のしかたがされている。
 ぼくの場合、そういうものは特にない。
 と、長いこと思ってきた。

 ところがつい最近、それがガラガラッと崩れ落ちた。音はもちろん出なかったが、ああそうか、こういうものを人はあこがれというのかなあ、と気づいた次第である。


tanimoto45_2.jpg 庭をいくらか整備し、いくばくかの野菜を育ててみようと思ったのがそもそもの始まりだ。雑草を刈り取り、カチコチの土をほじくり、天地返しをした。落ち葉をかき集めて穴ぼこにつっこみ、米ぬかをばらまき、水をかけ、その上に土をかぶせて踏んづける、などということも試してみた。

 農家の人たちにとっては当たり前の作業である、マルチングにもトンネル栽培にも初めて挑戦した。そして、「トマトの裂果防止によろしいですぞ」という友人のアドバイスに従い、雨よけハウス栽培にも手を染めた。
 それらはそれなりの、それ以上ではない、なるほどなあ、というほどの成果をもたらしてくれた。そして気がつくと季節はもう、しっかりと冬そのものになっている。
右 :雨よけハウスの中で育つトマト。確かに裂果防止の効果はあった


 組み立て部品がセットされた樹脂製パイプの雨よけハウスだが、骨組みだけを見れば、わが住宅街では珍しい、いかにもハウスらしい形状をしている。しかしいかんせん、寒風が吹きすさぶ冬ともなると、あばら骨をさらしているように見えて痛々しい。
 その瞬間だ。「ビニールハウスにするぞ!」と思い立った。そしてほぼ同時に、わが庭わが領地にあこがれのビニールハウスを建てるぞプロジェクトが始動したのである。


 園芸書を読み、パソコン情報、友人・知人の意見を参考にしながら、実現をめざした。そしてめでたく、ともかくも外見だけはそれらしいものを作り上げることができた。まずはルッコラ、コマツナあたりを栽培し、可能ならイチゴの甘い香り漂うハウスにしようという新たな計画も立ててみた。


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 :わが菜園につくったビニールハウス。ここで冬にイチゴを収穫するのが当面の目標だ
 :毎年育てるコマツナだが、こんどはハウス栽培になる。格がちがうのだ!


 葉物野菜はともかく、イチゴは季節に関係なく開花するワイルドストロベリーの株がある。昨年初めて植えた「はるのか」「とちおとめ」「章姫」などからとった苗も数株、確保してある。
 念のため、またまた先達にうかがうと、「冬に収穫したいなら、暖房しないと無理だろうね」という人が多かった。しかし少数ながら、「イチゴなら、無加温ハウスでもとれますぜ」といった話も聞けたので、やってみるかという気持ちになっている。


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 :以前撮った冬の露地イチゴ。ちゃんと花が咲いていた
 :めざすのはこんなイチゴだ。1粒でもいいから、実らせたいなあ


 となると、授粉をどうするかが当面の課題である。筆やはけで花をやさしくなでなですればいいのよん、という紹介記事も雑誌で見つけた。
 しかし、である。何事にもモノグサ一番を旨とするプチ生物研究家ゆえ、できれば手間のかからぬ方法をば採用したいという当然の帰結となった。


 ここでようやく、虫の登場だ。劇場風にいうなら「全国の虫ファンのみなさま、お待たせいたしました~!」というアナウンスがあり、ファンファーレが鳴り響くところなのだが、それらはもちろん、ない。代わりに出番となるのは、虫とりあみである。

 多くの作物の場合、ミツバチがポリネーターとして活躍する。花粉媒介者、送粉者、あるいはもっと平たく、訪花昆虫とも呼ばれる虫たちのことだ。


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 :イチゴの花が咲けば、授粉してくれる虫が欲しくなるのは当然だよね
 :ミツバチは、授粉に役立つ昆虫の筆頭だ


 ミツバチは西洋種、日本種ともに、農業界を陰で支えている。近ごろはマルハナバチも加わり、ただでさえにぎやかなブンブン・マーチがいっそう華やかになった感がある。スズメバチやアシナガバチはちょっとおっかないものの、農業にあだなす虫を駆除するという観点では、ハチ族の多くが高い貢献度を誇る。


 では、アブはどうか。大ざっぱにいえば同類であり、見かけ上もそっくりだ。それなのになぜか、アブは軽んじられる。
 アブとハチが似ていると感じるのは体の模様からにじみ出るイメージと、あの羽音が酷似するからだろう。だが、音はともかく、黄と黒のストライプだけで怖いハチを連想するのはやめてもいい時代になってきた。
 もっとも識別しやすいのは、はねの枚数だ。ハチは4枚、アブは2枚。この差は大きい。だからちゃんとした目を持つ人は、瞬時にしてハチかアブかが見分けられる。


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 :体じゅうに花粉をつけたアブ。じつに頼もしいね
 :日なたぼっこをするアブ。暑い季節の勢いはさすがに感じない


 人を刺すかもしれない4枚ばねのハチは危険であり、ハチの半分のはねしか持たぬアブは無害である、なんてことはない。血を吸うアブもいるから、アブだからといって油断してはならない。現にこのぼくは、ひもじい思いをしているようにみえた(?)アブに血を恵んでやったばかりに、完治するまでに3年を要したという経験を持つ。そうでなくても牧場ではいまなお、アブ対策が牛の衛生対策上、重要な課題のひとつとなっている。


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 :吸血性のウシアブ。見るからに強そうなアブである
 :秋の終わりに姿を見せる毛むくじゃらのハタケヤマヒゲボソムシヒキ。虫をひいていくアブという意味の名前が表すように肉食だ


 だがだが、しかし、ハナアブのように授粉に力を貸してくれるグループもあって、これまたアブをひとくくりにして警戒警報を出すわけにもいかない。
 わがハウスにお招きしようとしているのはハナアブのように、人ならぬ"虫のいい"アブである。虫がいいといいながら、実際に虫のいいお願いをするのはぼくの方であるのだが......。
 それはさておき、とにもかくにも、わが家始まって以来の壮大な計画をまっとうしようと、まずはハナアブ探しに出かけた。


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 :みつを吸うアブ。「甘いですか?」と尋ねたくなる
 :アブは黄色が好きなのかな? 黄色い花でよく目にする


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 :幼虫時代のハナアブは、正直言って、あまりかわいくない
 :ハナアブのさなぎ。幼虫同様にさなぎも、美しいとは言いがたい


 半世紀ぶりの早い降雪となった年である。じつに寒い。その寒さのせいで、もう少し様子をみるつもりだったハヤトウリは凍傷にあったようになり、あわてて収穫するはめになった。いまも残る花らしいものといえば、セージの一種と、センチュウ対策になるだろうと思ってあちこちに植えたアフリカン・マリーゴールドぐらいのものだ。天気のいい日にはよたよたした感じで蜜を吸いにくるチョウもいるが、イチゴの授粉をしてもらいたいハナアブ軍団は目に付かない。


 このときひらめいたのが、地図だった。わが家は幸いなことに、千葉市にある。房総半島の先っぽにまで足を延ばせばまだ暖かく、ハナアブだって、わんさかいるにちがいない。

 この思いつきはばっちりだった。下見を兼ねた探索では、イソギクに群がるアブやチョウが何匹も見られた。おまけにアオツヅラフジも見つけた。このつる性の植物の青い実の中には、アンモナイトが隠れている。
 ――などということはさすがにないが、あの古代生物にそっくりのタネであることはまちがいない。ハナアブは花粉だけでなく、ロマンも運んでくれるのだ。


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 :海浜植物のイソギクにはたくさんのアブが集まっていた
 :海岸で見つけたアオツヅラフジ。この青い実を見つけたらぜひ、タネを取り出してほしい。アンモナイトそっくりなんだから


 この調子でなんとかして、わが菜園でも冬イチゴを収穫したい。もしダメなら、雑木林でフユイチゴをとってこよう。
 そう考えるとわくわくしてきて、2号ハウスまで計画した。それはまもなく完成の予定である。
 ハナアブさーん、たのんまっせ!

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。


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