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きょうも田畑でムシ話【3】

2013年06月13日

猫をかぶったアイドル?――カタツムリ  

プチ生物研究家 谷本雄治   

 
 鶏が先か卵が先かということは、いまだによく話題になる。科学者がそれぞれの立場の研究から論を説くが、誰もが納得する答えは、21世紀のいまも得られていない。

 似たようなことが、カタツムリとナメクジでも言われてきた。
「ヌードになったカタツムリがナメクジさ、カタツムリあってのナメクジだ」
「そうかねえ。ナメクジに殻ができて、カタツムリが誕生したんじゃないの。ナメクジの方がよく見かけるだろ」


  
(左 :雨の日には活発に動き回る。どことなく妖しい雰囲気を漂わせながら......
右 :殻のないナメクジだからよく見える呼吸孔。いたずらっ子が開けた孔ではありません)


 酒の席でこんな話が出ると、終わりはない。そのうち鶏と卵の関係のドロ沼に入り込み、親子丼を平らげても議論は続く。
 生物学者によると、カタツムリというのは陸で生活する巻貝の総称だ。えらではなく肺で呼吸するのが大きな特徴であり、殻の退化したものがナメクジとされている。つまり、カタツムリあってのナメクジなのである。


 ところが青森県や沖縄県の一部ではカタツムリを「イエショイ(家背負い)ナメクジ」、ナメクジを「ハダカ(裸)ナメクジ」とか「イエナシ(家なし)ナメクジ」と呼び、両者を区別しなかったという。そうなると凡人の頭はますますコンガラガッテ、まあ、どっちでもいいやと思えてくる。

 ただし、生存にはどちらが有利かとなると、話はちがう。例えばカタツムリのように殻があれば身を守れるが、狭い場所には入れないし、何よりも重そうである。
(右 :カタツムリって、近くで見ると、なかなか艶っぽい! メスでもありオスでもある両性が一体になった雌雄同体の生き物だからかなあ)


tanimoto3_5.jpg 人間の利害がからむと、さらに混乱する。農家なら、ナメクジ、カタツムリの区別なく、野菜害虫とみる。その一方でカタツムリの殻の構造に学び、汚れない便器を開発したメーカーがある。あるいは虫媒花、風媒花ならぬ「カタツムリ媒花」というものもあり、オモトやネコノメソウの仲間の開花中にネバネバべっとり這いまわることで、それらの植物の受粉に貢献する。一面だけみて善悪のレッテルを張るのは、慎むべきなのだ。
(左 :びよ~ん。カタツムリはこんな芸当も朝飯前。軟体動物であることを納得させる1シーンだ) 


 ――などというのは、いくらかでもカタツムリに親しみを感じる者だけであろう。

 外国の例だが、オーストラリアでは体長80センチにもなる大型のトカゲを植物園内に放して、カタツムリやナメクジを退治しようとした。彼らにすればゴジラを相手にするようなものだからたまったものではないと、同情したくもなる。


 ところがそんな思いを吹き飛ばすような、ゴジラ的なカタツムリがいるのもまた事実だ。最近もアメリカで、手のひらからはみ出すほど巨大なカタツムリが大発生し、農作物を食い荒らしたり、外壁に使われている漆喰(しっくい)に群がって、殻の形成のためのカルシウムを摂取したりしていると報道された。

tanimoto3_8.jpg その巨大種は、日本にも前からいる。沖繩や小笠原で問題になっているアフリカマイマイだ。沖繩に行くたびに目にするが、ほかのカタツムリを探すよりもうんと簡単に見つかるところが恐ろしい。数年前には九州に進出したというニュースも流れ、温暖化との関係で大いに心配された。
(右 :沖繩に行くと、ごく普通に見かけるアフリカマイマイ。デカすぎる! これでは野菜の被害も大きいはずだ)


 アフリカマイマイは昭和の初め、食料の足しにするために持ち込まれた。しかし、のちのジャンボタニシ(スクミリンゴガイ)と同様に、カタツムリ食は広まらなかった。だからというわけでもないが、カタツムリを見つけたら、なんとかして利用しようとする生き物もまた存在する。


tanimoto3_4.jpg 有名どころは、カタツムリの別名「マイマイ」にちなんだマイマイカブリだ。ホタルの仲間も「わしらの大好物なんよ」とばかりに食いつき、食べ尽くす。ホタルというとゲンジ・ヘイケしかいないように思われがちだが、実際には陸にすむホタルの方がずっと多い。この2種はむしろ、異端児なのである。
「その通り。陸にこそ敵は多いですわ。うちらは大いなる被害者でして」。ぼくがカタツムリだったらきっと、こんな風にぼやくだろう。
(左 :ヒメボタルのような陸生ボタルの幼虫は、カタツムリなどをえさにする)


 そこへさっそうと現れたのが、イッシキマイマイという石垣島や西表島にすむカタツムリだった。いやいや、もともと生息していたのだから、彼らの秘めた能力が明るみに出たというべきだろう。

 それは、驚くべき秘密だった。天敵であるイワサキセダカヘビに襲われ、かみつかれた際、自らのしっぽ部分を切り離し、殻の中に引っ込んで命を守るというのである。まさにトカゲ、ヤモリのごとき秘技である。

 これは特殊な例だとしても、身近にいるわりにその生態が知られていないのがカタツムリである。最大の理解者である子どもたちはニンジンやレタス、サツマイモ......とえさを変えて与え、ウンコの色を見る。そして飽きる。


 それでもそれはまだマシな方で、いつまでたっても梅雨時のアジサイにのっかるムシだという認識しかない大人は多い。たまには1匹捕まえて、ウンコがどこから出るのか、どこで呼吸をしているのか、というくらい、自分の目で確かめてみたい。


tanimoto3_2.jpg  tanimoto3_10.jpg
(左 :カタツムリはどこから糞を出すのだろうか。こんな場面に出くわしたら、もうバッチリ! 「ふ~ん、そうか!」ってね
右 :歳とともに毛の生え具合が変わるオオケマイマイ。毛は減ってもナメクジよりはましかも)


 そして、ウンコはおしりから出ないと知ったときの衝撃! それはオオケマイマイという毛の生えたカタツムリを初めて見たときの驚きにも似ている。オオケマイマイの毛は誕生してから少しずつ量を増し、加齢とともに減っていくのだが、まずはその存在自体に「!」を5つほど贈りたい。
 カタツムリの殻の中では、謎が渦を巻いている。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。


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