冷害に強い稲の栽培法
はじめに
●イネ栽培の歴史は、冷害との闘いといっても過言ではありません。
●熱帯原産のイネは低温に弱く、栽培化の過程で品種の改良や栽培技術が向上し、地球温暖化が進行していてもなお、冷害は大きな問題であり続けています。
●低温がイネに与える影響は、感受性が生育ステージにより異なるため、同一の強度・持続期間の低温でも、その被害の様相また被害程度が大きく異なり、大きく「遅延型冷害」と「障害型冷害」の2つに類別されます。
●ここでは、それぞれの型の冷害の原因、診断法、対策技術の視点から解説します。
障害型冷害
●障害型冷害は、低温による花粉の発達障害を原因とする雄性不稔(受精に必要な充実した花粉数が開花時に不足し、正常な受精ができない)による減収と定義できます。
●登熟不良による減収は、後述の遅延型冷害に分類されます。
障害型冷害により被害を受けた不稔が発生した穂(右)と正常な穂(左)
●障害型冷害は、感受性時期である「冷害危険期」(花粉の減数分裂期・四分子期を中心とした穂ばらみ期で出穂10~12日前)を中心としたタイミングに低温を受けると、その後に気温が上昇しても回復することができない、決定的な冷害です。
障害型冷害の感受性時期
最も感受性の高いのが出穂10~12日前の「冷害危険期」で花粉の減数分裂期・四分子期を中心とした穂ばらみ期に相当(Satake 1991,日作紀を改変)
遅延型冷害
●遅延型冷害は、低温に伴う生育の遅延を原因とした登熟不良による減収と定義できます。登熟不良は、受精しているけれどその後の発育不全で子実の充実が不完全な状態をさします。
●イネの生育ステージの進展は温度に強く依存し、低温になると生育ステージが遅延し、出穂・開花の時期が遅れます。
●寒冷地では秋が早いため、登熟期間中(受精後に種子(胚乳)にデンプンが充実する期間)に低温に遭遇するリスクを高め、遅延型冷害をもたらします。
栽培的な対策技術
「障害型冷害」
●窒素肥料は多収を得るために重要な要素である一方、過剰な窒素施肥は冷害時の被害を助長させます。
●そのため植物体の窒素の状態を葉色などから判断しながら、天候を見通した窒素の追肥が必要です。
●深水灌漑は「冷害危険期」に低温となったときに唯一の防衛手段であり、水深20cm以上を目標に高めることで、冷たい冷気から感受性部位である発達中の幼穂を、水が持つ保温効果で守ることができます。
●加えて、危険期以前の「前歴期」と「履歴期」の深水灌漑も推奨されます。
冷夏の際の深水灌漑
「危険期」の深水は直接的に感受性部位である葯(やく)中の花粉を保温することで冷害の被害を軽減する。「前歴期」である幼穂形成から穂ばらみ期までは花粉母細胞の数を減少させることで、「履歴期」である幼穂形成3週間前から幼穂形成の間の深水は花粉そのものの低温に対する強さを補強する体質改善をすることで、冷害による被害を軽減する。
参照:危険期、Sakai(1949)農業及び園芸、前歴期、Satakeら(1988)日作紀、履歴期、Shimonoら(2007)Field Crops Research.(図提供:濱嵜孝弘氏)
「遅延型冷害」
●健全な苗の育成は、本田に移植したのちの活着が早く、出穂・開花の時期の遅延を避けることにつながります。
●低温予報が出された場合などには、水深を深めに調整する水管理により、冷気からイネを守ることが重要です。
●防風対策も重要であり、ヤマセが疾風する冷害危険地域では、防風林や防風ネットなどを利用し、冷風によるイネ体温また水温の低下を防ぎます。これは障害型冷害への対策にもなります
品種による対策技術
「障害型冷害」
●導入する品種は、冷害が常襲する地域では、穂ばらみ期の耐冷性が強い品種の選定が重要になります。
●ちなみに、現在の主力品種である「ひとめぼれ」や「コシヒカリ」の穂ばらみ期耐冷性は「極強」、北海道の「ななつぼし」は「強」にランクされています(2009年以前のランクで表記)。
●冷害のリスクを軽減するため、作付けしているイネの「冷害危険期」のタイミングを分散させることが有効であり、熟期の異なる品種の導入、また異なる移植時期や直播栽培との組み合わせが推奨されます。
イネ品種・系統の障害型耐冷性
1993年の大冷害における収穫直前の様子
障害型冷害の耐冷性が弱い「ササニシキ」が激しい被害を受けており、不稔が発生しており全く実らず穂が垂れていないのに対して、耐冷性の強い「ひとめぼれ」は正常に実っている。(提供:永野邦明氏 元宮城県古川農業試験場)
遅延型冷害
●気象の特徴から以下の基準に基づき、それぞれの気象また採用する作型に合致し、十分な登熟期間を得られる熟期の品種を選定するなど、作期計画を立案することが必要です。
東北地方のイネ安全作期の要点
早期診断による対策技術
被害を早期に診断することは、収穫時また収穫後の対策を考える上で重要です。
「障害型冷害」
(気温からの診断)
●日平均温度で20℃を下回る日が冷害危険期にどれくらい継続して発生するかが被害発生の指標になります。
●冷害危険期を中心とした生育ステージ(出穂の10~12日前)に、日平均20℃以下の気温が1週間以上続いた場合に被害が予測されますが、数日では影響が出ないことが多いです。
●2カ月間の長期の平均気温(7~8月)でみると、北海道は21℃以下、東北は22℃以下になると被害が発生します。
イネ作況指数と7・8月の気温の関係
作況指数は農林水産省から、気温は北海道は札幌市、東北地方は盛岡の気温データを気象庁から得た。作況指数は平年収量に対する百分率を示し、100は平年と同一であることを示す
(葯のサンプルからの迅速診断)
●障害型冷害は雄性不稔であるため、開花時の花粉数の指標として、葯(やく)の長さを計測することが有効です。
●品種により違いがあるものの、平年では2.0mm以上ある葯の長さが、1.7mm以下に短くなると大きな被害を受け始めることが示されています。
●一般的な定規さえあれば、開花直前の穎花から葯を観察し、障害型冷害の被害を予測診断できます。
葯長と稔実歩合ならびに葯あたり充実花粉数の関係
Alemayehu et al.(未発表データ)。稔実歩合は穂に着生している穎花(籾)のうち稔実している割合を示し、0%が完全に不稔となり収穫皆無に、100%ではすべての穎花が稔実している状態を示す
葯のイラスト
開花直前の穎花の外穎と内穎(=籾殻になる部分)を指でつまんで開くことで、葯と柱頭がでてくる。葯が6本入っており、その長さが葯長である。葯の中には1本あたり1000~1500粒程度の充実した花粉がつまっているが、冷害になるとその数が大きく減少する(Alemayehu 作図)
「遅延型冷害」
●地域ごとの平年の気温から出穂日がどれくらい遅延すると、減収が予測されるか予測できます。
●平年作を確保できる限界気温は21~22℃(出穂後40日間)とされており、出穂日が遅くなれば登熟気温が低下し、収量が低下します。
遅延型冷害を防止するための限界出穂日の岩手県盛岡市と宮城県仙台市の算出例
出穂期とそれ以降40日間の登熟期の気温を気象庁の平年気温から算出。限界出穂日は盛岡市が8月14日付近、仙台市が8月25日付近となり、これより出穂が遅くなると遅延型冷害のリスクが高まる
気象予測情報の有効利用
●気象庁では、季節予報を3カ月先について予測を公表するとともに、近年は2週間気温予報を発表しており、また地域の研究機関から危険情報も発表されています。
●それら情報へアクセスすることで、深水管理などの冷害対策に迅速に対応することが可能となります。
気象庁の季節予報の例(2020年7月25日~8月24日の1カ月予報)
なお、この低温予測は的中した
気象庁のホームページにアクセスし、ホーム>防災情報>季節予報。もしくは「季節予報」で検索
下野裕之
岩手大学農学部
(文中の画像をクリックすると大きく表示されます)
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