高温に強い品種(西日本向けの品種を中心に)
品種育成の背景
●近年、稲の出穂から成熟期までの、いわゆる登熟期の気温が適温を超す高温で推移することによる、米の品質や作柄の低下が日本各地で問題になっています。
●高温による米の品質低下の症状としては白未熟粒(背白、基部未熟)の多発や充実不足があり、更に一部では高温登熟による収量の低下も指摘されています。また、こうした高温による品質、収量への影響には品種による差があることがわかってきました。
●1990年台末ごろから、フェーン現象等により夏季の気温が高温になりやすい北陸や東北南部地域を中心に高温耐性を改良した品種が数多く開発されるようになりました。さらに近年では、西日本の主力品種「ヒノヒカリ」の高温による作柄低下が頻発していることから、ポスト・ヒノヒカリとなりうる西日本向きの高温耐性品種が数多く育成されています。
●ここでは、近年育成された高温耐性品種のうち、西日本向けの品種を中心に紹介します。
西日本向けの高温に強い品種
「にこまる」
農研機構 九州沖縄農業研究センター育成 (2005年)
高温登熟玄米「にこまる」(左)と「ヒノヒカリ」(右)
草姿 「にこまる」(左)と「ヒノヒカリ」(右)
●東海以西の「ヒノヒカリ」栽培地域が適地です。
●「ヒノヒカリ」よりやや晩生で、高温条件下での品質と安定多収を両立した品種です。
●いもち病にはあまり強くありません。
●食味の評価には定評があり、コンテスト等でも多数入賞しています。
現在、長崎、大分、静岡、愛媛、高知、大阪、和歌山の7府県で奨励または認定品種に指定されています。また関東、北陸以南の計18府県で産地品種銘柄として作付けされています。
●主要普及県では、2010年の高温気象下でも「ヒノヒカリ」より高い一等米比率を示し、現場での品質改善効果が確認されました。
●2019年の作付面積は約4000ha(推定)です。
(関連リンク)
▼にこまる(農研機構)
「きぬむすめ」
農研機構 九州沖縄農業研究センター育成 (2005年)
玄米「きぬむすめ」(左)と「日本晴」(右)
草姿 「きぬむすめ」
●東海以西の「日本晴」栽培地域が適地です。
●「日本晴」並みかやや晩生で、農業特性上のバランスに優れた品種です。
●食味の評価も定評があり、穀物検定協会の食味ランキングで「特A」評価を受けています。
●静岡、和歌山、大阪、兵庫、鳥取、島根、山口、岡山の8府県で奨励または認定品種に指定され、主として平坦部の「コシヒカリ」代替として導入されています。
●これらの普及地帯では、2010年の高温気象下でも「コシヒカリ」「ヒノヒカリ」より高い一等米比率を示し、現場での品質改善効果が確認されました。
●また三重、滋賀、愛媛、愛知、広島の5府県で産地品種銘柄として作付けされています。
●2019年の水稲の品種別作付で12位にランクインし、同年の作付面積は約10000ha(推定)です。
(関連リンク)
▼きぬむすめ(農研機構)
「つやきらり」
農研機構 九州沖縄農業研究センター育成(2018年)
高温登熟玄米 「つやきらり」(左)と「ヒノヒカリ」(右)
草姿 「きぬむすめ」(左)、「つやきらり」(中央)、「おてんとそだち」(右)
●東海以西の「日本晴」栽培地域が適地です。
●「日本晴」よりやや遅く、「ヒノヒカリ」より早い熟期です。
●特長は、高温登熟耐性が「やや強」で、トビイロウンカに対して「日本晴」と「きぬむずめ」より強いです。
●収量性は「日本晴」と「きぬむすめ」より優れ、炊飯米の食味は「日本晴」より優れ、「きぬむすめ」に近い良食味です。
●福岡、島根、熊本、広島の4県で産地品種銘柄として作付けされています。
(関連リンク)
▼つやきらり(農研機構)
「秋はるか」
農研機構 九州沖縄農業研究センター育成(2017年)
高温登熟玄米 「秋はるか」(左)と「ヒノヒカリ」(右)
草姿 「ヒノヒカリ」(左)、「秋はるか」(中央)、「にこまる」(右)
●東海以西の地域が適地です。
●「ヒノヒカリ」と同熟期です。
●高温登熟耐性が「やや強」で、いもち病や縞葉枯病に強く、トビイロウンカに対して「にこまる」よりも強いのが特長です。
●収量性は「ヒノヒカリ」より優れ、炊飯米の粘りは「ヒノヒカリ」ほど強くありません。
●佐賀などの県で作付けされています。
(関連リンク)
▼秋はるか(農研機構)
「歓喜の風」
農研機構 九州沖縄農業研究センター育成(2017年)
高温登熟玄米 「歓喜の風」(左)と「キヌヒカリ」(右)
草姿 「キヌヒカリ」(左)と「歓喜の風」(右)
●関東以西の地域が適地です。
●「キヌヒカリ」と同熟期です。
●玄米の外観品質は「キヌヒカリ」よりやや優れ、炊飯米の食味は「キヌヒカリ」と同等かやや優れています。
●温暖化により高温時の「キヌヒカリ」の品質低下が問題となっている関東以西の稲・野菜二毛作地帯において、冬春野菜の後作としても栽培が可能です。
●収量性は「キヌヒカリ」より優れています。
●静岡、兵庫の2県で産地品種銘柄として作付けされています。
(関連リンク)
▼歓喜の風(農研機構)
「恋の予感」
農研機構 西日本農業研究センター育成(2014年)
高温登熟玄米 「恋の予感」(左)と「ヒノヒカリ」(右)
草姿 「ヒノヒカリ」(左)、「恋の予感」(中央)、「にこまる」(右)
●関東以西の地域が適地です。
●「ヒノヒカリ」よりやや遅い熟期です。
●高温登熟耐性は「やや強」で、玄米の外観品質は「ヒノヒカリ」より優れます。
●炊飯米の食味は「ヒノヒカリ」と同等で、食感は程よい粘りと粒感があります。
●収量性は「ヒノヒカリ」よりも高く、移植栽培では1割ほど多収です。
●麦跡栽培で発生しやすい縞葉枯病に強く、穂いもちにも強いです。
●2014年に広島県、2017年に山口県で奨励品種に採用されており、栃木、千葉、岡山、広島、山口、大分の6県で産地品種銘柄として作付けされています。
●2019年の作付面積は約1300haと推定されます。
(関連リンク)
▼恋の予感(農研機構)
「元気つくし」
福岡県育成(2009年)
「元気つくし(ちくし64号)」(左)と「ヒノヒカリ」(右)
(提供 :福岡県農林業総合試験場農産部水稲育種チーム)
高温耐性評価施設で栽培した玄米 「元気つくし」(左)と「ヒノヒカリ」(右)
(提供 :福岡県農林業総合試験場農産部水稲育種チーム)
●出穂期は、「ヒノヒカリ」より6~10日程度早く、収量は「ヒノヒカリ」と同程度です。
●温水潅漑による高温登熟耐性の評価試験での白未熟粒発生が、「ヒノヒカリ」より明らかに優れます。
●食味も良好で、育成地では「ヒノヒカリ」を上回る評価を得ており、冷飯や古米でも食味が低下しにくいとされます。
●穀物検定協会の食味ランキングで「特A」評価を受けています。
●福岡県では普及拡大中ですが、県単育成品種のため、他県での普及は認められていない状況にあります。
(関連リンク)
▼高温条件下でも玄米品質が優れる極良食味水稲新品種「元気つくし」(農業温暖化ネット)
「さがびより」
佐賀県育成(2009年)
立毛 「ヒノヒカリ」(左)と「さがびより」(右)
(提供 :佐賀県農業試験研究センター)
株 「さがびより」(左)と「ヒノヒカリ」(右)
(提供 :佐賀県農業試験研究センター)
「さがびより」(左)と「ヒノヒカリ」(右)の玄米
(提供 :佐賀県農業試験研究センター)
●「ヒノヒカリ」より出穂期で5日程度遅く、稈長は「ヒノヒカリ」より短いです。
●収量性は「ヒノヒカリ」より10%多収で品質も上回り、食味も同等ですが、葉いもちに「弱」で耐病性はやや劣ります。
●佐賀県では2019年に5300haの作付けがあり、「ヒノヒカリ」からの品種転換が進んでいます。
●穀物検定協会の食味ランキングで「特A」評価を受けています。
●県単育成品種のため、佐賀県以外での普及は認められていない状況にあります。
(関連リンク)
▼さがびより(佐賀県)
「くまさんの力」
熊本県育成(2008年)
ほ場での立毛のようす。「ヒノヒカリ」(左)と「くまさんの力」(右)
(提供 :熊本県農業研究センター)
「くまさんの力」(左)と「ヒノヒカリ」(右)の玄米品質の比較
(提供 :熊本県農業研究センター)
●「ヒノヒカリ」より出穂期で2日程度遅い「中生の中」で、稈長が「ヒノヒカリ」より短いです。
●収量性は「ヒノヒカリ」よりやや多収で品質も上回り、食味も同等とされます。
●熊本県では着実に普及中ですが、県単育成品種のため、熊本県以外での普及は認められていない状況です。
●穀物検定協会の食味ランキングで「特A」評価を受けています。
(関連リンク)
▼熊本県が開発した登録品種の詳細「くまさんの力」(熊本県)
「おてんとそだち」
宮崎県育成(旧指定試験事業)(2011年)
「おてんとそだち」(左)と「ヒノヒカリ」(右)
(提供 :宮崎県総合農業試験場作物部)
「おてんとそだち」の玄米品質(2010年、宮崎総農試産)
「おてんとそだち」(左)と「ヒノヒカリ」(右)
(提供 :宮崎県総合農業試験場作物部)
●「ヒノヒカリ」より出穂期で3日程度早く、稈長が「ヒノヒカリ」より10cm以上短い短稈で、倒伏にも強いです。
●育成地での収量性は「ヒノヒカリ」より8%多収で、高温登熟耐性も「強」にランクされ品質も上回ります。食味は「ヒノヒカリ」と同等とされます。
●2011年度から宮崎県内で普及が始まり、2019年には数百haに普及し、加えて長崎県でも普及が始まっています。
(関連リンク)
▼高温登熟性に優れる暖地向き水稲品種「おてんとそだち」(農業温暖化ネット)
「あきほなみ」
鹿児島県育成(2008年)
「あきほなみ」(左)と「かりの舞」(右)
(提供 :鹿児島県農業開発総合センター 園芸作物部作物研究室)
「あきほなみ」(左)と「かりの舞」(右)の籾と玄米
(提供 :鹿児島県農業開発総合センター 園芸作物部作物研究室)
●「かりの舞」よりやや晩生、「ヒノヒカリ」よりかなり晩生で、高温登熟を回避できる品種です。
●千粒重が大きく収量性、品質は「ヒノヒカリ」に優り食味は同等とされます。
●いもち病真性抵抗性(Pita-2)を持ちます。
●穀物検定協会の食味ランキングで「特A」評価を受けています。
●県単育成品種のため、鹿児島県以外での普及は認められていない状況にあります。
(関連リンク)
▼あきほなみ(鹿児島県育成)
「なつほのか」
鹿児島県育成(2016年)
高温登熟玄米 「コシヒカリ」(左)と「なつほのか」(右)
(提供 :鹿児島県農業開発総合センター 園芸作物部作物研究室)
草姿 「コシヒカリ」(左)と「なつほのか」(右)
(提供 :鹿児島県農業開発総合センター 園芸作物部作物研究室)
●早期栽培では「コシヒカリ」の出穂期に比べて10日遅く、成熟期では12日遅い"晩生"です。
●稈長は「コシヒカリ」より短く、倒れにくい特性があります。
●玄米の大きさは「コシヒカリ」に比べて大粒で、収量性は「コシヒカリ」を上回ります。
●登熟期の高温に強く、高温登熟耐性も「強」にランクされています。
●玄米の外観品質は「コシヒカリ」より優れ、食味は良食味です。
●穀物検定協会の食味ランキングで「特A」評価を受けています。
●鹿児島と長崎県で奨励品種に採用されています。
●2019年の作付面積は約1000haと推定されます。
(関連リンク)
▼なつほのか(鹿児島県育成)
「おいでまい」
香川県育成(2010年)
左上 :成熟期立毛 「ヒノヒカリ」(左)と「おいでまい」(右)
右下 :「ヒノヒカリ」(左)と「おいでまい」(右)の玄米のようす
(提供 :香川県農業生産流通課)
●「ヒノヒカリ」よりやや短かんで、成熟期はほぼ同じ品種です。
●穀物検定協会の食味ランキングで「特A」評価を受けています。
●県単育成品種のため、香川県以外での普及は認められていない状況です。
●詳しくは下記リンクを参照。
(関連リンク)
▼水稲中生新品種「おいでまい」の育成および奨励品種採用(香川県農業試験場)
東日本向けの高温に強い品種
「つや姫」
山形県育成(2009年)
「つや姫」の成熟期稲姿
(提供 :山形県農業総合研究センター水田農業試験場)
つや姫等籾玄米。左から「つや姫」、「コシヒカリ」、「はえぬき」
(提供 :山形県農業総合研究センター水田農業試験場)
●「コシヒカリ」熟期の品種で「コシヒカリ」に比べ、短稈で耐倒伏性に優れ、収量性は「コシヒカリ」以上です。
●高温耐性に優れ、良質であるとともに育成地での評価では、炊飯米の光沢・外観・味が優れ、「コシヒカリ」以上の良食味とされます。いもち病真性抵抗性(Pik)を持ち、圃場抵抗性も強いです。
●山形および宮城県産は穀物検定協会の食味ランキングで「特A」評価を受けています。
●県単育成品種ですが、育成県が他県での普及も認めており、山形県のほか、宮城県、島根県、長崎県、大分県で普及が進んでいます。
●2012年の水稲の品種別作付で19位にランクインしています。
(関連リンク)
▼高温登熟下で品質が低下しにくい品種「つや姫」(農業温暖化ネット)
「にじのきらめき」
農研機構 中央農業研究センター育成(2018年)
「にじのきらめき」(左)と「コシヒカリ」(右)の草姿
(提供 :農研機構中央農業研究センター)
「にじのきらめき」(左)とコシヒカリ」(右)の籾および玄米
(提供 :農研機構中央農業研究センター)
●育成地(新潟県上越市)での出穂期は「コシヒカリ」とほぼ同じで、成熟期は「コシヒカリ」より4~5日程度遅くなります。
●高温登熟耐性が「やや強」で、縞葉枯病に強いのが特徴です。
●炊飯米の食味は「コシヒカリ」と同等の評価です。
●詳しくは下記リンクを参照。
(関連リンク)
▼高温耐性に優れた極良食味水稲品種「にじのきらめき」(農研機構)
「笑みの絆」
農研機構 中央農業総合研究センター育成(2009年)
左上 :「笑みの絆」(左)と「コシヒカリ」(右)の草姿
右下 :「笑みの絆」(左)とコ「シヒカリ」(右)の籾および玄米
(提供 :農研機構中央農業総合研究センター)
●「コシヒカリ」よりやや遅い熟期です。
●米飯の粘りが少なめで寿司用等に向きます。
●詳しくは下記リンクを参照。
(関連リンク)
▼高温耐性に優れ、寿司米に向く水稲新品種「笑みの絆(えみのきずな)」(農業温暖化ネット)
その他の高温に強い品種
「こしいぶき」
新潟県育成(2000年)
(関連リンク)
▼水稲早生品種「こしいぶき」について(新潟県)
「彩のきずな」
埼玉県育成(2012年)
(関連リンク)
▼「彩のきずな」について(埼玉県)
「三重23号(商標名:結びの神)」
三重県育成(2011年)
(関連リンク)
▼「結びの神」トピックス(三重県)
「ハナエチゼン」
福井県育成(1991年)
(関連リンク)
▼ハナエチゼンの奨励品種採用(平成3年度)(福井県農業試験場)
「ふさおとめ」
千葉県育成(1995年)
(関連リンク)
▼品質・食味が良く、一番早く収穫できる水稲早生(わせ)品種「ふさおとめ」(千葉県)
「みねはるか」
愛知県育成(2009年)
(関連リンク)
▼いもち病高度圃場抵抗性を有する水稲新品種「みねはるか」
(愛知県農業総合試験場)
▼水稲品種「みねはるか」の愛知県平坦部における高温登熟性の実態調査(農業温暖化ネット)
坂井 真
農研機構 九州沖縄農業研究センター
竹内善信
農研機構 九州沖縄農業研究センター 水田作研究領域 稲育種グループ長
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