提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ
水稲の規模拡大に伴ってほ場の数が増加することにより、ほ場ごとの特性を踏まえた栽培計画や作業計画が立てにくくなっている。そこで、ICT技術を活用したほ場管理システム「KSAS(クボタスマートアグリシステム)」を導入し、ほ場ごとの情報の一元化を図るとともに、システム対応機(PFコンバイン)により得られるデータを活用した作付計画により、水稲の収量、品質を向上させ、経営体の所得向上を目指すこととした。
実証農家では生産した米のうちタンパク含有率が低く食味値が高いものを直売所で販売しており、食味を最優先した米づくりを実践している。そのため、県農業研究所が開発した可給態窒素データを活用した施肥調節技術と、PFコンバインによる、ほ場ごとの収量・食味関連データ収集能力を組み合わせて、収量・タンパク含有率を目標値までレベルアップさせる。
イメージ図
平成27年度調査では、PFコンバインデータの精度の高さを確認することができた。
28年度は可給態窒素を活用した施肥調節により食味(タンパク含有率)について、ある程度目標値に近づけることができたが、収量の点で課題が残った。また、KSASシステムによってオペレータとの意思疎通がスムーズになり、作業精度が向上したことが、実証農家への聞き取りで明らかとなった。
29年度は収量・タンパク含有率をさらに目標値に近づけるとともに、本格運用期に入ったKSASシステムを活用した経営・作業管理面での改善も合わせて検討をおこなった。
※PFコンバイン
Precision Farmingコンバインの略。ここでは食味(タンパク・水分)・収量測定機能付きコンバインを指す
●岡山県赤磐市
岡山県赤磐市穂崎地区は、岡山県南東部に位置し、水稲では中生・晩生品種中心の地域である。平坦で日照・水利等栽培条件が比較的良好なほ場が多い。
実証農家の事務所は、飲食店や消費者が多い岡山市にほど近く、車で約5分の近距離に直売所もあるため、消費者と話ができ、販路を拡大する機会が得やすい。
1.計画概要
前々年度(27年度)収穫後の可給態窒素データを基に施肥改善計画を作成した。
作成においては、「可給態窒素量が判明している2つのほ場において片方を基準ほ場とし、もう一方を可給態窒素量の差から施肥量を調整して基準ほ場の生育に近づける目安表(表1)」を活用した。
27年度の調査で実証農家が掲げる収量・タンパク質含有率の目標に最も近かった区を基準区とし、他のほ場をその生育に近づける形で施肥設計を行った。
県農業研究所 平成27年度試験研究主要成果「土壌の可給態窒素量を考慮した水稲の施肥設計手法」掲載
2.結果概要
8月(出穂期)までの高温多日照で籾数が多くなった後、9月以降天候不順で充実不良が発生し、1ほ場を除き、すべてのほ場で減収した。
タンパク含有率は目安表の活用により、調査区の数値を基準区とほぼ同等まで近づけることができた。
3.29年度に向けて見直した点
27、28年産収穫後に行った2回の可給態窒素測定において、土壌採取方法が異なったため、同一ほ場でも数値の変動が想定以上に大きくなった。このまま目安表をもとに29年度の施肥設計を行うと、ほ場によっては実際の地力に見合わない過少施肥となり、さらなる減収を招く可能性があったため、実証農家や関係機関と協議し、ほ場位置を考慮して、半分の実証区については、基準区の施肥量を地域慣行の窒素量(※)として設計し直した施肥量に変更した。
基準区及び地域慣行の窒素量を基準区とした実証区を「A:収量・食味の両方に配慮した施肥グループ」、変更前の窒素量を基準区とした実証区を「B:食味最優先の施肥グループ」に分けた。
※JA岡山東の栽培暦に掲載された施肥基準。窒素成分で7kg/10a
1.各区の耕種概要
品種 :ヒノヒカリ
肥料 :エムコート567G(自動施肥調節田植機による側条施肥)
エムコート567Gの成分%は、N-P-K:15-16-17
堆肥施用なし
2.ほ場条件・土壌分析状況
・土性 :壌土
・日照条件:全区平坦地で良好
・排水 :実証区4のみ やや不良、他は概ね良
・前作物 :実証区1のみ 二条大麦、他は水稲
・面積及び土壌分析結果は前項(1.各区の耕種概要)を参照
3.主な栽培基準
(1)品種 :ヒノヒカリ
(2)作型 :稚苗機械移植
(3)水管理:慣行どおり
1.生育について
生育は、終始AグループがBグループを上回った。
全7ほ場の中で2、3番目に可給態窒素量が多く、地域の基準施肥量の約半分の施肥量であったBグループの実証区3、4が特に生育が劣った。
生育量の確保には地力窒素と施肥窒素の双方が重要であり、食味重視であっても施肥窒素の削減には一定の限界があることを示唆している。
2.PFコンバインによる収量
施肥グループAが10俵/10a前後 、施肥グループBが9俵/10aとなり、1俵の差があるものの予想されたほどの減収はなかった。
1穂粒数や登熟歩合、千粒重に差がなく比較的良好であったことが要因と考えられる。
3.PFコンバインによる食味(タンパク質含有率)
施肥グループBは6.3~6.4%で食味最優先のグループとして概ね目標6.5%を達成できた。
施肥グループAは収量・食味の両方に配慮した結果、高い収量の中でタンパク質含有率は6.1~6.2%%と目標よりやや低いか、6.6~6.8%とやや高いかのどちらかで、若干振れ幅が大きくなった(表1・図1)。
また、実証区1が収量最多でタンパク含有率も最高となった。これは唯一の麦跡での作付けであり、麦わらの分解に由来する窒素が生育後半に効いたと考えられる。
外観品質はすべて1等となり、良好であった。
表2 収量・タンパク含有率の結果一覧
※PFコンバインデータ。( )内は28年度
図1 29年度の食味(タンパク)・収量の分布図
☆は目標、★は基準区、他の数字は実証区No
4.可給態窒素量について
可給態窒素量を正確に把握することで、肥効コントロールが難しい一発型肥料においても収量やタンパク質含有率を目標値に近づけたり、上回ったりすることができた。
5.作業データの分析
3年間の作業データを分析した結果、耕起・代かき・田植え・刈取などの作業はおよその所要時間が把握でき、県経営指標と比較すると効率的に行われていた。
一方、繁忙期の防除や連続する畦畔での除草等の作業は、時間の記録が取りにくかったことが、聞き取り調査で明らかとなった。
作業人数と作業ほ場数を基に算出した労力調査では、除草作業が年間合計の約半分を占めて最大となり、負担に関する実証農家の実感と一致した。
表3 3年間の主な作業項目別所要時間(分/10a)
注1:実証ほのみで構成された作付計画から作業日誌のエクセルファイルをダウンロードし、作業面積と作業時間を項目別に集計して算出
注2:-は作業時間の記録がないもの
表4 3年間の主な月別・作業別労力(抜粋)
注1:表3と同様にファイルをダウンロードし、(作業人数×作業ほ場数)/日を単位として集計
注2:-は作業項目の設定または記録がないもの
※早期荒起こしでワラの腐熟が促進されていたり、除草の負担が大きいことが分かる
6.システムの機能について
システム導入初期に最も活用しやすい機能は作業日誌のメモ欄であり、積極的に記入して読むことで、「迅速で効率の良い病害虫防除」「修理改善による作業安全」「生育状況の把握」等、現場に即した情報共有ができた。
本格運用期ではデータの蓄積によって、様々な作業項目の平均値、最大・最少値など経営全体の傾向が数値化でき、客観的資料となりうる。
経営者にとって最も評価が高いのは「進捗状況確認機能」と「ほ場別・エリア別タンパク含有率表示機能」であった。正確な情報把握が、経営者の自信と安心につながっている。
1.田植え(自動施肥調節田植機)
田植え時に実演機として使用したが、作業性に問題はなかった。
2.収穫時(コンバイン)
27年度から購入して使用しており、作業性に問題はなく、ほ場ごとの収量・食味関連データが順調に蓄積されている。
PFコンバインの利用により、坪刈りをせず、実際の農作業環境を変えずに実収ベースのデータがとれた。
3.ほ場管理(クラウドシステム)
粗起こし・耕起・代かき・田植え・刈取作業は、およその所要時間が把握でき、県経営指標と比較すると全体的に作業時間が少なく、効率的に行われていた(表3)。
除草・防除・追肥・水管理作業は、個別の作業時間の記録がないものがあり十分な把握ができなかった。
ジャンボタニシについての注意、漏水対策の実施を記入するなどに、KSASシステム(作業日誌)のメモ欄が活用された。
1.可給態窒素量に基づく施肥量調節と収量・食味向上
●可給態窒素量を正確に把握することで、肥効コントロールが難しい一発型肥料においても収量やタンパク含量率を目標値に近づけたり、上回ったりすることができるため、分施体系より省力的となる。しかし収量やタンパク含有率は、施肥以外の登熟を左右する要素(天候や病害虫等)にも影響されるため、年次変動を考慮しながら、全体として改善に向かっているか否かを判断しながら施肥調節を行うことが大切である。また生育・収量・品質には施肥窒素と可給態窒素の両方が影響することも、今回の実証で明らかとなっている。
●本実証調査のように明確な収量・タンパク含有率の目標値が定まっている場合、湛水保温静置法での可給態窒素測定が必要であるが、高度な操作技術とともに時間や費用を要するため、分析者の確保や分析可能点数の面で制限される場合がある。
●一定の収量・食味に向けて省力的に改善できたことは、食味重視の経営だけでなく収量・品質の向上や安定を望む多くの経営体に適用できる。
2.KSASシステムを活用した経営・作業管理面での改善
(1)導入初期
●最も一般的で取り組みやすく実用的なのは作業日誌のメモ欄の活用である。関係者全員で積極的に記入し、お互いが読むことで、「迅速で効率の良い病害虫防除」「修理改善による作業安全」「生育状況の把握」等、現場に即した情報共有ができ、様々な効果が生まれた。
●実際の作業進捗状況を把握し、的確な次の指示を出すことで作業指示者・オペレータ双方が納得のいく進行管理が可能となった。
●PFコンバインを所有する場合は、ほ場ごとの収量・食味関連データ(タンパク含有率)を活かし、ほ場ごとの改善ができた。
(2)本格運用期
●作業日誌をどう活かすかがカギとなる。作業時間を全作業欠かさず記録するのは現実的に難しいので、所要時間を知りたい作業に絞って取り組むなど、必要に応じ柔軟に活用するのもひとつの方法であると考えられる。
●年数が経ってデータが蓄積されてきた場合、様々な項目の平均値、最大・最少値など経営全体の傾向が数値化できる。自らの体験に基づく実感と照らし合わせて確認したり、規模拡大や機械更新の際の客観的な参考資料となりうる。