提供:(一社)全国農業改良普及支援協会 ・(株)クボタ


夏期湛水による肥料削減と雑草抑制技術

2015年04月06日

1.研究の背景と目的
 湛水防除は、休閑期の畑に人為的に長期間水を溜めた状態を保つことによって有害線虫を防除するという、古くから行われて来た病害虫の防除技術です。薬剤防除の手軽さから実施する農家が少なくなっていましたが、環境保全型農業への関心が高まる中で、近年再評価が進んでいます。

 一方、わが国の畑地には、長年にわたる施肥により、多量の土壌リン酸が蓄積しています。土壌に固定された難溶性リン酸が湛水条件下において有効態になるとの報告がなされていることから、大規模な畑地かんがいが可能な鹿児島県大隅半島の笠野原台地の黒ボク土畑において、秋冬作物の休閑期となる夏期に湛水を行い、その処理後のニンジン栽培におけるリン酸の施肥削減が可能かどうか検討しました。また、研究の過程で、夏期湛水が難防除雑草の抑制にも顕著な効果があることも分かってきました。


2.夏期湛水の方法について
 夏期湛水処理方法は、大区画圃場と小規模圃場で異なります(※)
 ここでは、比較的湛水処理が容易な10~20a規模の圃場での夏期湛水方法について紹介します。


大区画圃場の処理方法はこちら
「セミクローラトラクタを利用した畑地湛水作業技術


 圃場では、畦波や畦形成による間仕切りを行えば、再造成を行わずに湛水が可能です。夏期湛水期間は、7~8月の約1カ月間が適します。湛水処理に要する時間は約6時間/10a、湛水処理時の代かき用水量は約180㎥/10aです。日減水深は、湛水開始直後は6cm/日と大きいですが、徐々に安定し、期間中の平均日減水深は3cm以下になります。なお、総用水量は約 1,200㎥/10aです(表1)


表1 小中型畑作機械利用体系での投下労働時間、かん水量、減水深(10a当たり)
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 水量の調整(写真1、2)にはフロート式止水弁が、また、大雨が降ったときの畦の崩壊を防止するためオーバーフロー用ドレンパイプを設置することが有効です。
 30日間の夏期湛水期間が過ぎたら止水弁を閉じ、湛水処理を終了します。終了後は自然落水とします。天候にもよりますが、おおむね3~5日で落水します。落水後も圃場がぬかるんでいるため、さらに5~7日間の乾燥期間が必要です。圃場が乾燥したらロータリー耕耘、播種準備に入ります。


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写真1 フロート式止水弁() / 写真2 ドレンパイプ(


3.夏期湛水後のニンジンの減化学肥料栽培
 湛水実施の有無とリン酸減肥の有無がニンジンの生育収量に及ぼす影響を二カ年にわたり調査しました。

 ニンジンの初期生育は、夏期湛水を行った場合に旺盛でした(写真3)
 リン酸肥沃度が小さい圃場では夏期湛水により収量が増加し、リン酸を3割減肥しても標準施肥と同等の収量が得られました。リン酸肥沃度が中程度の圃場では、リン酸肥沃度の小さい圃場で見られたほどの湛水による顕著な生育改善効果はありませんでしたが、慣行栽培(無湛水標準施肥区)と同等の安定した収量が得られました(図1)
 また、夏期湛水を行った場合には、収穫したニンジンの皮色が鮮やかで、外観品質が向上しました。


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写真3 ニンジンの初期生育
黄色の破線で囲んだ無湛水区に比べて青色の破線で囲んだ湛水区では初期生育が良好でした。


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図1 ニンジンの収量
土壌中の有効態リン酸含量は、リン酸肥沃度小の圃場で、6mg/100g、リン酸肥沃度中の圃場で11mg/100g以上でした。ニンジンの品種は向陽2号を用い、株間10cm、条間12cmの6条播きとしました(栽植密度は44,444株/10a )。播種は8月下旬、追肥は10月下旬、収穫は1月下旬に行いました。


4.土壌物理性の改善効果
 湛水処理に伴う代かきにより、土壌が締め固められます。表2には、ニンジン栽培跡地土壌の作土深と次層のち密度並びに次層のpF1.5水分量(作物が吸収しやすい有効水分)を示しました。
 湛水を行った圃場では作土層は浅く、また、次層のち密度が上昇する傾向にあります。ニンジン播種期の9月上旬は鹿児島では非常に暑く、降雨がなければ作土は非常に乾きやすい状態です。次層のpF1.5水分が上昇することから次層の保水性が向上し、作土への毛管上昇による水分供給が期待できます。これら湛水に伴う土壌物理性の変化がニンジンの発芽、初期生育を良好にし、増収を促す要因になると考えられます。


表2 ニンジン栽培跡地土壌作土深と次層ち密度、次層pF1.5水分
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 以上、 夏期湛水によるリン酸減肥栽培では、湛水区は無湛水に比べて、次層水分が増加したことから初期の発芽が良好で、初期生育が旺盛になりました。また、リン酸施用量を3割減じても慣行施肥並みの収量が得られました。


5.雑草の防除効果
 夏期が休閑期間となる作付体系(秋作物の栽培体系)では、圃場の雑草管理が問題となります。湛水を実施せず放置すると、雑草が繁茂した状態(写真4)になりますが、夏期湛水を実施すると雑草の発生を抑えることができます(写真5)
 夏期湛水の30日間で難防除畑雑草であるハリビユの抑草効果が確認され、オヒシバ、メヒシバ、その他雑草も含めた抑草効果がみられました(図2)


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写真4 慣行区の雑草繁茂状態() / 写真5 湛水処理区の状態(


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図2 湛水期間中の雑草発生調査


 また、翌年については、作付前の夏期湛水区の雑草再生による被覆度が10%だったのに対し、前年無湛水区は雑草再生による被覆度が100%で、抑草効果は翌年の作付時まで持続することがわかりました(図3)


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図3 湛水期間中の雑草の再生状況


6.センチュウ密度の抑制効果
 ネコブセンチュウ(写真6)やネグサレセンチュウなどの有害線虫は、根を加害し、こぶ(写真7)や腐れを生じさせて作物の生育を阻害します。有害線虫の防除には圃場湛水処理の効果が高いことが古くから知られています。


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写真6 ネコブセンチュウ() / 写真7 ニンジンの根こぶ被害(


 図4に葉タバコとカンショ圃場における湛水処理前後および作物作付後の有害線虫の密度を示しました。薬剤処理区および非湛水区では作付後の線虫密度の回復が著しいのに対し、湛水処理区では密度回復の程度が低いことがわかります。また、葉タバコ根およびサツマイモ根における線虫被害程度は湛水処理区において小さく、高い防除効果が認められました。


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図4 夏期湛水後、次年度の有害線虫密度


7.まとめ
 秋冬ニンジン栽培においては、①有害線虫の防除 ②難防除雑草の防除を目的とした夏期湛水の可能性は充分にあると考えられました。

 夏期湛水によるリン酸減肥栽培では、湛水区は無湛水区に比べて次層水分が増加したことから、初期の発芽が良好で初期生育が旺盛になりました。また、リン酸施用量を3割減じても慣行施肥並みの収量が得られました。このことから、夏期湛水は一つの工程で複数の効用を持つ農業技術と言えます。
 

 最後に夏期湛水を実施する上での留意点を以下に記します。
①畑地かんがい水の利用にあたり、水利権を設定する必要があります。その上で、地元土地改良区の使用基準を遵守することが求められます。
②今回実施した黒ボク土壌では、比較的容易に湛水が可能でしたが、漏水しやすい土壌条件では充分な効果が得られないため、夏期湛水はおすすめできません。
③作土の浅層化、排水不良を招く恐れがあるため、夏期湛水処理は、数年に1回程度とすることが重要です。


執筆者
鹿児島県農業開発総合センター大隅支場 森清文
(共同研究者 (独)農研機構九州沖縄農業研究センター 荒川祐介、岩堀英昌)


(図表はクリックで拡大します)